05.クリスマスパーティー
無事にお酒を買うと、パーティーをするというテッペイのバレー仲間の家へと向かった。
テッペイの両手には、重そうなたくさんのお酒を入れた袋が、ガサガサと鳴っている。
「半分持つよ、テッペイ」
「俺の筋トレの邪魔すんじゃねーっつの」
「……あ、そ」
かわいげのないその断り方に、ルリカはふんっとそっぽを向いた。
テッペイの両手が塞がっているため、抱き寄せられることなく密着度は下がっている。ホッとすると同時にどこか残念な気持ちもあるから不思議だ。
そうして連れてこられたのは、テッペイが住んでいるマンションよりも遥かに大きい建物だった。
一目でわかる、高級マンション。
家賃がいくらするのか、ルリカには見当も付かない。
「こ、こんな所でパーティーするの? 誰のお宅?」
「バレー仲間の一人の、
「速水皓月……! 超老舗店でしょ?!」
鳥白市に住んでいないルリカでも知っているほどの、超有名な和菓子店。
隣に立っている男より、よっぽど将来有望そうだ。
速水晴臣は要チェック、と思いつつ、彼の部屋に上がらせてもらうことになった。
「いらっしゃい、鉄平さん! ルリカさんっすね? 初めまして、晴臣です。鉄平さんから話は聞いてます。とりあえず上着を預からせてもらっていいっすか」
晴臣と名乗った彼は、ルリカがコートを脱ぐのをさり気なく手伝ってくれた。なんという好青年。
対するテッペイはルリカなどに気遣うことなどなく、勝手知ったる様子でどんどん奥に入っている。
「どうぞ、こっちっす」
コートを丁寧にハンガーにかけてくれた晴臣が、ニッコリ笑って案内してくれる。
王子様のようにキラキラしている晴臣の顔を見て、この子はモテそうだと思いながらついていった。
その先のリビングダイニングは思った以上に広くて面食らった。三部屋あるテッペイの家を、全部ぶち抜いて作ったような広さ。
テッペイが住んでいる家は、一人暮らしだから広く感じるが、一般ファミリーにはちょうどいい大きさだ。
でもこのマンションは、明らかに金持ち用だとわかる家だった。廊下を歩いた感じだと、このリビングダイニング以外に三部屋ありそうだ。
晴臣はルリカよりかなり若そうだったが、思わず彼には彼女がいるのだろうかと気になってしまった。いたとしたらかなりのラッキーガールに違いない。
ルリカが中に入ると、まずは女子がやってきて口々に自己紹介してくれる。
思った以上に人数が多くて、顔と名前を覚えることはそうそうに諦めた。でも、その柔らかな雰囲気で、とても優しくいい人たちばかりなのがわかる。
テッペイはというと、買ってきたビールを真っ先に開けて一人でガブガブ飲み始めていた。もちろん、まだ乾杯はしていない。そしてみんなはそれに慣れているのか、誰もテッペイを咎めてはいなかった。
ガヤガヤとしながら料理を作っているのは、さっきの晴臣という男の子、それに拓真・一ノ瀬・ヒロヤ・結衣と呼ばれている人たちだ。
他の人たちはなにもせずにテーブルを囲んで談笑している。
「お手伝いしなくて大丈夫なの?」
こそっとテッペイに聞くと、いーのいーのという軽い答えが返ってきた。聞く相手を間違えたと思っていたら、さっき自己紹介してくれたミジュという女の子がニッコリと答えてくれる。
「今料理してくれているのは、製菓学校に通っている子たちで料理が得意なんですよ。私たちもお任せしてるんで、気にしないでください」
製菓学校と聞いて、やはり若い子たちも多いのだろうなとキッチンを見やる。
どの子もテッペイなんかよりよほどテキパキと動いていて、しっかりしていそうだ。
「いいから座れって、ルリカ!」
グイッと手を引っ張られ、無理やりソファに座らされてしまった。
ダイニングで働いていた面々が次々に料理を持ってきては、テーブルに綺麗に並べてくれる。
定番のピザやローストポーク、シチューポットパイ、ミートローフにフライドチキン。そして色々な物がピンチョスで出てきて、一口で食べられるようになっている。女性に優しい仕様だ。
ど真ん中にはクリスマスケーキも鎮座していて、ゼリーでコーティングされたフルーツが見目鮮やかに輝いている。
「な、すげぇだろ!」
