35.婚活

 テッペイには、結婚願望がない。

 それは、わかっていたことだった。

 わかってはいたが、もしかしたら……なんていう、バカな夢を見てしまっていた。

 おそらく、結婚せずとも、このままテッペイと一緒にいることは可能だろう。

 ルリカがお金を稼いでいて、テッペイがルリカの体に興味のあるうちは、であるが。

 『二十代から三十代の独身女なら、基本誰でもいい』と公言しているテッペイだ。四十歳になった時のことを考えるとゾッとした。



 午後七時から始まる、いつもの市立の体育館。

 その日のバレーの練習には、大和と結衣が結婚式の写真を持って来ていた。

 どうやら四月の頭に身内だけの挙式をしたらしい。

 写真の中の大和と結衣は、とても幸せそうに微笑んでいる。


「えーと、俺らも報告」


 拓真がそう切り出し、ミジュがちょこちょこと歩いて、拓真の隣に並んだ。


「昨日、俺らも婚姻届出してきた。まだ新居は決まってねーけど」


 少し照れ臭そうな二人に、周りから驚きとおめでとうの言葉が響く。

 ミジュちゃんまで結婚したのかよ、というテッペイの声だけが不満げだ。


 大和と結衣が、そして拓真とミジュが、結婚をした。

 とてもおめでたくて、そして羨ましい。さらに結衣は数ヶ月後には母親になるのだ。

 結衣はまだ、二十歳だというのに。ルリカはもう、今年で二十八歳になるというのに。




 家に帰っても、二組が結婚したという事実は頭から離れなかった。


「大和さんに拓真まで結婚かよー。拓真なんて二十一になったばっかじゃん」


 ルリカがお風呂から出てくると、二十六歳にもなる男はリビングでカチカチとゲームをしながら、まだグチグチと言っている。二人を見習うつもりなんて、これっぽっちもなさそうだ。


