オタ女の恋は前途多難~だって好きになったのはダメ男なんです~

長岡更紗

01.初めてのオフ会

 クリスマスの日、会やーいいじゃん。


 そんな風に軽く言われてしまったルリカは、断る理由も思いつかず、鳥白駅へと降り立った。


『ナロウオンライン』という、〝自分のなりたいキャラになろう〟がコンセプトのゲームがある。そのVRゲームの中で、いつも一緒に遊ぶ仲間……テッペイという男と、ルリカは会う約束をしてしまったのだ。

 住所を聞くと、テッペイはルリカの住んでいる一番近い駅から、電車でたった一時間の距離だった。

 ちなみにルリカというのはゲームで使っているハンドルネームで、本名は来栖くるす理香りかという。


「やば……緊張する……っ」


 今日はクリスマス。テッペイと会う約束の日だ。

 異様に冷たくなった指先をハァっと息で溶かして、キョロキョロとテッペイを探す。

 テッペイは、ルリカのリアルの姿を知らない。

 ナロウオンラインはリアルフェイスやリアルボディも使用可能で、テッペイはリアルのままだと言っていた。

 ちなみにルリカは、金髪ロリボインなキャラを作って使用している。そのため、こちらからテッペイを見つけて話しかけるしかなかったのだが。


「って、いないじゃん!!」


 ルリカがどれだけ駅構内をグルグル探しても、それらしき人物はいなかった。

 若干の絶望がルリカを襲う。


「まさか、リアルフェイス使ってるってウソ?! 実は中身オッサンだった?!」


 あの男なら、さもありなんと考えて、ぶるぶるっと身を震わせるルリカ。もちろん、寒さから震えているだけではない。


 今日会おうとしているテッペイは、ゲームの中でもかなりいい加減な男だ。

 二十六歳にもなるというのに就活もせず、バイトだけで食いつないでいるようだし。ゲームの中の彼は、女と見れば声をかけているし。ボディタッチ、セクハラ発言はお手の物だ。

 ゲーム内だから捕まっていないものの、これがリアルなら通報レベルだろう。

 彼を一言で表現するなら、『サイテー男』がなによりふさわしい。


 考えてみれば、そんな人物が本当にあのゲーム内で見るようなイケメンなのだろうか。

 体も腹筋バキバキに割れた細身の長身。

 本人いわく、バレーボールで鍛えているかららしいが、どこまでが本当かわかったもんじゃない。


 そんな疑惑しか向けられない男に、ほんの少しだけでも恋愛感情を持ってしまった自分を恨みながら、ルリカはテッペイを探した。

 しかし、オッサンにまで捜索範囲を広げてみたが、やはりそれらしい人物は見当たらない。

 ルリカは仕方なく、スマホを取り出すとメッセージを送った。

 しかし『どこにいるのよ?』というメッセージは、既読すらつかない。


「あの野郎〜〜ッ」


 怒りと共に、ふと冷静になる。

 もしかして、担がれたのだろうか。

 どこかでルリカの様子を見ていて、友達と大笑いしているんじゃなかろうか。

 クリスマスのために買った、この気合いの入ってしまった服を見て、ネタにされているのではないかと。


 あの男なら、さもありなん。


「バカらし……帰ろ」


 悔しさと悲しさで、涙が滲んできた。

 テッペイなんか嫌いだ……と小声で罵り、来たばかりの改札に戻ろうとする。

 その瞬間、ルリカのスマホが鳴った。


「テッペイからだ!」


 なにを言われるんだろうかと思いつながら怖々と通話を押すと、テッペイの声が飛び込んできた。


「わりぃ、ルリカ! 寝てた!!」

「ちょっと!! テッペイ、ほんっとうサイッテーだよね?!」

「そう言うなって! 今から行ってやるから!」


 それだけ言って、ブツっと通話が切れる。

 行ってやるという上から目線。それに、初めて会うというのに寝過ごすという事態。

 最初からテッペイ節が全開だなぁ……とルリカはプッと笑ってしまった。

 さっきまで悲しみに包まれていたのが嘘のようだ。


「ほんっと、バカだなぁ〜テッペイってば」


 バカすぎて、つい顔がニヤニヤ笑ってしまう。

 すぐにテッペイを見つけられるよう、ルリカはニヤついてしまう口元を押さえながら移動した。

 駅を出ると、今にも降り出しそうな空を見上げる。もしかしたらホワイトクリスマスになるかもしれない。

 そんなロマンチックなことを思いつつ、ルリカは大きく息を吸い込んだ。いよいよ本当に会えるのかと思うと、ドキドキがぶり返してくる。


 ちゃんと、テッペイだよね?

 オッサンじゃないよね?

 私を見て……ガッカリしない?


