28.帰省

 日曜に法事だったため、結局土曜から鳥白市を出て地元に戻ってきた。

 二十歳に家を出てから七年。帰省にお金がかかるのもあって、正月くらいにしか帰ったことはない。

 桜の咲く時期に地元にいるのは、本当に久しぶりだ。


「お帰り、理香。疲れたでしょう」

「ただいま、お母さん。これ、お土産」


 速水皓月というお店で買った和菓子を渡すと、母の一華いちかはとても喜んで仏壇に供えてくれた。

 着いた時には夕方だったので、晩ご飯ができていると言われてダイニングに向かう。

 扉を開けると、そこには父親のわたると弟の京太けいたが用意された食事の前に座っていた。


「理香、帰ってきたか」

「おかえり、お姉ちゃん」

「ただいま。お父さん、京太」


 久しぶりの家族での食事が始まると、京太に恋人ができたことを母の一華が教えてくれた。同じ塾の講師だそうで、京太よりもふたつ年上だそうだ。


「へぇ、京太に彼女が……」


 ルリカが知る限り、京太に恋人ができるのは初めてである。


「年上の女は構わんが、遊ばれているんじゃないだろうな」


 渉が少し口をへの字にして心配していた。京太は優しく真面目なので、悪い女に引っかかってはいないだろうかと、姉としても不安だ。


「大丈夫だって、お父さん。秀英大学を出てる、ちゃんとした人だよ」

「そうか、秀英大学か。なら安心だな」


 相変わらず学歴でものを言う家族に辟易しながら、それでもなにも言わずに料理をつつく。視線を感じたルリカがチラリと隣に目を向けると、母の一華とバッチリ目が合ってしまった。


「理香は、いい人いないの?」


 そんな風に聞かれて、少し視線を逸らす。一華にとって、ルリカは心配の種なのだろう。ルリカはその問いに対して、どう返答すべきか困ってしまった。

 言うべきだろうか。男と同居……いや、すでに同棲していることを。

 一応テッペイは大学を出ているが、きちんと就職しているわけではない。一流の大学というわけではないので、両親からの賛成の言葉はおそらく聞けないだろう。


「私は……今のところは、いない、かな……」

「理香、あなたもういい年なんだから、戻ってきてお見合いでもしなさい」

「いやいやいや、それはいい! 自分で探すから!」

「そう? じゃあ鳥白あっちでもいいから、ちゃんと婚活していい人を探すのよ」


 婚活。

 結婚。

 考えないわけではなかった。

 せめて、テッペイが実家にお金を借りずに自活できるようになれば、とは思う。

 最近はお金を借りてはいないようだが、その分はルリカのネタ代として渡しているお金で補填している。とてもじゃないが自活しているとは言い難い状況だ。

 一華の言葉には適当に頷いておいたが、ルリカの頭に結婚という文字がちらつくこととなってしまった。


 翌日は法事で、その日も実家に泊まる。さらにもう一泊するつもりだったが、渉も一華も京太も月曜で仕事だし、地元の友達もそんなにいなかったので、予定より一日早く帰ることに決めた。

 地元のブランドの豚肉をテッペイへのお土産にと購入し、ほくほくと鳥白行きの長距離バスへと乗り込む。

 マンションに着いたときには午後六時を回っていたので、夕食はもう買ってしまっているだろう。

 豚肉は明日の朝にでも食べてもらおうと思いながら、勢いよく玄関の扉を開けた。


「テッペイ、ただいまー!」

「え? ルリカ?」


 驚いたような声が聞こえて、テッペイが自分の部屋から出てくる。


「帰ってくんの、明日じゃなかったか?」

「そうなんだけど、暇だったから帰ってきちゃった。これ、お土産──」


 差し出そうとして手を滑らし、お土産の袋をバサリと落としてしまった。

 テッペイの部屋から、もう一人出てきたのだ。女の、人が。

 

「あ、お邪魔しています」


 ルリカは目を疑った。

 ふわふわと長い髪を横で一つに束ねた女性。

 清楚で、可憐で、美人で、女子力の高い。


「ドラッグ、ストアの……?」

「……あ!」


 相手も気付いたようだった。

 動揺を押し隠すために、ギュッと拳を握る。

 あのお店にはそれから行ってなかったのだが、印象深かったのは同じなのかもしれない。


「なんだルリカ、詩織と知り合いだったのかよ」


 ドラッグストアの店員名前は、確か、伊佐木。


 伊佐木──詩織?


 イサキシオリだと気付いて手が震える。

 月初めに必ず印字される三万五千円。その振り込み人の名義が、イサキシオリだったことに。


 どうして、どうして彼女がこの家にいるのか。しかも、ルリカの留守を狙ったようにして。

 テッペイの部屋から、彼女はさも当然のように出てきた。

 異性を連れ込まないという二人のルールは、破られていた。


 ルリカはなにかを叫びたい気持ちを懸命にこらえ、平常心平常心と頭の中で呟く。

 なんとか取り繕おうと、ルリカは無理やり笑って声を出した。


「突然帰ってきちゃってごめんね。多分、大事な話があるんだよね。私、お邪魔でしょ? しばらく外に出てるね」

「あ、おいルリカ……」


 さっと踵を返して、マンションを出る。

 テッペイはこういう奴なのだ。怒って糾弾したところで、恐らく性格は変わらない。

 ルールを破られたという悔しい思いを抱えながら、ルリカはエレベーターに飛び乗った。

 扉が閉められる直前、玄関から出てくるのテッペイの姿を視認する。

 追いつかれないようにと、ルリカはさっさと一階のボタンを押した。今はテッペイの顔を見たくはなくて。

 エレベーターはグングンと降下し、そしてゆっくりと停止する。

 一階の表示がされて、はぁっと一息ついた時。降りようとしたルリカは自分の目を疑った。


 開かれた扉のまん前。

 そこにはなぜか、七階で別れたはずのテッペイが──息を切らして立っていた。

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