「ミジュちゃんは今年で二十六歳になるしね。拓真くんも思うところがあったんじゃないかな」

「んーなの、べっつに気にしなくてもいいのになー」


 相手の年齢など気にしないというテッペイの発言に、胸が抉られたように痛む。

 たとえずっと一緒に暮らしていても、ルリカの年齢を気にして責任を取るなんてこと、この男はしないだろう。

 息を吐きながらテッペイを見ると、カチカチと押していたコントローラーをぽいっと投げ捨てていた。


「あー、負けた! やっぱアプデ装備ねぇと厳しいな」

「ソロのBFバトルフィールドやってたの? 新装備はレイドボスからのドロップ素材がいるんだっけ。倍率高いし厳しいよね。トリガーもやたら時間かかるし」

「まぁいいや、今日はやめ! ルリカ、部屋に来いよ。ヤるぜー」


 ゲームのやる気をなくしたテッペイだったが、別のやる気スイッチは入ったようだ。

 毎晩のことなので断る理由もない。テッペイの部屋に行くと、いつものように激しく求められた。


 だからこそ、苦しかった。


 テッペイに抱かれながら、それでもこの男と一緒になることはない。

 毎日を楽しく過ごせても、飽きられたら、ルリカが稼げなくなったら、それで終わりの関係だ。

 その時、ルリカはいくつになっているだろうか。もう誰にも相手にされない年齢になってはいないだろうか。今ですらギリギリだというのに。


 そう考えると、残りの人生を一人寂しく過ごす自分が浮かんできて、泣けてきた。

 ルリカには結婚願望がある。

 そんなもの、なければよかったとルリカはぎゅっと目を瞑った。

 そうしたら、毎日テッペイと楽しく遊んで暮らせただろう。苦しむことも悲しむこともなかったはずだ。

 なのに、どうしても結婚という夢を捨てきれない。

 詩織が、テッペイに見切りをつけた理由を理解できた気がする。彼女がテッペイと別れて、婚活を始めた理由が。


 婚活、か……。


 母親の一華にも言われていたことだ。

 結婚が女の幸せなんて言うつもりはない。結婚することで逆に不幸になる人だってたくさんいる。

 しかしわかっていても捨てきれないのが、夢なのだろう。


 結婚したいなら、もうテッペイとは……


 ルリカはグッと奥歯を噛み締めた。テッペイは、ルリカとの結婚を望んでいない。わかっていても悔しくて、涙が出てきてしまった。

 コトを終えて隣に寝転んでいるテッペイが、ルリカの顔を見て、眉を寄せている。


「なんで泣いてんだよ?」

「……ううん。私……婚活しようかなぁって、ちょっと思って」

「ふーん」


 テッペイは、『それでなんで泣いてんだ』とでも言うように、不思議そうな顔しかしていなかった。


「どう、思う?」

「どう思うって……してーなら、ルリカの好きにすればいいじゃん」

「……うん」


 テッペイに婚活を止められることはなかった。ルリカの気持ちを尊重してくれているのか、それとも興味がないだけか。


 ルリカは次の日から、結婚相談所を調べて登録し、真面目に結婚相手を探すことに決めたのだった。



 ***



 結婚相談所に通い始めたルリカだったが、見せられるプロフィールだけでは、どうにもピンとくる人がいない。

 人間、顔だけで判断してはいけないとはわかっているが、毎日見ている顔がイケメン過ぎるのである。

 特に連絡を取ってみたい男性はいないというと、今度バーベキューの婚活パーティーがあるから、それに参加してみてはと相談員さんが言ってくれた。

 誰かと会ってみないかと提案されないということは、ルリカに興味を持ってくれる人もいなかったのだろう。

 アウトドア系の婚活パーティーは面倒臭いなぁと思いつつも、ネタにはなりそうだという思いから、参加を決意した。


 そのパーティー当日の朝、どんないが良いのだろうかと選んでいると、テッペイが部屋に入ってきた。


「どしたの、テッペイ」

「お前、今日婚活パーティーだっけ?」

「そうだけど」

「どこで?」

「バスで、沢谷町まで行って、なんとかっていう川原だって」

「ああー、多分、瀬川原せがわらだろ、あそこキャンプ場あるし」

「あ、そんな感じ場所」

「ふーん」


 それだけ言って、鉄平は出ていった。一体、なにしにきたのやらだ。

 バサリと置いたいくつかのタイプの服を眺めた。バーベキューならオシャレな服は着たくないなと腕を組む。

 結局、足元は濡れてもいいようにサンダルにし、七分丈のパンツにオーバーサイズのトップスを着るだけという、非常にカジュアルなスタイルで行くことに決めた。



 沢谷町に来るのは、これで二回目だ。

 バスに乗っている間、五分ごとに隣にいる男の人がチェンジし、八人もの男の人と話をしたものだから、それだけでどっと疲れてしまった。

 妙に馴れ馴れしい人、おどおどした人、なにしに来たんだというくらい喋らない人、もっとちゃんと化粧をしろと文句を言う人、実に様々だ。

 その中で、ルリカは橋田という人が、一番好感を持てた。清潔感があって、笑顔が優しい。そしてなにより、真面目な感じがする。

 女の子の方も三者三様で、バーベキューだというのにお嬢様コーディネートをしている人からボーイッシュな人、大人しそうな人、快活そうな人もいる。

 バーベキューの用意をする時がまた顕著で、男も女も積極的に行動する人から、なにをやっていいかわからずにぼーっとする人、会話ばかりして手伝いなんてそっちのけの人もいる。

 ルリカは面白いなと人間観察をしながら、みんなの目の届かない部分だけを手伝った。


 肉が次々に焼かれ始めると、少しいいなと思っていた橋田がルリカに話しかけてくる。


「来栖さん、食べてる? なにか持ってこようか」

「ありがとうございます、大丈夫です。さっき取ってきたのがまだあるんで」

「そっかー。来栖さんは、婚活パーティー初めて?」

「はい、初めてです」

「はは、緊張してるもんね」

「橋田さんは?」

「僕は二回目。もういい年だしね、真剣に出会いを探してるんだ」


 橋田が気さくに話してくれたので、ルリカもホッとする。

 会話も自分勝手にならず、聞き上手という印象だ。そうやって橋田と二人で会話を楽しんでいると。

 クアアァァァアンというバイクの音が、遠くの方で聞こえた。

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