02.書店で買い物
ルリカはなぜか、またテッペイに横腹辺りをムニムニと触られている。
ぶっ叩いたあと距離を取って歩いていたのに、いつの間にか擦り寄られて結局は今のような状態だ。
次に胸を触ってきたらグーで殴ろうと心に決めて、放置している。どうせ離れても、この男はすぐに近寄ってくるのだから。
それに、こんなに嬉しそうなテッペイの顔を見てしまうと、どうにも強く断れなかった。甘いかなと思いつつも、色々言うのも面倒で、結局は容認しているというわけだ。
そうして歩いていたルリカは、ふと気付いて「あ」と声を上げた。
「なんだ?」
「ごめん、せっかく町に出てきたから、書店に寄ってもいい?」
「あ? 本なんてネットで買えばよくねぇ? それより俺の家行こうぜ!」
「あんたの部屋なんて行ったら、なにされるかわかんないでしょ! それにいつもはネットで買うからこそ、書店に行きたいの!」
そう主張すると、テッペイは特に不機嫌になる事もなく大きな書店に案内してくれた。
ルリカの住んでいる地域は、バスが一日に二本しか出ていないほどの田舎町だ。
電車はないので、近くの町まで出なくてはいけない。そこから電車で一時間ほどでこの鳥白市に出られるが、普段はネット通販頼みである。
見渡すほどの本棚の海に、ルリカはわくわくしながら本を漁った。
「わー、この漫画面白そう! あ、こっちは読者さんがおすすめしてくれたんだよね」
「読者? ルリカって、なにで稼いでんだっけ?」
テッペイが不思議そうにルリカを見下ろしている。
前に話したことがあるはずだというのに、この男はすっかり忘れてしまっているらしい。
「アドとアフィと、漫画エッセイだってば」
「わっかんね!」
「……ブロガーって思っとけばいいよ」
「ああ、ブロガーな!」
テッペイはわかっていなさそうなのに、さも理解した風にうなずいている。
「私、漫画とかアニメとか好きだからさ。そういうのを紹介したりね」
「なぁ、ブロガーって儲かんの?」
「人によるかなー。私は漫画エッセイ含めて月平均十五万程度だから、田舎の家賃の安いところに住んでるんだよね」
「お前、俺より稼いでんじゃねーか!」
「あんた、どんだけ稼いでないのよ?!」
二十六歳にもなる男が、おそらく十万ちょい程度だなんてとルリカは顔をしかめた。田舎ならまだしも、鳥白市のような大きな町では家賃だってそれなりにするはずだ。
「よくそれで生活できるわね」
「できねぇから、親に仕送ってもらってんだよなー」
「恥ずかしげもなく、よく言えるよね二十六歳!!」
本当にこの男は、とルリカはテッペイを睨んだ。
ルリカはテッペイより一つ年上の二十七歳だが、二十歳の頃から家を出て、全部一人で生活をしている。
それが当然だと思っていたので、テッペイの言葉は信じられないものだった。
「あ、そうだ!」
そんなテッペイが、いいこと思いついたと言わんばかりに顔を明るくする。
「じゃあ、一緒に暮らそうぜ!」
「……ハァ??」
「家賃、ルリカとセッカンさせてくれよ!」
「折檻されてたまるか!! 折半でしょ、セッパン!!」
「んじゃ、決まりだな!」
「待て待て、なにも言ってないーーっ!!」
なにを言っているのかと、抱き寄せられそうになった体をグイと突き放す。
しかし、力で敵うわけもなく、結局は無理やり引き寄せられてしまった。
「よくね? ルリカは都会に来れるわけだしさ。俺は家賃を半分出してもらえる。ウィンウィンじゃん!」
「それは、そうだけど……」
田舎は嫌いなわけじゃないけが、なにをするにも不便だ。
稼げるようになったら、もっと利便性の高い所に引っ越したいとは思っていた。
しかし、だからと言ってこの男と暮らすというのはどうだろうか。
「あんたの存在さえなきゃ、いい話なんだけどね……」
「オイッ?! 俺がいなけりゃ、この話もねーだろーが!!」
「わかってるって。で、家賃っていくらなの?」
「七万」
「たっか!! 一人暮らしの癖に、そんな高いトコ住んでんじゃないわよ!!」
「すっげー条件のいいとこだったんだって!」
「うーーん、半分で三万五千円か……」
今住んでいる所は、大家さんの庭の畑の草むしりをするという条件付きで、二万六千円で貸してもらっている。
九千円アップは、それだけでちょっと厳しい。
そもそも、この男と一緒に暮らすとなると、どうしても『ヒモ』という言葉が浮かんで仕方なかった。
色んな意味で色々と食い尽くされそう……そんな予感と不安。
「……考えとく」
「んだよ、ノリわりぃなぁ」
「言っとくけど、ノリで決められる問題じゃないからね?!」
「ルリカとなら一緒にゲームもできるし、面白いと思ったんだけどなー」
テッペイの言葉にニヤケそうになるルリカは、喜んではいけないと自分に言い聞かせる。
好きな男と一緒に暮らす。
これは、ものすごいチャンスであることもまた確かだ。ルリカの心はグラグラと揺れた。
こんな男と一緒に暮らしてはいけないという理性と、一緒にいたいという本能が殴り合いを始めている。
どちらも譲らぬ攻防に、ルリカは結論を出すことを諦めて、本選びに逃げた。テッペイも本を見てくるとどこかに行ってしまい、ゆっくりと漫画本コーナーを堪能する。
やはり大きな書店はいい。いちいち検索しなければいけないネットより、たくさんの情報に溢れている。
大きな書店のある町、やっぱりいいなぁ。
草むしりもしなくていいなら、九千円アップでも……だ、だめだめ!
