第19話 無酸素運動と魔力切れはキツイです

 私の心は泣いていた。


「お姉様、どうしたんですか?」


「なんでも、なんでもないのよ……」


「私とバディ組むの、嫌、なんですか?」


「そそそ、そんなななんことうぉないよ」


 大丈夫、まだ諦める時間じゃない。

 アニー様は四人で部隊をと言っていた。

 悪くない、まだまだ全然挽回できるはずだ。


「アアアアニー様のご提案は大変素晴らしいですわね。皆さん、それでよろしいのですか?」


「私はお姉様とバディを組めるのであれば他はなんでもいいです」


「急にどもりまくって大丈夫~? ま、あたしが言い出したからね~。当然だよ~」


「僕もこのメンバーで組めるなら異論ないよ。ただ、部隊の編制についてはまだ教師側から具体的な話し受けてないからできる限りこのメンバーになるように祈るしかないね」


 うむ、大丈夫。

 まだ挽回できる。

 二学期はまた組み直しだろうし。


「皆さん賛成ですのね。それでは、これからよろしくお願いしますね」


「お前、確かフローレンスだったよなぁ? お前の戦い方は面白れぇ俺とタイマン張ってくれよ」


 私達が部隊を組もうと話していると、急に私の後ろから声がした。

 低く、よく響く声だった。

 びっくりして振り返るとそこにはハナビス様がいた。

 はて? さっきのタイマンと言っていたのはこの方だろうか?

 クラスで他の人ともほとんど話しをしない人が急に私にタイマン? 理解が追い付かないんですが……。


「わたくし、ですか?」


「名前間違ってるか? こっちの奴の名前全然おぼえらんねーんだよな」


「わたくしはフローレンシアですけれど」


「あぁ、そっか。わりぃわりぃ。で、俺とタイマンしてくんねーか?」


「模擬戦、ということでしょうか」


「ん? あぁ、そうだな。模擬戦模擬戦」


「模擬戦でタイマンですと、こちらに得るものがありません。お断りさせて下さいませ」


「まじかよ……。二人じゃなきゃダメってことか? 俺、まだ誰とも組んでねーんだよ。でもお前の魔法面白そうだしよ。頼むぜ、な?」


 モブ仲間としては交流を結びたいという気持ちが出てきたけど、これって交流っていうより交戦じゃない。

 ちょっとガラ悪いし……。

 ん~、どうしようかなぁ。


「いきなりお姉様になんですかっ! 失礼じゃないですかっ!」


「あぁ? お前も面白そうなことしてた奴だな。お前でもいいぜ?」


「クレアは援護に秀でています。あなたと一対一で戦うことはわたくしがさせません」


「んん~。じゃ、俺一人対お前たち二人でどうだ?こっちが頼んでるから、負けたらなんでも一つお願いを聞いてやるよ」


 おおおお願い!? ここここんやくしてもらってもっ!?


 ハナビス様は黒目黒髪でミステリアスな雰囲気を纏っていて、目元は涼やかでシュッとした顔立ちをされている。

 モブ仲間とは思えないほどの文句なしのイケメンである。

 間違いなくロラン様よりイケメンである。


 ……これは、受けてもいいのでは?


「それはいくら何でも彼女達を甘く見過ぎでは?」


 はっ! 私にはスイフト様という心に決めた殿方がいるではないかっ!


「確実に勝てるとは俺も思ってねーんだ。ギリギリの勝負がしてーんだよ。例え負けたとしても、それが俺の糧になる」


「そこまでおっしゃるなら考えますが……。それで、お願いとはどこまで叶えて下さいますの?」


「法に触れないで、俺個人でできることまでだな。ちなみに仕送りはそんなに多くはないから期待するな」


 ここここんやくしてもらってもっ!?


「お願いは二つですっ! 私達が勝ったら今後二度とお姉様に関わらないでくださいっ!」


 ね、クレアちゃん? あなたキャラ変わりすぎじゃない? ねぇ、お姉ちゃん心配よ。


「いいぜ。俺が負けたらこっちからは二度とお前らに関わらないと約束する」


「絶対に負けませんからっ」


 あれ、私オーケーしてないんだけど、もう決まっちゃった感じ?




