11.夜の音

 その日の夜、バレーの練習日だというテッペイに連れられて、市立の体育館にやってきた。

 年が明けて初めての練習日だったらしく、そこかしこで「明けましておめでとう」という挨拶が聞こえてくる。


「あ、ルリカさん、来てくれたんっすね!」


 体育館の倉庫を開けていた晴臣が、ルリカに気付いてわざわざ来てくれた。彼の笑顔は本当に癒される。いやらしさしかないテッペイの笑みと比べると、本物の王子様のようだ。


「ゆっくり見てってください!」


 彼は爽やかに言って、コートの準備をするために戻っていった。テッペイもポールを立てたりネットを張ったりと、普通に手伝っていることに驚く。

 なんとテッペイは、普通の事を普通にできる男だったのだ。準備ができるまで、なにもせずに遊んでいるだけなのかと思っていた。


 ミジュや結衣ら、女の子もすでに来ていて、それぞれに手伝いをしている。

 ルリカはなにをしていいのかわからないので、とりあえず見学を決め込んだ。

 練習が始まり、せっかくだからとルリカはスケッチブックを取り出して、バレーのみんなの絵を描き始める。

 テッペイが所属しているのは、〝オカシな国〟というチーム名らしいが、今後彼らをエッセイに登場させることもあるかもしれない。

 クリスマスパーティーの時の漫画エッセイは、のっぺらぼうで登場させていたので、できれば描き直したいのもある。


「なに描いてるんですか?」


 一心にスケッチしていると、かわいい声が飛び込んできた。ミジュだ。


「あ、ちょっとみんなの絵を描かせてもらってて……描いても大丈夫かな?」

「絵? わ、見せてください!」


 隣に座られたので、それまで描いた分を見せてあげた。ミジュはすごいすごいと言いながら、スケッチブックをめくっていく。


「あ、これヒロヤくんですね! 特徴出てるー! こっちは拓真くん? やだ可愛いー! 大和さんの素敵さも伝わってきますー!」

「なになに、なにしてるんですかー!」


 結衣もやってきたので、ルリカは二人の絵も描かせてもらった。するとビックリするくらい喜んでくれて、適当な絵で申し訳なくなったくらいだ。


 午後七時に始まった練習は、八時頃に一旦休憩が入った。その時に、ミジュと結衣がみんなにルリカの絵のことを話してくれる。

 漫画エッセイを描いて投稿しているのだが、それに登場することもあるかもしれないから、出演の許可がほしいと頼むと、全員二つ返事で承諾してくれた。


「その漫画って、私たちも見られるんですか?」

「〝大地コミック〟ってサイトで、最初の六話だけ無料なんだけど、後は有料だから……あ、でも、ちょっと読まれるのは恥ずかしいかも……」


 嬉しくてついポロッと言ってしまったが、テッペイとのアレコレを見られるのはとてつもなく恥ずかしい。ましてや、リアルでテッペイとルリカを知っている人たちばかりである。