 時計が一分刻むごとに、緊張は増していく。彼を待つ時間は、永遠にも一瞬にも感じられて。

 己の鼓動だけが、うるさく耳を塞いでくる。

 そして十五分が経つ頃だった。

 この雪が降りそうな真冬に、Tシャツ一枚で向かってくる者を見つけたのは。

 そのマヌケな姿を見て、まさか……とルリカは引きつった。


「よう、ルリカ!!」


 その汗だくのTシャツ一枚人物が、気さくに声をかけてくる。


 この顔は、声は、間違いなく……



 テッペイ、その人だった。



「てててて、テッペイ?! なにやってんの?!」

「金ねぇから、タクシーで来んのもったいねーだろ」

「バスとかさ!!」

「時間合わなかったし、金もったいねーし」

「どんだけ走ってきたの!!」

「家からここまで、五キロあるかないか程度のもんだろ。余裕」


 ニッと笑うテッペイに、ルリカの頭はぐわんと回った。


 五キロ?! 時速五キロで歩いたら一時間の距離だよ!

 スポーツやってるの、本当だったんだ、いい体して──


「あっちー」

「きゃああ!! なに脱いでんの!!」


 一枚しかないシャツを、目の前で脱ぎ捨てるテッペイ。

 ルリカが引くのも仕方ないと言えよう。なんてったって、今日はクリスマス。

 白い息の出る街中で、裸族が一匹。


「いや、あちーし」

「いいから着なさいよ?!」

「もーちょい、体冷めてから着るって!」


 カラカラ笑うテッペイの頭に、ふわりと白いものが舞った。髪についた途端、テッペイの蒸気で消えてしまう。


「あ、降ってきたね」

「おー、気持ちいー」

「もう、いきなり脱いで、私じゃなかったらどうするの!!」


 と、自分で言ってから気付く。

 なぜテッペイは、ルリカだとすぐ気がついて声をかけてきたのだろうか。

 ルリカは外国人顔でも金髪でもロリでも巨乳でもない。

 のっぺりとした日本人顔に黒髪、身長も低くはないし、胸もでかくはない。いたって普通。


「んーなの、見たらすぐわかんだろ。めっちゃルリカじゃねーか。ゲームと一緒!」


 そう言って、テッペイは嬉しそうにグリグリと頭を撫で回してきた。


 ゲームと一緒……どこが??


 ルリカにはさっぱりわからなかったが、本能で生きているテッペイには判別がつくらしい。

 それを少し嬉しく思いながら、まだ裸体でいる彼を見上げた。

 目が合うと、カッと顔が熱くなる。


「もう、いい加減に服着なさいよ!」

「うっせーな、わかってるって!」


 ルリカの言葉に、テッペイはようやく服を着てくれてホッとする。

 着替えを逆の手に持っていて、こちらはちゃんと長袖だ。薄手ではあったが。


「寒くないの?」

「別に。寒くなったらこうするから」


 そう言うとテッペイは、グッとルリカの腰を抱き寄せてきた。


「ちょっ?!」

「うわ、ルリカ冷てぇ!」

「しょ、しょーがないでしょ! どれだけテッペイを待ってたと思ってるのよ!」

「わりぃわりぃ、あっためてやるって!」


 さらにギュッと密着させられるルリカ。

 テッペイのその右手が、胸のすぐ下でいやらしく動いているのは気のせいだろうか。


「もう、なんでお昼過ぎてるのに寝てたの? 昨日は、早く落ちたよね?」

「いやー、寝らんなかったんだって」

「なんで?」

「ルリカに会えると思うと、緊張してさー」

「……っ?!」


 ルリカの息が止まる。

 まさか、この、このテッペイが……


「ウッソーー」

「テッペイ殺す!!!!」


 ベーッと舌を出しながら簡単に否定するテッペイに、ルリカは今にもブチ切れそうだ。ほとんどブチ切れてはいたが。

 テッペイはルリカを抱く右手をモニョモニョと動かしながら、悪気なく笑っている。

 この右手を止めるべきか? と思いながらも、自意識過剰な気がしてため息だけを吐いた。


「はぁあ。で、本当はどんな理由だったの」

「おお、実はよ、レトロゲーみっけてさぁ。朝まで脱衣麻雀してた!」

「ほんっと最低だよね!!」

「全裸にしてやったぜ!!」

「一回死んでくれない?!」

「今日はリアル脱衣麻雀大会だな!」

「テッペイしか旨味ないじゃん!!」

「俺の、見れるぜ?」

「いらんわーー!!」


 全力で否定するルリカの耳元に、テッペイは口を寄せて。


「俺は見てぇけど」


 その言葉に、ボンと破裂するように顔が熱くなるルリカ。

 と同時に、テッペイの右の手が上に移動し──


「揉むなぁぁああ!!」

「イッテーーーー!!」


 バシーーンという音と共に、寒空には二人の声がこだまするのであった。


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