33.エロデー

 家に帰るとお風呂に入らされ、そこからはエロデーの名にふさわしい一日が始まった。

 途中、お土産に買ったルリカの地元の豚肉を食べようと頼んで休憩を挟んだ程度で、あとはテッペイのエロっ気が収まるまで、ひたすらだ。

 ようやく落ち着いたのは、夕方近くになってからだった。


「あー、今日はバレーの日か。用意しねーとな」


 ベッドから降りたテッペイは、何事もなかったかのようにバレーに行く準備をしようとしている。


「バレー行くの? よくそんな元気あるよね?!」

「いや、さすがに足にきそうだなーまぁなんとかなるだろ」


 底無しの体力と精力を持った男は、コンビニでなにか買ってくるというので、晩ご飯を適当にお願いした。

 一体、テッペイはなんのためにエロデーを作ったのだろうか。その意図がまったく見えてこない。数日の我慢が爆発しただけだろうか。

 ルリカはガクガクとする体に鞭を打って、なんとか服を着替えた。あのまま裸でベッドの上にいたら、なにをされるかわかったものではない。

 今日はなんだかよくわからないままに一日を過ごしてしまったが、テッペイとはちゃんと話がしたいのだ。

 ちゃんと切り出そうと心に決めて、お茶の用意をしていると、テッペイが帰ってきた。

 コンビニ弁当をテーブルに広げて、お互いに好きなものを摘み合う。


「ねぇ、テッペイ。食べながらでいいから、聞いてほしいんだけど」

「うん? なんだよ」


 テッペイは豚カツを口に頬張りながら返事した。

 あまり深刻にはせず、なるべくさらっと聞くつもりだ。


「テッペイって私のこと、どう思ってるの?」

「へ? 別に……好きだぜ?」


 こちらもさらりとされる回答。本気なのかどうか、やっぱりよくわからない。


「そ、それって、その……あ、愛してるってこと?」


 食べているものを吐き出しそうなほど、心臓がバクバク鳴る。ルリカがどうしても知りたいのは、この部分だ。

 しかしルリカが勇気を出して聞いたというのに、テッペイは平然とご飯を掻き込んでいる。


「愛とかって、わっかんねーんだよなー。まぁ普通に好きなんじゃね?」


 うるさかった心臓が、急にピタリと止まった気がした。

 普通に好き。

 普通で、あった。

 特別好きでないというのなら、本当にただのカラダ目的なのだろうか。将来のことを、ひとつも考えていないのだろうか。


「テ、テッペイは結婚、とかさ……考えてたり、する?」

「結婚? ぜんっぜん考えたことねーな。今のままで楽しいし、いいんじゃねーの」


 やはりというべきか、テッペイはそんなこと、まったく考えてなかった。

 今が楽しければそれでいいこの男は、未来を考えられないのだろう。


「ちょっとは考えなさいよ!」

「えー、そしたら就職だなんだって面倒くせーじゃん。結婚するような相手もいねーしよ」


 結婚するような相手がいない。

 ルリカを目の前にして、テッペイはそう言い放った。

 金づる、性欲の捌け口、都合のいい女という言葉が、頭の中をぐるぐると回る。

 ミジュの家で大泣きしておいてよかった。そうじゃなければ、今泣き叫んでいた。


「あ、あんなにエッチしておいてさ……も、もし私が妊娠してたら、どうしたのよ……っ」

「お前、生でさせてくんねーじゃん」

「そういう問題じゃない! テッペイは生でやらせろっていつも言ってるでしょ!! それで妊娠してたら、どう責任取るつもりだったのって聞いてるの!」


 穏やかに話し合いたいと思っていたのに、つい声を荒げてしまう。そんなルリカを、テッペイは『わからない』とでも言いたげに、形のいい眉を寄せている。


「妊娠したらそん時だろー。そん時に考えるって。怒んなよ、妊娠してねーんだろ」

「妊娠しては、ないけどさ……」


 また爆発しそうになる心をどうにか堪えて、ギュッと奥歯を噛んだ。

 自分はこの男の、一体なんなのだろう。


「ルリカも、結婚なんて考えんなよー。今の生活で十分だろ? ヤりたいときは俺が相手してやるからさ」


 それは、結婚せずにずっとこの家の家賃を払い、漫画で儲けた分のお金を渡し、テッペイの性欲の捌け口になり続けろということか。

 ルリカと結婚もせずに。結婚を、させずに。

 今日エロデーを設けたのは、ルリカを逃さないようにするためだと合点がいった。ルリカに出ていかれては困るからだ。ここの家賃を、テッペイ一人で払えるわけがないのだから。


「わたし、は、テッペイが……好き、だよ……」


 たまらず、言葉が出た。思えば、好きという言葉を初めて言ったかもしれない。


「あー。そうだろーな」

「知ってたの……?」

「知らねー方がおかしいだろ。お前、俺にメロメロじゃん」


 楽しそうに笑うテッペイ。

 ルリカの気持ちを知っていて、『結婚なんて考えんな』と言ったということだ。

 酷い。酷すぎる。

 ルリカの脳内が、真っ黒に染まっていく。


「よし、食った! ルリカも練習行くだろ?」


 体はガクガクだし、心もズタボロだ。

 こんな状態で行きたくはなかったが、一人でいると余計に気が滅入りそうな気がして。


「うん……私も行く」


 結局その日、テッペイと一緒にバレーの練習に出かけたのだった。

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