36.アルバイト
一気に近づいてきたバイク音は、エンジンが切られて静かになった。
しかし大きな音だったので、婚活の参加者たちはそちらの方に注目してしまっている。
ルリカもチラリと目を向けて唖然とした。
見たことのある黒いバイク。背が高く細身の体躯なのに、バイクスーツから浮き出る筋肉。
ゆっくりとフルフェイスのヘルメットを外した、その顔は──
「わ、カッコいい……」
参加者の女の子が、思わずといった感じで声を上げている。
ヘルメットを置いて、こっちに向かってくる姿は、まさにテッペイ。
なにしてんのという声がそこまで出かかって、なんとか押し留めた。
テッペイは婚活パーティー中の輪の中に入ってきて、「バーベキューうまそうーだなー」と女の子に声を掛けている。
すると女の子たちは、「食べて行きます?!」と目をハートにしてテッペイに群がった。
それは男性の会費で買ってくれた肉だ。けど男性陣は狭量を晒したくないのか、黙ったまま、テッペイに寄り付く女の子たちを恨めしそうに見ている。
今晩あたり、テッペイは誰かに刺されてしまうんじゃないだろうかと本気で心配していると、テッペイは二、三切れ食べさせてもらって「サンキュー」と輪から出ていってしまった。
なにをしにきたのか、本当に謎だ。
どうしても気になってテッペイの行方を目で追っていくと、キャンプの宿泊の手続きをするコテージへと入っていった。しばらくして出てきた姿は、ジーンズにTシャツというラフな格好に変わっている。そして荷物を抱えて、またこちらへとやってきた。
「飲み物の追加です」
そう言いながら、ドスンと荷物を下ろすテッペイ。
この男は丁寧語を知っていたのかと、ルリカは真剣に驚いた。
「さっきのお兄さん!」
「えー、ここで働いてるのー?」
「今日だけ臨時でーす」
テッペイがニヤっと笑うと、女の子の黄色い声が飛ぶ。
イケメンというのは恐ろしい。女の子の熱い視線と男の憎悪が、いっせいにテッペイへと降りかかってしまった。
そもそも、今日は手揉みのアルバイトがあったはずなのに、どうしてこんなところにいるのか理解できない。
もしやあれは、テッペイではなく、テッペイによく似た兄の
「テッペイくんって言うんだー」
「ここ、地元なの?」
「もうちょっと食べていく?」
「んじゃあ、そこの牛肉ちょうだい」
食うんかいっ! というツッコミをどうにか押さえると、目眩がしてきた。なんだかよくわからないがゼーゼーと肩で息をしてしまう。
「来栖さん、大丈夫? 体調悪い?」
「あーー、大丈夫です、でもちょっと、トイレに……」
「向こうの公衆トイレより、あそこのコテージの方が近いよ」
「ありがとうございます」
バーベキューの輪から外れて少しホッとすると、そのままコテージに向かった。
受付のおじさんが待機していたが、特に話しかけられることもなく、キョロキョロと周りを見てみる。
中には炭や飲み物やお菓子、小物なんかも売っていて、ちょっとしたお店になっていた。
貸しテントもあるし、ここの二階にも部屋があって、泊まれるようになっているらしい。素敵なところだ。テッペイは地元だし、おそらく受付のおじさんとも仲がいいのだろう。
目的の用を足してトイレから出ると、いきなり誰かにグイッと手を引っぱられた。「え?」と思って見ると、そこにはテッペイが立っている。
「ちょっと、なにしてんのテッペイ、バイトは──」
「いいから来いって」
スタッフ専用と書かれたのれんをくぐって部屋に連れ込まれ、ドンッと壁を背中に押されてしまう。
壁ドンか?! と思ったが、別にテッペイが壁に手をついているわけじゃない。
むしろその手は、己のジーンズのジッパーにかけられている。
「え、ちょっと……なに考えて……」
「後ろ向け。なんで俺がここに来たと思ってんだよ」
「なに、なんでなのよ?」
「ヤりたくなったからに決まってんだろ。くそっ!」
なぜかテッペイは苛立ちの言葉を吐き、ルリカは無理やり壁に手をつかされた。
「待ってよ、私戻らないと……っ」
「ルリカが抜けたくらいで、誰も気づかねーよ」
テッペイの口から放たれる、熱い息。
しかしどこか苦しそうな声を漏らしながら、後ろから抱きしめられた。
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