相手はあのテッペイなんだから!!
そもそも、収入が安定していない中での一万円近い出費は痛い。
もっと収入が増えそうな記事や漫画エッセイを書けるなら別だが。
そんなことを考えながら、うんしょと選んだ本を抱えてレジへと向かう。この本の数々は、趣味と収入を得るための出費であり、必要経費だ。
「すげ、どれだけ買ってんだよ、ルリカ」
後ろから声を掛けられ、ルリカは顔だけで振り向いた。
呆れられているかと思いきや、テッペイはどこか尊敬の眼差しでルリカを見ている。
「貸せ、持ってやるよ」
そう言ってテッペイは自分の持っていたものを本の束の一番上に置くと、すべてをルリカから奪っていった。
「テッペイはなに買うの?」
そう言いながら少し背伸びをして、本の一番上を覗く。
だがすぐに覗いたことを後悔した。
両サイドにほぼほぼ裸の女を抱いた男が、王様のように笑っているイラストに、ルリカは顔を引きつらせる。
その本のタイトルは『朝までヤりたい放題! 〜ぶちかまし百連発の王者〜』、しかも三十八巻。
「あ? 俺が買うのは、朝までヤり……」
「言わなくていいから!!」
「聞いたのルリカじゃねーか!」
「ほんっと、聞いた私がバカだったと思うよ!!」
普通、女の子とデートの時にこんなものを買うかと言いたくなったが、すぐにテッペイはこんな奴だと諦めた。
カウンターに本がドスンと全部置かれ、レジのお姉さんがピッピと通してくれる。
「一万六千五百円になります」
「あ、はい」
素直に言われるままお金を出してから気付く。テッペイが、自分の本もシレッとルリカに払わせていることに。
書店を出てもなにも言わないテッペイを見て、ルリカは我慢できずに声を上げた。
「ちょっとテッペイ! あの朝までヤり……ごほん、本のお金払ってくれる?!」
「あー、まぁいいじゃん」
「よくない!! 私だってギリギリで生活してるんだからね!!」
「次は俺が払うって! とりあえず、その本は邪魔になるから、俺ん家に置いてけよ。それから買い物して、クリパ行こうぜ」
「うっ……うん」
そういえばと思い出す。今日は、テッペイのバレー仲間のクリスマスパーティーにお呼ばれしていたのだ。
初めて会う人ばかりだから、本当はちょっと嫌だったのだが。
──クリスマスの日、会やーいいじゃん。
バレー仲間とクリスマスパーティーをするから、クリスマスにテッペイはゲームにログインできないようで。
その不満を口に出したルリカに、テッペイはそう言ってくれた。
気のいい奴らばっかりだから、ルリカがパーティーに行っても問題ない、とはテッペイの談。
この男の友達にいい奴らがいるのかどうかは、甚だ疑問であったが。
男ばかりだったら断ろうと思っていたが、妻帯者や彼女持ちも多く、女の子もたくさん来るというので行くことに決めたのだ。
リアルでテッペイが周りの人にどう扱われているのか、気になっていたのもあって。
バスに乗り、十分もすると目的の場所に着いたようで、ルリカはテッペイの後ろについて降りた。
「テッペイの家、どこ?」
「あれ。ついそこの最上階」
「……嘘でしょ?」
ルリカの目の前には、見上げるほど大きく綺麗な七階建てのマンションがそびえていた。
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