27.学歴
大量に買った避妊具をテッペイに渡すと、どれだけヤる気なのかと笑われてしまった。一年分だからと言い訳すると、「足りるわけねーだろ」と真顔で言われる。
ルリカも、もって二ヶ月だとは思っているが。
それから三日後には無事お祓いしてもらい、テッペイに頼んで試しにルリカの部屋に一緒に泊まってもらった。
変な声は聞こえなかったし、怪奇現象もなくなっている。お祓いに五万円掛かったが、快適に過ごせるなら安いものだ。
それからルリカは、ちゃんと自分の部屋で寝ることになった。テッペイは毎晩避妊具を持って、ルリカの部屋にやってくる。一回、もしくは数回してから自分の部屋に戻っていくのだ。
次の日のテッペイのアルバイトが休みだったら、ルリカの方がテッペイの部屋に行って、朝まで過ごすこともある。
どちらにしろ、ほぼ毎晩アレなわけだが。
この調子では、またすぐに避妊具を買いにいく羽目になりそうだ。
四月に入ると、ルリカの実家の母親から連絡が入った。
法事があるから帰ってこられないかという打診だ。もちろん、ルリカの仕事は自由が効くので、いつだって行ける。
「テッペイ、私、今度の日曜、法事だから家に帰るね」
「おー。すぐ帰ってくんの?」
「私の実家、遠いのよ。久々の帰省だし、三泊くらいしてくる」
「そんなにかよ?! その間の俺のジェットキカンボウデラックスの処理はどうすんだ!」
「三日間くらい、辛抱しなさいよね?!」
くそー、と言いながらテッペイは口をとがらせている。
こいつは、ルリカのことをただの性処理係としか思っていないのでは……と不安になるのは、仕方ないと言えよう。
「帰ったら……し、してあげるから、他の女を連れ込んだりはしないでよね」
「わかってるって! ルールだしな!」
テッペイからまともな返事が聞けて、ホッとした。
ニヤニヤ笑うテッペイはおもむろに近づいてきて、ルリカに深いキスをしてくる。
「ん」
セックスをするようになってわかったが、テッペイは結構なキス魔だ。隙あらばしょっちゅうしてくる。そしてもれなく胸揉み付きだ。
十数秒だけ体を許した時点で、ルリカはギュッとテッペイを押しのけた。
「おしまい!!」
「足りねー」
「あんた、こないだバイト前だってのに、その気になっちゃってやっちゃって、遅刻したじゃないの!」
「ちょっとくらい遅刻しても問題ねー!」
「ちょっとどころじゃなく遅刻してたし、ちょっとでも問題大有りだわ!!」
こういうところは相変わらずテッペイである。せっかくアルバイトが続いているのだから、このまま長く続けてほしい。
「ちぇ。早く帰ってこいよ、ルリカ」
「まだ実家に帰ってもないっての」
「そういやルリカの家族ってっさ、どんな人ら?」
そんなことを聞かれたのは初めてで、ルリカはテッペイを見上げた。
ただ、話の流れで聞いただけかもしれないが、それでも自分の家族を知ろうとしてくれているのは、なんとなく嬉しい。
「私の両親、教師なんだ。弟は、塾の講師でね」
「うへぇ……苦手な人種……」
テッペイは嫌そうな顔で口元を歪めている。なんとなく、そう言うかと思っていたが。
「まさか、ルリカも教師の資格持ってんのか?」
「ううん。私は……高卒だし……」
「へー。大学出てんのかと思った」
「やっぱ、大学は出てないと、ダメだよね……」
「へ、なんで?」
テッペイがきょとんとして聞いてくる。
それでもルリカは自分を恥じて下を向く。
ルリカは昔から絵ばかり描いていて、漫画やアニメが大好きな子どもだった。
両親からは、誰に似たのかと言われ続けてきた。
成績は悪くなかったが、特別いいわけでもなく、親への反発心もあって大学に行くことはしなかったのだ。
