第23話 痛い
あっという間に魔物討伐開始の日がやってきた。
今回は山に巣くう中規模の魔物討伐だ。
相手はロックホーンという魔物。
ロックホーンは鹿に良く似た魔物で雌雄関係なく角が異常発達している。
その名の通り、岩のように固く大きい角を持ち、その角で突進してきたり角を振り回したりしてかなりの危険な攻撃をしてくる魔物だ。
基本的にただ一体の雌が女王として群れを率いる。
今回はその女王たるクイーンロックホーンの討伐が目的となる。
場所は王都から丸一日以上歩いた所にあるサーマ山脈という所だ。
生徒達は馬車と徒歩で向かい、明日の昼頃に到着する予定になっている。
馬車はもちろん高位の貴族階級が使う。
私は徒歩です。
とほほ。
あ、ちょ、今の無しね。
まぁ私、というか班全員が徒歩なんだけど。
ハナビス様は本来馬車を使えるらしいんだけど断ったのだとか。
みんなで行動した方が楽しいもんね。
ずっと歩いたり、野宿すると考えるとキツイけど、みんなでキャンプと考えればそれはそれでココロオドルのだから単純なものだ。
馬車は高位の貴族を運ぶだけではなくて、テントや消耗品などを積む馬車も用意してある。
なので、行軍も少しは楽になっているのも気持ちを軽くさせている要因だろう。
ちなみに服装は戦闘があるから制服ではない。
みんな思い思いに動きやすかったり、体を守るものを身に着けている。
つまり、自由だ。
全六部隊で各二部隊に分かれて行動することになったんだけど、一緒に行動する部隊の人達はBクラス、Cクラスの混成で、Bクラス中心だった。
なのでアニー様に紹介してもらって仲良くなることができた。
特に仲良くなれたのはウィル・チェスター様、ルーリー・リーガー様。
ウィル様は男爵家の三男で騎士を目指している。
線が細く切れ長の目が素敵な方だ。
ルーリー様は男爵家の次女で水属性が得意とのこと。
若干人見知りをするようだけど、アニー様、ウィル様が仲を取り持ってくれたり、同じ男爵位ということもあり少しずつ話せるようになっていった。
見た目は前髪が長く、目を覆う程で全体的にはミディアム。
髪色はライトグリーンでほっそりした見た目がより強調されて守りたくなる感じだ。
アニー様の真っ赤な色もそうだけど、前世を思い出せるようになってから感じる髪色によるファンタジー感。
うん、悪くない。
それにしても貴族は痩せている人達ばかりだ……。
前世で得たネット知識では、ふくよかなのが裕福の証と書いてあった気がするんだけども。
何はともあれ、私も制服を新調するくらいには痩せたのだ。
たぶん、六十キロ切るか切らないかくらいにはなっているはずだ!
いや、そうであってくれっ! 目標はあと十キロ減だっ!
初日は特に問題なく過ぎ、日が沈む前に野営の準備となった。
男子が主にテントの準備をして、女子が料理をするというなんともありがちな展開である。
貴族でその役割分担は正直間違っていると思うね。
だが料理に関しては、ウチにはエースのクレアがいる。
毎日のようにお昼のお弁当を作ってくれているのだ。
味も見た目も私が保証するっ!
「あたし~、料理ってあんまやったことないから、ちょっとやってみたいな~?」
おい、アニー様。
それ、フラグって言うんだ……ぜ……?
「ア、アアニー、ちゃん? あんま? 全然の間違いではなくて?」
「あ~そ~ともいうよね~」
言わないよっ!
「あ、それなら私が隣について教えますよ。お姉様下準備をお願いできますか?」
「えぇ? フロストは経験あるの~?」
「え、えぇ。まぁ嗜むほどには?」
嘘である。
この世界に生まれてから料理などしたことない。
が、だ。私には前世の記憶がある! 記憶は経験なのだっ! さすがに一人暮らしのOLは多少なら料理はできるのだぞっ!
「クレア、ご飯は何にするつもりだったの?」
「人も多いですからカレーです。沢山作って、沢山食べてもらいましょう!」
とても良い笑顔だ。
誰かに喜んで貰おうと打算なく考えているクレアのこういう所が私はとても好きだ。
「了解。それじゃわたくしは野菜の皮をむいておくわ。その後はア、アニーちゃんが切ってね」
カレーの野菜を切るくらいならお茶の子さいさいでしてよ。
しかし、カレールゥなどないこの世界。
クレアはスパイスからカレーを作る。
以前に私とサラはご馳走になったことがあるんだけど、めちゃくちゃ美味しかった。
でも手間とお金が結構かかるんだよね。
この世界でもカレーが存在することを知った私が食べたみたいなぁと雑談の中で溢したら、クレアが学院の図書館で調べに調べて最高のカレーを作ると息巻いたのだ。
そして、彼女にはそれを実行に移す行動力があった。
市場をくまなく探してスパイスを買ったり、特定の材料からスパイスを作ったりして、かなり本格的な物を作ってくれた。
ただ、材料からスパイスを作る分にはまだいいんだけど、既製品のスパイスは高い。
なので、その時は私が結局買い取る形にして、残りはまた作ってほしいからとクレアに渡したのだ。
今回はどれくらい作るのかわからないけど、その残りで作れる分には限りがあるので、もしかしたらクレアが負担しているかもしれない。
そうなったらクレアにとってはかなりの出費になってしまうんじゃないだろうか。
っと、人の事より自分の仕事。
過去の思い出に思いを馳せながら皮をむこうとしたのだが……。
ピーラーがない。
あのスッと引けばあら不思議、皮がむけてしまうあれである。
あれがない……。
え? 包丁でやれってこと? 包丁もなんか重心とか思ってたのと違くて使いにくいんだけど……。
前世の道具は軽かったり、色々と工夫されていたんだなってこういう時に実感するな。
なんとか手を切ることなく皮をむき終える私。
ふぅ、いい仕事した。
横では私が皮をむいた野菜を一生懸命に切るアニー様の姿が。
お? なんだなんだ? 好きな男子に手料理ふるまっちゃう系かぁ?