なにもしていないテッペイがなぜか大威張りでそう言ったが、これは確かにすごい。
「おいしそう……一気にお腹が空いてきちゃった」
「よし、じゃあ食べようぜ!! メリークリスマス!!」
「こら、まだみんなグラスに注いでないでしょ!」
テッペイは「ちぇ」と言いつつ、さすがにみんなに注ぎ終わるのを待っている。
どうやら晴臣だけは未成年のようでオレンジジュースが注がれていたが、他はみんな思い思いのお酒を自分で選んで注ぎ入れていた。
どうやらお酌はしないというのが、このメンバーの決まりのようだ。気遣わなくていいんだと思うとホッとして、ルリカもビールを自分のコップにトクトク注いだ。
全員分がコップを手に取ったのを見て、最年長らしき三島雄大という男の人が声を上げる。
「三月には学生メンバーが卒業で、それぞれの道に進むことになると思う。来年も同じメンバーでクリスマスを祝えるかわからないから、今を楽しもう」
そう言うと、三島はグラスを高く上げた。
「鉄平は飲み過ぎないように。メリークリスマス!」
「「「メリークリスマス!」」」
飲みすぎないようにと釘を刺された直後だというのに、鉄平はグラスの中のビールを一気に空にし、次はどれを飲もうかと物色している。
去年の鉄平の様子は知らないが、きっと同じような状態だったに違いない。
みんなはわいわいと話しながら、思い思いの料理を取り分けて食べ始めた。
「ルリカさん、ちょっとそこのビールを取ってもらえますか?」
さっきも声をかけてくれたミジュが、鉄平の前に山ほど置いてあるビールを指さしている。
「あ、えっと、これでいいですか?」
「はい。あ、敬語じゃなくいいですよ。私の方が年下みたいなんで」
「じゃあ、これでいい? ミジュ……ちゃん?」
「はい」
ニッコリと笑うミジュ。小さくてかわいらしい女の子だ。医大の看護師だと言っていたから、きっと中身はしっかりしているのだろう。
「ミジュも飲み過ぎんなよ。まぁ潰れたら背負ってでも連れて帰っけどさ」
ミジュの隣にドスンと一番体格のゴツい拓真という男の子が座った。彼はチューハイを一杯飲んだだけで、あとは晴臣と同じジュースにしているようだ。
「だ、大丈夫! これ飲んで、もう一杯くらい飲んだらやめるから……!」
あ、これ、もう一杯だけが続くタイプの人。そう思いながら、ルリカはミジュとその向こうの拓真を目だけで見る。
彼のミジュを見る目はとても優しくて、呆れるようなそぶりをしながらも、笑っているのがわかった。
雰囲気のいい二人だなと思っていると、テッペイがすでに何本目かわからないくらいのアルコールを開けて絡み始めた。
「あんまり飲んでほしくねーの、わかるぜタクマ!」
お前が言うなという言葉をルリカは寸前で飲み込み、今度は逆側のテッペイに視線を移す。テッペイはなにが面白いのか、笑いながら続けた。
「正体不明の女とヤッても、つまんねーもんな!」
ミジュの顔が、拓真の顔が、そしてもちろんルリカも、カキンッと音を立てて凍りついた。
なにか言わなければ、誤魔化さなければという思いとは裏腹に、なにも声が出てこない。
「鉄平さん、俺は別に……っ」
「クリスマスにはやっぱヤりてーじゃん! なぁ、ミジュちゃんだってヤりてーよな?」
「緑川さん、飲み過ぎだと思いますけど」
冷たい顔をしたミジュが、テッペイを責めるように言葉を放った。ルリカは身の置き所がなくて縮こまるしかないというのに、テッペイは気にした様子もなく、ベラベラとしゃべり続ける。
「ルリカ、こいつら夏に付き合い始めたんだぜー。タクマもめでたく童貞卒業したしよ。な!」
本日二度目の凍り付きが発生する。しかし、ここまでならまだよかった。
「晴臣は拓真に先越されちまったなー! まぁ女はミジュちゃんだけじゃねーから、落ち込むなよ!」
この場にいる、全員の空気がカチコチに固まったような寒さを感じる。
テッペイとしては、おそらく慰めているのだろう。しかし、この空気の読めなさはどうだ。
なにがあったのかよく知らないルリカでも、わかる。今のは言ってはいけない言葉だったことくらいは。
「……別に、気にしてないっすから」
晴臣が、ポツリと言葉を漏らした。
隣にいた結衣という女の子が、晴臣や拓真をキョロキョロと見て、取り繕うように声を上げた。