高校卒業後は、地元の小さな企業で事務員として働いていたが、パワハラとモラハラにあった。その結果ノイローゼ気味となり、しばらくは我慢していたが結局二年で辞めてしまった。
外で働くのが嫌になり、そこからアフィリエイトや好きな漫画で稼げないかと模索し始めたのだ。
ずっと部屋にこもりっきりでパソコンをいじっているルリカ。それを見て心配した両親が、お金は出してあげるから今からでも大学に行きなさいと言ってくれた。
両親は悪い人間ではないが、学歴や肩書きを気にするタイプだとルリカは思っている。
家に引きこもりがちの娘がいるというのは、教師として体裁が悪かったのだろう。そんなに大きな町ではないから、余計だったのかもしれない。
外へ働きに行かないことへの引け目。大学に行かなかったこと、学歴が低いことへの劣等感。
実家に引きこもっていても、それらがルリカを苦しめた。
ルリカはそれまで貯めていたお金を持って地元を離れると、田舎暮らしを始めた。実家から遠く離れた場所で。物価の安いところで。
自分の好きなことをして、生きるために。
しかしだからこそ、自由にさせてくれる両親に感謝をしつつも、引け目を感じてしまうのだ。
今はかなり稼げるようになったが、せめて親の顔を立てて大学は出ておくべきだった、と。
しかし、そんな風に思うルリカに対して、テッペイは言った。
「ルリカ、大学なんて出てなくても頭いーじゃん」
「いや……よくないし」
「俺より頭いーだろ」
「まぁ……それはね」
つい納得してしまうも、テッペイは気を害した様子もなく、男前を破顔させた。
「俺は、働きたくなくて大学に行っただけだからな!」
「胸張って言わないでくれる?! 学費払ったご両親に同情するわ!!」
「学歴なんて関係ねーだろ。ルリカは自分の特技で金稼いでんだぜ?! 大学出ても俺みたいな奴はいっぱいいるし、ルリカはマジですげーから!」
「いや、あんたみたいな奴はそうそういないと思うけど……でも、ありがと、テッペイ……」
テッペイにそう言ってもらえると、ほっとできた。
ルリカの仕事は、世間から見ると少し特殊だろう。
『なにもせずにお金を得られて楽だ』『好きなことを仕事にしていて気楽だ』と、そんな風に見られたり言われてしまうこともある。
そんな人は、外に働きに出ることの方が〝上〟だと思っているのだ。
だから頑張っていても、常に劣等感が付きまとっていた。けれどテッペイの『すげー』の一言で、それが払拭できた気がする。
「で、今月いくらくれんの?」
その直後に出された手。今月分の漫画エッセイ代の一割を要求されたのだ。ちーんと心の中で音が鳴る。
さっきの感動はどこへやら、ルリカはドスドスと足音を立てながら自室に戻ると、封筒を二枚取り出した。
「こっちが家賃と水道光熱費代! こっちがネタ提供代ね!」
テッペイはそれを受け取ると、遠慮もなしに中身を確認している。
「おわ、四万二千円……おま、四十二万も稼いでんのかよ!」
「うん、今月結構稼げてて……ブログの方と合わせると、五十万超えたかな」
「マジか! ちょっとその金で遊ぼうぜ!!」
「あんたね!! 私のお金を当てにするんじゃない!!」
「なんだよ、ケチ!!」
「いいからテッペイは仕事に行きなさーーい!!」
臨時収入が入ったからサボると言い張るテッペイを無理やり追い出し、ようやく一人ホッとする。
テッペイはバカだしクズだしエロいし、どうしようもない男だとは思う。
けど、本当にそれだけだったらルリカはこうして一緒に暮らしてはいないだろう。
「あれでせめて、ちゃんと働いてくれたらね……」
けれどもそんなところですら好きだと思ってしまう自分は、かなりの重症なのだなと、ルリカは一人で笑った。
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