第20話 昔の話
舞うデブ。
それが私に付けられたあだ名らしい。
アニー様とスイフト様との模擬戦、ハナビス様との模擬戦で私がダガーで攻撃を受け流し、クレアの光の盾を信じて距離を取る動きが、流れるような舞いにも見えたのが名付けの由来だとか。
……。
「お、お姉様、落ち込まないで下さい。私まで悲しくなります……」
いや、落ち込むだろ。
これでも私はかなり痩せた。
この世界には体重計というものがないので感覚的になっちゃうけど、私の身長が150cm半ばで、体重が最大で80kg近くあったのが、60kgちょっとなっている。
んじゃないかって期待している。
ちょっとの範囲には個人差があるけれど。
見た目から痩せたってわかるもんっ! 私、デブじゃないもんっ! ボチャだもんっ!
「今日は帰るわ……。先生には体調が悪くなったと伝えておいて」
授業を早々にボイコットすることを決める私。
もうマヂ無理。。。寝よ。。。
「お? お前体調悪いのか?」
帰ろうと学院の玄関を出る所を教室の上から見ていたハナビス様に声を掛けられる。
やめてっ! そんな大きな声だとみんなに聞こえちゃうっ! これ以上私を辱めないでっ!
とっても心苦しいのだけど、私の羞恥心が息をしていないので無視させて頂く。
体調が悪くて周りに気が周らなかったことにしよう。
そうしよう。
あ、昔こうやって会社サボったことあるな、なんて思い出した。
もにょもにょとハナビス様の声がかすかに聞こえたので、つい魔法で声を拾ってしまう。
「どっちが例の女なのか調べてぇんだけどな。クレアが怪しいか? フロストも匂うんだよな。ま、そんなことよりまたあいつらと戦えればそれでいいか」
例の女? 聖女のことなんだったらそれはクレアです。
ゲームでも最終的に聖女として活躍しますので。
あと私は匂いません。
そういえば、昨日の模擬戦で最後にハナビス様が吹き飛んだのを見た気がするんだけど、あれは何だったんだろう?
明日クレアに聞いてみよう。
寮の自室へと戻ると、何やら書き物をしているサラがいた。
日中は買い物や部屋の管理をしてくれているが、それ以外は自由なので我が家の執事長であり、サラの父であるブライアンに手紙でも書いているのだろう。
「あら、手紙?」
「はい。旦那様へお嬢様の体型について事細かにご報告を」
「いるっ!? その報告っ」
「勿論です。私はお嬢様に今までもこれからも仕えますが、お給金を頂いているのは旦那様からですから」
「ぐぬっ」
「お嬢様こそどうなされたのですか?」
「ちょっと、気分が悪くなって」
「それでは楽な服に着替えて横になって下さい。お食事はとられますか?」
「ありがと。着替え、手伝って。ご飯は……、いいや」
すぐさまサラが私の寝間着を持ってきて、着替えを手伝ってくれる。
「それで、何があったんですか? ただ気分が悪いというわけじゃないですよね」
「なんでわかるの?」
「どれだけの時間、私がお嬢様と一緒にいると思っているんですか? この世界でお嬢様のことを一番理解しているのは私だと自負しています。学院に来てからは一緒にいることはできませんが、クレアから話は聞いていますし」
この世界で、ね。
確かにそう。
この世界の私を一番知っているのはサラ。
逆もだけど。
それにしてもクレアめっ、謀ったなっ!