「で、でも晴臣は最近、夏花といい感じだよね!」
「なに?! 前に応援に来てた、あのクールな黒髪スレンダー美人?!」
美人に即座に食いつくテッペイ。全員がしらっとしている空気を、ものともしていない。
「マジかよーー!! じゃあ連れてくればよかったじゃんか! 俺が色々教えてやったのによ!」
「絶っ対に連れてこないっすよ」
当然の回答に、テッペイは面白くなさそうに口を尖らせている。
「くっそー、いい女を独り占めしやがって……」
「鉄平さん、ルリカさんがいるのに失礼ですよ。ルリカさんも素敵な女性じゃないっすか」
「まぁな!」
晴臣の『素敵な女性』という、お世辞満載のフォローだけでも嬉しかったのに、驚いたことにテッペイに肯定されてしまった。
顔が勝手にボッと熱くなって、回された腕に抵抗なく包まれてしまう。
「いーだろ、俺のオンナ!」
「ち、違うでしょ!」
「ぜってー今日中に俺の女にしてやるからな」
「されないしっ」
真剣な顔で見つめてくるテッペイ。しかし回された手は、当たり前のように胸に移動してくる。
こんな人前でやめてと泣きそうになっていると、三島がルリカとテッペイの肩を引き剥がしてくれた。
「鉄平、いい加減にな。ペースが早過ぎる」
「へーい」
テッペイは三島の言葉には素直に返事をし、それでもまたアルコールを流し込んだ。なーんにも反省した様子は見られない。
それすら慣れているのか、三島は少し困ったように笑って言った。
「ルリカちゃん、ミジュちゃん、場所変わるよ。鉄平の近くにいない方がいい」
「すみません、三島さん」
そう言ってミジュはスッと席を立ち、ルリカも同じように移動した。鉄平は両側を男に囲まれてしまい、ご機嫌斜めでさらに酒を煽っている。
席を変わったルリカとミジュは、美味しい料理を食べながら談笑した。
けれど、テッペイが席の向こう側で「誰でもいいからヤりてェ!!」と叫んだとき、ミジュは心底蔑んだ顔をしていて申し訳なくなる。
『緑川さんサイテー』とでも思っていそうだ。それはルリカも同意であったが。
「ルリカさんて、緑川さんのどこが好きなんれすか?」
ミジュが不可解だと言わんばかりの顔で聞いてくる。
好きだとは一言も言っていないのに、なぜかそう思われたらしい。その勘は、当たっているのだが。
しかし、ミジュの呂律が回っていないのは気のせいだろうか。
「べ、別に好きとかじゃなく……! ただのゲーム友達なだけ!」
「あ、なんだ、そうだったんれすね」
今度は一転、ホッとした息を吐き出しながらそう言われた。
実際テッペイを好きな人がいたら、ルリカだって不可解だと思うに違いない。そして全力で止めにかかるに決まっている。
「ねえ、ミジュちゃん……テッペイって普段からこんな感じ?」
「うーん、普段はここまでじゃないれすよ。お酒が入ると酷くなるっていうか……」
ミジュの頭がふらふらと揺れている。もう一本もう一本と飲んでいたから、心配はしていたのだが。
「れも、いちゅもベタベタ触ってくうし……てリカシーが、な……ぐう」
ガクンッと頭が大きく揺れたかと思うと、そのまま垂れ下がって、ミジュは一言も発しなくなった。
「え?! ミジュちゃん……?!」
何事かと目を白黒させていると、逆隣にいた晴臣が苦笑いしている。
「ミジュさん、寝ちゃったっすね。おい、タクマ」
テッペイの隣にいた拓真がこちらに気付き、「あちゃー」と言いながらやってきた。
「あの、ごめんね。なんかすごく飲んでたんだけど、止められなくて」
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。こいつホンット酒弱ぇんだよな」
酒の弱い人はあんなに飲まないのでは、というツッコミは喉で抑えておく。
拓真はコートを持ってきてミジュに着させると、軽々と彼女を抱き上げた。
「悪ぃ、このまま帰るわ」
「そうだな、気を付けろよ」
晴臣が席を立って玄関まで送っている。
席の向こう側ではテッペイが「どうせ今からヤんだろー」と言っていて、みんなの冷たい視線を浴びていた。
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