07.再びテッペイの家
タクシーに乗ってテッペイの家の前に着くと、テッペイはさっさとタクシーを帰してしまった。
荷物だけ持ってきて、すぐにタクシーに乗ろうと思っていたが、そうはさせてくれないようだ。
仕方なくふらつくテッペイを支え、エレベーターへと乗り込む。泥酔しているというのに、手をルリカの胸に添えることは忘れていないらしい。
こんな状態でぶん殴るわけにもいかず、仕方なくそのままテッペイを支え続けた。
なんとか部屋に帰ってくると、テッペイを寝室のベッドの上に転がしてやる。今日はいろんなところを掃除したので、すでに勝手知ったるなんとやらだ。
「じゃ、私は帰るから! 終電逃しちゃう」
「は? 俺とヤるって約束したじゃん」
「してませんー。テッペイの約束したい気持ちはわかったって言っただけですー」
「屁理屈じゃねーーか!!」
「ほーーっほっほ、なんとでも!」
大袈裟に高笑いをして見せると、ムッとしたテッペイに腕を掴まれる。
酔っ払いとはいえ、そこは鍛えた男の力。
グンっと引き寄せられると、ルリカは赤児のように簡単に引き寄せられてしまった。
ぽふん。
ベッドの上にあっという間に転がされ、テッペイの腕がルリカの両耳を挟むように置かれる。
「ヤるって約束したんだからな、ヤるぞ!」
「そんな約束してないってば!!」
「んな言い訳、通用すっか!!」
「テッペイ、ベロベロじゃん!! そんな状態でできると思ってんの?!」
「試してみるか、コラ!」
「そういう意味じゃない! 酒臭い男の相手は私がヤなの!!」
ルリカが必死に言い訳をすると、鉄平はものすごく不服そうな顔をしながら、それでも一旦離れてくれる。
「じゃあ、シラフんときならいいのかよー」
「まぁ、酒臭いよりかはね」
「くっそ、ヤれると思ったのによーー!!」
本当に悔しそうな顔をするせいか、なぜか愛おしさを感じてしまう不思議である。
「テッペイ……そんなに私と……したいの?」
「してえ! めっちゃしてえ!!」
「じゃあ、ミジュちゃんとは?」
「してえ!」
「結衣ちゃん」
「してえ!」
「夏花さんって人」
「してえ!」
「芳佳さん」
「人妻は興味ねぇ!!」
「最低だよねって言おうとしたけど、一応人妻に手は出さないんだ?!」
「ったり前だろ、慰謝料とか言われても俺には金がねぇ!!」
そこは褒めるべきか、どうなのだろうか。判断に迷うところである。
「でも、他の人とはしたいんだ」
「おお、大体二十代から三十代の独身女なら、基本誰でもいい」
「ふーん、なるほどなるほど」
ルリカはひきつり笑いを見せながら答える。
そんな風に言われて、喜んで体を差し出す女はいないだろう。ルリカにだって、プライドがある。馬鹿にされているとしか思えない状態で、できるわけがない。
「なぁ、ヤろうぜ。他の奴らは彼氏持ちだしよー。その点、ルリカは俺しかいないだろ? 気持ちよくしてやるからさ、ウィンウィンじゃん」
「やだ、したくない」
「んだよ、処女じゃないんだろ? ケチケチすんなよー」
そう言われて顔がカッと熱くなる。過去に付き合った人は、一人だけいたとテッペイには話してある。
それも、中学生の頃に少しだけ付き合った、キス止まりの彼氏がいただけだ。
もちろん、そんな詳しいことはテッペイに伝えていない。けれども、ルリカの反応でテッペイは勘付いたようだった。
「え? ルリカ処女? マジ?」
「っち、違うし!! 処女じゃないし!」
「んだよ、期待させやがってー。一回処女とヤってみたかったのになー」
残念そうなテッペイを見ていると、うっかりと自分は処女だと言いそうになってしまう。
変なプライドが邪魔をして、それは言えなかったが。
「じゃ、まぁヤろうぜ」
「なんでそうなるの?! バカ、どこ触って……」
「先っぽだけ! 先っぽだけでいいからよ!」
「それ、絶対先っぽだけで済まないフラグじゃん!!」
「暴れんなって! 俺、上手いから心配すんなよ」
テッペイは嬉しそうにルリカを押さえつけてくる。
このままではダメだ。本当にヤラレてしまう。
いくら好きな人だとはいえ、こんな酔っ払いになんの愛情もなく犯されるだなんて、とんでもない。
「レイプ! それ、レイプだから!」
「げー、またそれかよ……」
テッペイはげっそりしたように言ったが、それでも一応離れてくれた。
さっきの人妻の件といい、法律上やばくなりそうなことには一応の自制が効くようになっているようだ。
「んじゃあ、エッチはいいから胸揉ませろ」
「あんたね……それセクハラだから!」
「レイプよりマシだろーが!!」
「セクハラも大概だわ、バカタレ!! 女の子がどれだけ心に傷を負うと思ってんの!!」
「じゃーどこなら揉んでもいいんだよ?!」
「どこを揉んでもダメに決まってんでしょー!!」
「なんでだよーーーーーー!」
「合意なしに女の子の体に触れるんじゃない!!」
「くっそ、じゃあ俺にセクハラしていいからよ!」
「誰がするかーーーーー!!」
思いっきり拒否すると、「ちょっとくらい触ってくれてもいいじゃねーか」とブツブツ言っている。思わず体の中心部分を確認してしまい、見るんじゃなかったとスッと目を逸らした。
落ち込んでいるテッペイを見ると、かわいそうになってしまうから困りものである。
「うげ、騒いでたら気分悪くなってきた……」
「ばか、もう寝なさいよ」
「一緒に寝ようぜ」
「ちょっと、しつこいよ?」
