10.同居開始

 ルリカはすぐに引っ越しをして、テッペイと一緒に住み始めた。

 テッペイはルリカに一室をくれたので、そこを自分の部屋に作り替える。

 と言っても、ベッドを置いて仕事用のノートパソコンとタブレットを設置するだけだ。あとは大量の漫画本を所狭しと置いている。


「よしっ、こんなもんでいいかな?」

「よし、こんな揉んでいいんだな!」

「バカタレ!!」


 ルリカの胸に谷間を作ろうとするテッペイを、バシッとはたく。許可なく女の子に触れてはダメだと言ったことを、もうすっかり忘れているらしい。

 テッペイは本日アルバイトの予定であったが、「辞めた」と言って家にいた。

 先が思いやられる。そのおかげで、引っ越しを手伝ってはもらえたのだが。


「早めに終わったし、さっさと職安に行って、仕事を探してきなさいよっ」

「いーよ、適当に日雇いのバイト探すし。今日はもう面倒くせぇ」

「あんたねぇ……」

「心配すんな、バイト辞めるのは慣れてるからよ」

「慣れないでよ、もう!」


 一体いくつのアルバイトを辞めてきたというのか。聞くのも恐ろしい。


「ねぇ。テッペイはさ、どんな仕事したいの?」

「仕事はしたくねぇ!」

「そういうわけにもいかないでしょ! 一緒に考えてあげるからさ、次は長続きできるような仕事にしなよ」

「んーじゃ、時給よくて、楽で、寝てても怒られねーとこ」

「あるわけないでしょ、そんなところ!!」

「だよなー」


 そう言って、テッペイは勝手にルリカのベッドにゴロンと寝転んだ。

 本当にこの男は、仕事を探す気はあるのだろうか。このままではルリカは本当に紐付きになってしまいそうだ。


「テッペイって、顔だけはいいんだからさ、そういう仕事に就いたら?」

「例えば?」

「モデル、とか?」

「あーそれ、四、五回遅刻しただけで切られた」

「あのね、どの仕事でもそうだけど、理由のない遅刻は厳禁だからね?」


 怒っても無駄だと思って優しく言ってみるも、この男にはおそらく響いていないだろう。


「んじゃさ、ホストとかならいいんじゃない? テッペイって女の子もお酒も好きでしょ」


 こうなったら、どんな仕事でもいいから働いてもらいたい。ホストでもなんでも、働かないよりはよっぽどマシだ。


「あー、ホストはダメ」

「なんで?」

「酒は週に二回まで、缶ビール一本って決めてんだよ」

「嘘ばっか!! クリパの時、めちゃくちゃ飲んでたでしょ!」

「あーいう時は特別だ! 普段は節制してるっつーの! じゃねーと、この体型が維持できねーだろ!」

「え?! テッペイ、節制なんて言葉を知ってたの?!」

「なんかお前、驚くとこ間違ってね? まぁとにかく見ろ!」


 テッペイは起き上がると、バサッと豪快にシャツを脱ぎ捨てた。


「だからなんで脱ぐー!」


 その体を強制的に見せつけられてしまう。

 バキバキに割れた細身の筋肉は、体脂肪率など片手で収まってしまうだろう。ビール腹など、無縁の体であることは間違いない。それだけ頑張っているというのは、確かに伝わってきた。


「最近、この広背筋が気に入ってんだよ」

「わかった、わかったから早く服を着なさい!」


 テッペイが投げ捨てたシャツを手に取って押し付ける。それでもテッペイは「いーじゃんか」と言って着ようとしないから、困ったものだ。


「それによー、ホストって夜の仕事だろ? バレー行けなくなるのは困るんだよな。俺が夜働けんのは、バレーの練習のない木曜と日曜だけだ」


 テッペイは色んなスポーツをやっているようだが、特にバレーは真剣にやっているらしかった。中学からやっているというのもあるだろうが、今のチームメンバーがいいというのもあるだろう。


「じゃあ、やっぱり昼間の仕事を探すしかないね」

「でも野郎ばっかの職場じゃつまんねーしな。まぁ、適当に探すか」

「もう、本当にしっかり探しなさいよ!」

「わかってるって」


 そう言ったテッペイは、ルリカのパソコンの方に目を向けている。


「ルリカはこれで漫画描いてんだろ? すげーよなー」

「まぁ、趣味の延長だけどね」

「それでめっちゃ稼いでんだからすげーじゃん! 才能だよな! 絵、上手いんだろ?」

「私より絵の上手い人なんて、ゴマンといるよ。そんなに上手くない方だと思う」

「ちょっと描いて見せてくれよ!」


 パソコンを立ち上げて中身を見られるのが嫌だったルリカは、テッペイの要望にはアナログで応えることにした。

 椅子に座ると、紙と鉛筆でサラサラっと、自分とテッペイのデフォルメキャラを描いてみせる。

 後ろから上半身裸の男がのぞいてきて、線を走らせるたびに「おお」とか「すげぇ」とかいうものだから、なんだかこそばゆい。


「ざっとだけど、こんな感じかな」

「まじかーー、すげぇ!! めっちゃ上手いじゃん!!」

「そ、そう? 一応、これで食べてるからね」


 褒められて、悪い気はしない。絵の才能なんてないと自分では思っているから、余計に嬉しい。


「今のこれもネタにすんの?」

「うん、しようかな」

「じゃ、俺の筋肉はリアルに描いといてくれよ!」

「わかった、じゃあ脱いだシーンの体だけリアルに描いとく」

「へへっ、いつでもモデルになってやるからよ!」

「あ、じゃあ写真だけ撮らせてもらっていい?」

「おー、いいぜ!」


 ルリカはスマホを取り出して、バシャバシャと写真を撮った。その上半身裸の写真を俺にも送ってくれと言われて送信してあげる。

 なんとなく気づいてはいたが、筋肉に関してテッペイはとてもナルシストだ。だからこそ、節制して鍛えているのだろうが。


「そういえば、テッペイって今までの私のエッセイ漫画、読んでくれたことある?」

「いや、ねぇよ」

「読みたいとか、確認したいとか、ない?」

「今みたいなやりとりを描くだけだろ? べっつになんも問題ねーし、確認する必要も読む必要もねーよ」


 テッペイはそう言ってのけた。普通は気になるものだと思うが、テッペイはなんにも考えていないようだ。


「や、でもさ、私視点の話だから、テッペイが悪者になっちゃったりすることもあるかもしれないし、多分リアルより大げさに描いちゃうよ? 嫌じゃない?」

「んーなの、全然構わねーって! 面白くなるんだったら、いくらでも好きに描けよ。それがルリカの仕事なんだろ?」


 どうやら、テッペイはなにも口出しする気がない上に、完成された漫画エッセイを読むつもりもないらしい。

 本人に読まれるとなると気を遣ってしまうと思っていたので、これは嬉しい提案だった。


「あ、ありがと、テッペイ……」

「売れたら一割だからな!!」


 まぁ、結局はそれが目的のようだったが。

 ともかく、ルリカは仕事をしやすい環境を得て、ホクホクとしていた。


 この時までは。

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