アニー様が切った野菜をクレアが調理する。
やはり一部のスパイスは材料から作っていた。
既に粉状になっているものも多かったみたいで、それほど時間は立経たずに完成した。
「さぁ皆さんできましたよっ! 一杯ありますから、沢山食べて下さいねっ!」
良い匂いのするカレーに二部隊のメンバー全員が集まる。
カレーは平民にとってはスパイスが高いので、何か街や村単位でのお祝い事でもない限りまず食べれない料理で、貴族にとっては知らないわけじゃないけど食べる機会もない料理というのがこの世界でのカレーの位置付けだ。
そう、今日初めて食べて、虜になってしまう人が出るということだ。
みんなには大好評で、ほとんどの人がおかわりをしていた。
勿論私も。
以前は三回目のおかわりをしそうな所をサラに止められていたけど、今日は鋼の心で一回に止めておく。
ちなみにスイフト様がカレーを他の部隊に売れるな、などとギラついた目をして言っていたのは聞かなかったし、見なかったことにした、かったのだけど。
「クレア、フロスト! カレーのレシピを教えてくれ! 僕の店でカレーの販売を始めようと思うんだ! あぁ、勘違いしないでくれ。勿論無料で教えてなんて言わないよ。それにフロストに何かアイデアがあるならそれも別料金で買い取るからさ!」
さすが私の運命の人。
商機と判断したらぐいぐい来る。
頼もしいわ。
クレアはレシピを教えるのは問題ないようで、帰ったら教えることになった。
私のアイデアは、トッピング形式にすることを提案した。
前世でいうカレーとは別でチーズとかほうれん草を追加でオーダーする奴。
この世界で何をトッピングメニューにするかは試行錯誤が必要だろうけど、そんなお店はあまりなさそうだし大衆受けは良さそうな気がする。
「いいねいいね! しっしっしっ、やっぱりフロストと話すのは楽しいなぁ~。どんどん意欲が湧いてくる! 他のことにも応用できないかなぁ。ふへへへ」
フロスト様、笑い方が崩れて本性が出掛けていますよ……。
私なら全て受入ますけどね!
そんな一コマを挟んだ後、私はクレアのお財布事情を考える。
スパイスは取り揃えればそれなりに高価になる。
私はクレアにお金で負担をかけたくない。
なので明日以降もクレアに食事を作ってもらうことを条件に、他のメンバーに少額ながら食費の募金を募った。
支払って貰えない人には明日からは学院で用意している物を食べて下さいね、というとみんな快くお金を出してくれた。
クレアのご飯を食べた後だと味気ないのは目に見えているからね。
「そんなっ!? 受け取れませんっ!」
「そんなこと言わないで、受け取って。みんな明日も美味しいご飯を期待しているの。お金を払いたいくらいおいしい食事だって思われてるんだとしたら、作り甲斐もあるでしょう?」
「ずるいです、そんな言い方……。わかりました。明日も皆さんのためにご飯を作りますね。お姉様も一杯食べてくれますか?」
「もちろんよ。私がクレアのご飯を残したことがあった?」
「ありませんっ!」
ご飯を食べた後、野営地点の見張りをするメンバーと順番を決めた。
お互いの部隊からバディを一組ずつ出してバランス良くという提案に決まりかけたのだが、我が部隊の問題児、ハナビス様はバディを組んでおらず一人だ。
その彼と他部隊のバディを組ませるのは私達の良心が許さなかった。
結局、アニー様、スイフト様、ウィル様、ルーリー様の組と私、クレア、ハナビス様の組み、もう一つの部隊の方々で順番で見張りを行うことになった。
順番はアニー様達、私達、もう一つの部隊の方達。
「あ? 俺一人でも十分だろ?」
「何言ってるんですか、コミュ力ポンコツビス様。一人でできることには限界がありますし、お互いの仲を深める意図もあるんですよ? 逆に険悪になりかねないならこうするしかないじゃないですか」
「今度はグーにしとくか?」
「ひぇ!? すいませんでしたぁ!」
「まぁ、他の奴らとやるよりかはお前らならいいか」
「ふふふ。ハナビスさんは素直じゃないんですね」
「クレア、お前もか?」
「いえいえ、私はハナビスさんの味方ですよ?」
「はぁ、何言ってんだお前」
私達は仮眠を取って、交代の時間になったのか物音がしたので私は起きる。
そしてテントから抜け出すと、その先にはスイフト様とアニー様の姿があった。
二人は仲睦まじい様子で並んで歩いていた。
二人はとても楽しそうに話をしていた。
そして、私はさっき見て見ないフリ、気づかないフリをしていた光景を思い出す。
アニー様が照れたようにしてカレーのお皿をスイフト様に渡していた光景を。
……。そっか……。
私の胸は、痛みを叫び出していた。
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