「私にあだ名が付けられたらしいの。何だと思う?」
「そうですね……。デブが付いているのは確定だと思いますが、それに付随する形容がなんなのか……」
「おいおいサラさんや。なんでデブが確定なんだい?」
「お嬢様が一番傷つく言葉ですから。それは間違いないかと」
「ぐっ」
「そうですね、『戦えるデブ』とかどうですか?」
ちょっとおしい。
「『舞うデブ』よ」
「あ~そっちでしたか。第三候補でした」
「ちなみに第二候補は?」
「『強いデブ』」
「それが一番腹が立つかも」
「でも気にすることはないんじゃないですか?」
「なんで?」
「入学から今までで大分お痩せになりました。このまま痩せ続けたら『舞うガリ』に改名されるのもありえますよ」
「それはそれで嫌ね」
「そうですね、ふふふ」
「あははは」
「ご気分も少し良くなったようですね。少しお休みしたら軽食だけでも食べて下さい。あとでサンドウィッチを作っておきます」
うまくサラに扱われている気がしないでもない。
でも、これでいいのだ。
ここが私の一番休める場所だから。
「少し、寝るわ。おやすみ、サラ」
「はい。おやすみなさいませ、お嬢様」
夢を見た。
十歳になってシルフィード様に迷い子の魂のことを知らされた後のことだ。
この世界の貴族としての私と、前世の記憶と経験が混ざり始めた頃。
今の私は前世の考え方が大きなベースになっているけど、別に前世の私が今を生きているわけじゃない。
この世界の幼い少女が、前世の記憶や知識を思い出せるようになっただけ。
しかも思い出せないことも結構多い。
だけど、記憶や知識は経験になり、貴族の私がそれを吸収して、混ざり合っていった。
自分で言うのもなんだけど、最初は精神的にとても不安定な少女だったと思う。
貴族としての常識と日本での常識は全然違うから。
普段人と接する時は屋敷の中であっても私は貴族で、自分の部屋の中だけが前世の私だった。
そんな風に切り替えて過ごしていた。
どちらも関係なく夢中になって、何も考えずにすんだのは魔法の練習くらいのものだった。
でも、自分の部屋にいても常に一人というわけじゃなかった。
サラがいた。
それまでは特に会話もなく、お互いに必要なことをしていただけ。
私はサラがいてもいなくても気にしていなかったし、サラも私に本気で私に仕えていたわけじゃないと思う。
少しずつ私が変わっていった。
それに伴ってサラとの関係も変わっていった。
時に貴族と前世の価値観の違いに癇癪を起こしたり、常識とは違う価値観を話し合ったり。
徐々に二人の距離感は作られていって、今はここが一番素の私を出せる場所なのだ。
夢から覚めるとすっきりしていた。
なんというか、安心感があるっていうか。
ちょっと気恥ずかしいから今見た夢を実際に頭を振って、記憶からも振り払う。
「お目覚めですか、お嬢様。今紅茶をいれます。サンドウィッチはここに置いてありますから、どうぞ召し上がって下さい」
「ありがとう。頂くわ。サラはもう食べたの?」
「今何時だと思ってるんですか? お嬢様」
「えっと、あぁもう二時を過ぎてるのね」
「今日は布団が干せなかったじゃないですか」
「いいじゃない、一日くらい」
「私がどれだけお嬢様の安眠を守っているかわかっていないようですね」
「それじゃ今日は別の方法で安眠を守ってくれない?」
「そう言うからには何か案があるんですか?」
振り払ったはずの夢は、やっぱり振り払えていなかった。
「今ね、昔の夢を見たの。十歳くらいの時の」
「懐かしいですね。真言の間から出てきた後のお嬢様はそれはそれは情緒不安的で大変でした」
「ふふ。そうだね。そんな時、サラは私にどうしてくれた?」
「……。一緒に寝てましたね」
「せいか~い。だから、今日は久しぶりに二人で寝ようよ?」
「はぁ……。私はメイドとして大分成長したつもりなんですが、お嬢様に甘いのだけは変われませんね。今日だけ、ですよ?」
「ん~どうかなぁ?」
「できるメイドは主人に厳しく接しなければならない時もあるようです」
「その時はその時考えま~す」
「まったく、仕方のない人ですね」
その日は昔に戻ったような気持ちで、サラとのんびり過ごした。
学院であった出来事を話したり、領地の昔話をしたり、サラが普段何をしているか聞いたり、新しい無詠唱魔法を考えたり。
学院に来てからは貴族らしく見せようと肩肘張っていたみたいだ。
今日みたいな日はとても久しぶりだった。
のんびりと過ごした後は寝るだけ。
今日はとてもゆっくり眠れそう。
「おやすみ、サラ」
「はい。おやすみなさいませ、お嬢様」
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