32.朝帰り

 翌朝、ルリカは七時にミジュに叩き起こされた。

 どうやらミジュは仕事で、七時二十分には家を出ないといけない模様。

 看護師は大変だなぁと思いながらも、これ以上迷惑はかけられないので部屋を出る。

 ミジュや拓真にお礼を言うと、朝の町を歩き始めた。

 田舎に比べると空気は悪いが、朝特有の透明感が新鮮な酸素を肺に運んでくれる。


 そういえば、これも朝帰りになるのかな。


 そんな風に思いながら荷物を抱えて、てくてくと家に向かって歩いていると。


「ルリカ!」


 なぜか聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。


「テッペイ??」


 ランニングをしていたのか、汗をキラキラと飛ばしながら、テッペイが駆け寄ってくる。

 しかし、いつものランニングにしては時間が遅い。


「なんっだよ、お前、朝帰りかよ!」

「泊まってくるって言ったでしょ。なにしてるの?」

「ランニングに決まってんだろ」

「いつもより、時間遅くない?」

「ついでにお前を探してたんだよ。携帯の電源、切るんじゃねーっつの!」

「え? 私、切ってなんか……」


 そう言われて見てみると、確かに電源が切れてしまっていた。立ち上げようとしても動かないので、充電がなくなってしまっていたのだろう。


「あ、本当だ。ごめん。最近、充電の減りが早いんだよね」

「買い換えろよ、金持ってんだから!」

「うん、そのうちに……」


 プリプリと怒っているテッペイを見上げる。

 怒られているにも関わらず、その気持ちがなぜか嬉しい。


「もしかして……心配してくれてたの?」

「あったり前だろ!! 夜に女が一人でふらふら歩くなよな!」

「えええ! 本当に心配してくれたの?!」

「なんで驚くんだよ! バスケ仲間が噴水んとこにいたって情報くれて、こっちはマジでイラついてんだっての!!」


 いつもよく怒るテッペイだが、今日の怒りはいつもよりもずっと激しく思えた。

 噴水のところはナンパスポットのようだったし、嫉妬してくれているのだろうか。


「朝帰りとか、ほんっと信じらんねぇ」

「だから、どっかで泊まってくるって最初から言っといたでしょ」

「あんなトコ行くくらいなら、さっさと帰ってこいっての! いつまでも詩織のこと気にしてんなよ、このバカ!!」


 バカにバカと言われてしまった。言うことはあっても言われたのは初めてだ。結構腹が立つものだなと頬を膨らませる。


「結局、詩織さんとはどうなったの。一緒に暮らすの」

「はあ? んなわけねーだろ。詩織は来週、実家に帰るってよ。母親が倒れたらしくて、その介護をするらしいぜ」

「あ……そ、なの……」


 事情を聞いて、ルリカは口を継ぐんだ。それで詩織は今までのようにお金が稼げなくなるのだろう。

 夫に先立たれたり、母親が倒れたり、色々と大変な人生を歩んでいる人だ。

 ふと気づくと、テッペイが自分の携帯で何事かを話している。


「今日だりーんで、バイト休みまーす」

「バカタレーーーー!!!?」


 ルリカが叫んだ時にはもう通話は切られていて、テッペイは携帯電話を仕舞っている。

 せっかく続いているアルバイトなのに、頭が痛い。


「もう、ちゃんと行きなさいよね?!」

「明日は行くって」

「今日行きなさいよ、本当にもう!!」


 ルリカがいつものようにブツブツ言うも、テッペイは不機嫌に黙っているだけだ。

 いつもなにかしら喋っているか、ニヤニヤと意地悪く笑っている人物だというのに。その姿は新鮮ではあるが、同時に冷たくも感じる。


「荷物、貸せ。遅いんだよ、歩くの」


 ルリカの返事を聞く前に、テッペイは勝手に荷物を奪っていった。


「ありが……」

「あのなぁ、そんなにエッチしてーんなら、俺に言えよな?! ぜってー俺は断わんねーんだからよ!!」

「は? いきなりなに言ってんの?!」


 唐突になんの脈絡もないことを言われて、ルリカは目を白黒させる。


「だから今日は、一日中エロデー」

「変な日、作んないでくれる?! ってかそんなことのためにバイト休むんじゃないっ」


 ルリカがいつものように突っ込む。しかしテッペイはルリカの荷物をギュッと握ったままで。


「俺が一番イイって、思い知らせてやる」


 そう呟くように言ったテッペイの瞳は、なぜかとても悲しかった。

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