「そうじゃねーって。今から帰るのあぶねーだろ。第一終電で帰って、そっから家までのバスあんのかよ」
なんと、テッペイからそんなまともな言葉が出てきた。驚きである。
しかしテッペイの言う通り、終電でとりあえず最寄駅まで帰った後は、近くのホテルで泊まって、翌日にバスで帰るつもりだったのだ。
どうせ泊まるなら、お金のかからない場所の方が助かる。
「で、でも、泊まるには寝る服もないし……」
「俺のでよければ貸してやるから。適当にその辺の着ろよ」
テッペイの指差す先に、タンスがあった。
中を見ると、ジャージが何枚も入っている。
「じゃあ……借りるね」
「え、泊まんの?」
自分から言い出したことなのに、テッペイは驚いて目を丸めている。
「帰ってもバスないし……仕方ないから泊まるだけだからね!!」
「わかってるって!」
嬉しそうなテッペイを見ると、キュンと勝手に胸が音を立てる。
これでよかったのだろうかと少し不安になりながらも、部屋を移動してテッペイの服に着替えた。
自分の服ではない香りに、胸が勝手に膨張と収縮を激しく繰り返す。
当然ながらサイズは合わず、上は大きすぎ、下も長い上にウエストはゆるゆるだ。長すぎる裾をいくつか折るだけで対処し、テッペイのいる寝室へと戻ってくると。
「おい、ズボンは脱いどけよ?!」
ルリカの姿を見たテッペイの第一声がそれである。
「なんでズボン履いちゃダメなのよ!」
「彼シャツ一枚は、男のロマンなんだよ!」
「あんた、私の彼氏でもなんでもないでしょー!! もう、あっちで寝るから!」
「あーー、わかったわかった、ここ使っていいからよ!」
テッペイは今いるベッドの上を、ポンポンと叩いている。
「……まさか、本当に一緒に寝るんじゃないよね。こういう時、男の人は女にベッドを譲ってソファで寝るのがセオリーだよね?」
「なんで俺のベッドを明け渡してソファで寝なきゃなんねーんだよ。俺はここを譲るつもりはねぇ!」
「あんたってホンットそういう奴だよね!!」
「別々に寝たきゃ、ルリカがソファで寝ろよ。掛け布団もなんもねーけど」
「うわぁ、サイテー……」
「だからここで寝ろって。枕もねーけど、腕枕くらいならしてやれるぜ?」
腕枕。その言葉を聞いて、ルリカはごくんと喉を鳴らした。
憧れのシチュエーションだ。人生で一度くらいはされてみたいことだ。
「……腕枕はいいけど……他はなんにもしないでよね」
「わかってるって!」
「あんた、本当に信用できないんだけど!」
「気にすんなよ!」
ニカニカ笑う嬉しそうな鉄平。腕枕を用意して待機しているテッペイの元に行くのは、ライオンの口に自ら飛び込んで行くようなものだなと苦笑いしてしまう。
ルリカは胸をドキドキと打ち鳴らしながら、ベッドの上に座り、そして身を横たわらせた。
テッペイの腕の感触が首筋に当たっただけだというのに、胸の奥がじんじんと震えている。
「もっとこっちこいよ、落ちるぜ」
テッペイにグイッと引き寄せられて、ばさりと布団がかぶせられた。
近くで聞こえる、テッペイの息遣い……
「って酒くさっっ!!」
「しょーがねーだろ、飲んでんだし」
「ちょ、布団薄くない?!」
「そうか? 俺、真冬でもこの一枚で過ごしてるぜ」
「寒いよっ、こんなとこで寝らんない! 暖房は?!」
「引っ越した時にガス補充してねーから使えねぇ」
「寒いんだから入れなさいよ!」
「俺は冬にエアコンつけたことねーし。夏までに直せばいいだろ」
「やだーー、寒いーーっやっぱ帰る!」
起き上がろうとする体を、ガシッと捕まえられた。
ルリカはぎゅっと抱きしめられ、脚を絡まされる。
「ちょ、テ……ッ」
「うわー、お前の体、マジ冷てぇ」
「テッペイがあったかすぎる……って、なんか当たってんだけど?!」
「しゃーねーじゃん、我慢してんだからよ。あっためてやってんだから、ルリカもこれくらい我慢しろよ」
我慢。このテッペイが、我慢。
テッペイの辞書には我慢という文字なんかないと思っていたルリカにとって、これは衝撃だった。本当にルリカに手は出さないつもりなのだろう。今のところは。
驚いていると、目元に少し湿った柔らかいものが当てられて、ビクッと体が震える。
「ななな、なにしてんの!!」
「えー、キスくらい、いいだろ。口にはしてねーし」
「くくく、口は絶対に許さないんだからねッ」
「へーへー」
うっかり口以外の許可をしてしまったルリカ。
不満げだったテッペイが、何度も何度もルリカの顔に唇を押し当ててくる。
「や、やりすぎでしょ!」
「ぜんっぜん足りねーよ、ちくしょう……」
そう言って、また何度も唇を押し当てているうちに、テッペイの動きは緩慢になって動かなくなった。
「……テッペイ?」
見ると、テッペイはいつの間にか寝入ってしまっている。
寝ている顔は、起きている時と違って超絶イケメンだ。
いや、起きている時もイケメンなのだが、なにせ口を開くとおバカ補正がかかってしまう残念仕様である。
「ほんと、バカだよね、テッペイは……」
ルリカはそう呟き、テッペイの頬に唇を寄せると。
ちゅ。
そっと触れて、慌てて元の位置に戻った。
温かい腕枕、絡められた脚、鍛えられた胸板、テッペイの静かな寝息。
その中でルリカは、安心して眠りについた。
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