09.同居交渉

 テッペイのアルバイトが休みだというその日、ルリカはテッペイの家にやってきた。

 目の前のテッペイは、同居するものだと思っているのか、嬉しそうにニヤニヤしている。


「やっぱ、俺と住みたくなったんだろ?」

「こっちにも、事情があるのよ」

「事情?」


 ルリカは、その事情を包み隠さず話した。

 クリスマスの時のオフ会の話を、エッセイにしたこと。それがウケたので、続きのネタがほしいこと。そのためにテッペイと同居したいことを、正直に。


「勝手にエッセイのネタにしちゃってごめんね」

「んーなの、前から描いてたじゃん。気にすんなって!」

「ありがと。テッペイなら、そう言ってくれるとは思ってたけど」

「でもスゲーな! ウケたってことは、金が入ってくんだろ?」

「うん、それでね。同居してくれたら、ネタの提供者として、売上の一割をテッペイに払おうかなと思ってるの」

「マジで!!」


 この売上は、テッペイがいてこその収入だ。今までは収入が少なかったから払うつもりなどなかったが、稼げ始めた今となってはちゃんと支払っておいた方がいいだろう。

 後々になって肖像権だとかプライバシーだとかなんかで、揉めたくはない。テッペイだから大丈夫だとは思うが。


「いくらになるかわからないし、毎月変動するから、あんまり期待はしないでね」

「ルリカが同居して、しかも金までもらえるなんて、最高じゃん!」

「あー、それなんだけど、同居するにあたって、ルールを考えてきたからさ。これを読んで、同意のサインくれる?」


 そう言って、ルリカは一枚の紙を差し出した。

 テッペイはそれを手に取ると、一行一行読み上げる。


「家賃は折半で、三万五千円ずつ出し合う。おう、オッケー。次、テッペイが出てきた回の漫画エッセイに関して、売上の一割をテッペイに支払う。おっけおっけ」


 そこまではニヤニヤと嬉しそうにしていたテッペイの顔が、急に険しいものに変わった。


「テッペイとのエッチはなし……なんっだよこれはーーーー!!」

「当たり前でしょ!! ただの同居人なんだから!」

「お前、なんのためにここに住むんだよ?!」

「ネタのためって言ったよね?!」

「聞いてねーーよーー!!」

「今言ったばっかだわ!!」


 ずぞぞーんと音を立てて落ち込むテッペイ。本当にこの男は下半身でしか物事を考えられていない。


「くっそー。そんな同居、俺は認めねーからな」

「ええ? テッペイにだってメリットしかないじゃない。家賃は半分、ネタ提供で収入アップ。一体何が不満なのよ」

「エッチできないことに決まってんだろーー!!」

「下半身じゃなく、ちゃんと脳で物事を考えなさいよね?!」

「俺の脳は下半身でできてんだよ!!」

「心底気持ち悪いわ!!」


 ぜーぜーと二人して肩で呼吸をし、互いを睨みつける。


「この三つ目は撤回を要求する!」

「これがなかったら危険すぎて一緒に暮らせないでしょ!」

「意味わかんねーー!! 気持ちいいこと好きじゃねーのかよ! マゾならそれなりの扱いをしてやるよ!!」

「そういう問題でもないし、マゾでもないわ!!」

「ルリカに連絡もらった時から、めっちゃ楽しみにしてたっつーのに……一緒に暮らしてエッチなしとか、俺はなんに生きがいを求めればいいんだよ!」

「エロに生きがいを求めるな、バカ! とりあえず就職して仕事に生きがいを求めなさい!」

「働きたくねーーーーーーッ!!」

「あんたってもうホンットどうしようもないクズ!!」


 それでも、シクシクと涙を流しそうになるテッペイを見てしまうと、どうしても同情心が芽生えてしまう。

 もうっ、とルリカは息を吐き、妥協案を提示した。


「じゃあ、〝エッチはなし〟じゃなくて、〝合意のないエッチはなし〟に書き換えてあげる。それならいいでしょ?」


 その言葉に、テッペイはピクリと耳を動かす。


「合意があれば……いいんだな?」

「合意があれば、ね」

「よし、絶対その気にさせてやるぜ!」


 テッペイの本気の言葉に、ルリカは思わずゾクリと体を強張らせた。やはり妥協をすべきではなかっただろうか。冷や汗が流れる。


「で? ルールってこんだけ?」


 あとはなにも書いていないのを見て、テッペイはペラペラと紙を揺らした。


「あとは、暮らしながら追加していこうかなって。テッペイはなんかある?」

「ルリカの着替えは俺の目の前で」

「キリッとした顔で言うな。却下だわ」

「うーーん、そうだなー……ルリカは男を連れ込むのナシな。俺とエッチしてくんねーのに、他の野郎とこの家でやってたらマジキレる」

「そんな人いないけど」

「いいから追加しろよ。ヤりたくなったら俺が相手してやるから!」


 変な心配をしているテッペイに、ルリカはそれで安心してもらえるならとルールを追加した。

 でも、よく考えれば逆の立場になると確かに嫌だ。テッペイがこの家に女を連れ込み、エッチする。想像したくない。

 ただの同居人であることを強調しているのだから、テッペイが誰と付き合おうとエッチをしようと自由ではある。けど、それがこの家の中でされるかもと思うと、どうしても我慢できない。


「テッペイも、この家に女を連れ込まないって約束してくれない?」

「え、俺も?」


 嫌そうなテッペイに、ルリカはコクンと頷く。

 テッペイは「うーん」と少し唸ったあとで、「まぁいいぜ」と承諾してくれた。


 水道光熱費は半分ずつ、食費はそれぞれにと決めて、家事や他の細かなことは、一緒に暮らしながら調整していこうという話になった。


「早く引っ越してこいよ!」


 すべてを決めると、テッペイはそう言って嬉しそうに笑っていた。

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