「あはは、じゃあ読みませんよー。安心してください」

「ごめんね、ありがとう」


 結衣の言葉にホッと息を吐くと、そのやりとりを見ていたテッペイが、なぜか自慢げに言い放った。


「ま、一緒に暮らし始めたからな、ネタには困らせねーよ!」


 テッペイの言葉に驚いたみんなは、テッペイではなくルリカを見て目を広げている。


「え?」

「一緒に?!」


 バレーのメンバーの顔には、『まじか』『信じられない』としっかり書いてある。いたたまれない。


「え、ど、同棲、ですか? 緑川さんと?」

「ち、違う違う! ただの同居人だから! ネタのためにね?! 別に恋人でもなんでもないから!」


 慌てて弁明すると、ミジュは明かにホッとして息を吐いていた。


「ならよかったですけど」


 何気にミジュは失礼だなと思ったが、相手がテッペイなら誰でもそんな反応をしてしまうに違いない。


「あの、その気がないなら危ないと思いますよ? 気をつけてくださいね……」

「うん、気をつけるよ。ご忠告、ありがと」


 ヒソヒソッと声をかけてくれるミジュに感謝をする。彼女の心配は、ごもっともである。

 ミジュはテッペイのこんな性格を心底嫌っていそうなので、テッペイのことを好きだとは打ち明けられそうにないなと心で苦笑いした。


 休憩後は練習試合で、おじさま~ずというチームとオカシな国が対戦している。

 驚くことに、テッペイは本当にカッコよかった。どうやら顔以外にも本当に取り柄があったらしい。

 バレーのことはよくわからないが、スパイクもブロックもよく決めていた。なによりスパイクを打つ寸前の反りに痺れた。ものすごいジャンプ力と柔軟さ。

 ひいき目があるからかもしれないが、テッペイは誰より強さとしなやかさを持っているように思えた。


 バレー中のテッペイは、イケメンがさらに五割増しくらいに見える。

 やはりこれは、好きな人に対する補正だろうか。悔しいし調子に乗るので、絶対にカッコいいと言ってやるつもりはないが。


 そんなバレーの練習が終わると、ルリカはみんなと携帯番号の交換をした。

 帰るときは、相変わらずテッペイにギュッと肩を寄せられてしまうも、面倒なのでそのままなにも言わずに抱かれておく。二人っきりなので、誰かになにかを言われる心配もない。


「どうだ、俺のスパイク、カッコよかっただろ!」

「まぁまぁかなー」

「なんでだよ!! 惚れろよ!!」

「残念ながら、あんたに惚れるメリットが見つからないのよね」

「俺イケメンだし、優良物件じゃん?!」

「それ、せめて就職してから言ってくれない?!」

「くっそー」


 顔と体はいいのだから、あとは性格と就職さえなんとかなれば、絶対にモテると思うのだが。

 テッペイは、過去に二人しか彼女がいなかったらしい。これだけイケメンならよりどりみどりだのはずだが、性格を加味すると納得の数字である。


 家に帰ると、テッペイはすぐにシャワーを浴びて出てきた。汗ではなく、綺麗な水を含んだ髪というのはなかなかに色っぽい。

 覗くのは禁止と言いつけをして、ルリカも急いでお風呂に入ってきた。

 リビングにいたテッペイは、また別のエロ漫画を読んでいるようだ。


「じゃ、テッペイおやすみー」

「あ、ちょっと待て」


 テッペイが読んでいた本をポンと閉じて立ち上がる。なんだろうと見上げると、テッペイは真剣な目でルリカを見た。


「エッチしてくれ!」

「断る!!」

「合意しろよ!!」

「誰がするか!! おやすみとは言ったけど、私は今から仕事なの!」


 ビシッと言ってやると、テッペイは口を大きくへの字に曲げながら、またもソファーに座って漫画を読み始めた。ストレート過ぎて、ある意味気持ちのいい男だ。

 ルリカはテッペイを置いて部屋に戻り、仕事を始める。

 今日描いたスケッチをパソコンに取り込み、デフォルメしてキャラとして一人一人仕上げていくのだ。

 零時が過ぎた時点で、テッペイが自分の部屋に戻っていく気配がした。もう寝るのだろう。

 作業は夜の方がはかどるが、それでも生活サイクルを壊さないように、午前一時までに寝るようにしている。この日もルリカは、もう少しだけ進めてから寝ようと、絵を描いていた。その時。


 う……う……


 男のくぐもった声が聞こえてきた。テッペイが一人でおっぱじめてしまったのかと、嫌気が差す。


「もういいや、今日は終わろ」


 気分が萎えてしまったので、今日はそうそうに終わることにした。

 ベッドに座り、よいしょと大きな羽布団をあげた時。


「ん?」


 ペラッと音を立てて、テーブルの上に置いてあった紙が落ちた。

 昼間、テッペイに描いてあげた、あのイラストだ。

 布団に入ろうとした時に出た風で、巻き上がったのだろうか。そう思って、テーブルの上に紙を戻してから、ルリカは寝入った。


 しかし、朝起きると──その絵はまた、床に落ちていたのだった。

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