 ルールは四人でやってきたものと同じで、ホーリーシールドの効果が切れたら負けだ。

 クレアは攻撃手段を持たないので、実質私が負けたら試合も負けになる。


 一対二で挑んでくるくらいだから、相当腕に自信があるんだろう。

 気を引き締めて行かないと。


 ハナビス様の武器はシミターと呼ばれる湾曲した剣だ。

 勿論、訓練用に木でできた特別製だ。

 ハナビス様の出身国であるゼール国では一般的に使われている剣らしいが、私は初めてみた。


 ハナビス様の動きなどまったく観察することもできないまま、すぐに試合が始まってしまう。


 試合開始をスイフト様が告げると同時に、ハナビス様がまっすぐに私に向かって走ってくる。

 私はアニー様、スイフト様と戦った時同様に横に走るけど、思った以上に追いつかれるのが速くなりそうだった。


 ウィンドカッターで牽制して、一回目のどこでもウィンドカッターの準備が整う。

 しかし、既にハナビス様の間合いに入ってしまい剣が振り下ろされる。

 これはクレアを信じて受けない。

 バックステップで距離を取りながら無詠唱魔法を放つ。

 

 ヒット。


 魔法による衝撃を受けているはずだが、態勢をまったく崩すことなく次の攻撃を繰り出すハナビス様。

 接近されてしまうと、もう詠唱魔法を使う余裕はない。

 ダガーで受け流しながら、時間を稼いで次のどこでもウィンドカッターを狙う。


 ハナビス様の攻撃は、先程戦ったアニー様、スイフト様二人の攻撃と同じくらい、いや一人なのにそれ以上の圧力があった。


 ハナビス様の攻撃を私はなんとかダガーで防ぐけど、あきらかにアニー様より威力が高い。

 その勢いで回転しながら下がるも、間合いをしっかりと詰められてしまう。


 隙はしっかりとクレアがカバーして防いでくれるから良いものの、二撃を連続で捌き切ることは私では不可能だろう。

 それほどに苛烈な攻撃だった。


 先程のアニー様、スイフト様との試合と同じように、攻撃を捌きながらどこでもウィンドカッターを当てていく。


 ただ、ハナビス様の攻撃が強すぎる。

 向こうの一撃がこちらの魔法二回、三回分に匹敵するんじゃないかと思うほどだ。

 ホーリーシールドの効果が切れるまで、余裕はない。


 それでもなんとか時間を稼いだ私達は四度目のどこでもウィンドカッターをハナビス様に当てる。

 よし、行けるっ!


 と思った所で、私の魔力が尽きていた。

 強い貧血のような状態に陥ってしまい、その場に崩れてしまう。

 ハナビス様の剣は予想外の動きについていけず、そのまま私の頭に目掛けて振り下ろされて……。


「ダメぇぇえええええ!!!!!」


 次の瞬間、ハナビス様が吹き飛ばされていた。

 それを見た私は意識を手放した。




「知らない天井だ」


 はいウソつきました、すいません。

 多分保健室?


 えっと、たしか……、魔力切れで倒れちゃったのか。

 って、そうなると試合は負けちゃったかぁ。

 連敗したってサラに言ったら訓練厳しくされるかなぁ、嫌だなぁ。


「お姉様! 気が付きましたかっ」


「クレア……。迷惑、かけちゃったわね」


「お姉様。良かった……っ。良かった……。迷惑だなんてそんなことないですっ。私こそお姉様に頼るばかりで自分が情けないです……」


「お嬢様、体に異常はありませんか? 一先ずお水とクッキーを持って参りますので、召し上がって下さい」


「ありがとう。体はたぶん大丈夫。って、サラ?」


「学院を通して正式に来ましたので、問題ないありません。クレアが私に知らせてくれたのです」


「そうだったの。ありがとう、クレア」


 魔力切れ。

 前世には勿論存在していなかった魔力というものが何かはわからない。

 ただ、そういうものが当たり前にあるということだけはこの世界の誰もが知っている。


 体に魔力という成分が必要不可欠なのか、なくなれば気を失って倒れる。

 良くなるには食事をしてゆっくり休むのが一番とされている。


 もしかしたら前世でも魔力というものがあって引き出し方を知らないだけ、だったらロマンチックでいいよね。


「そういえば、誰が私を運んでくれたの?」


「ハナビスさんです。まだ保健室にいますよ」


「っ!!」


 クレアじゃ私を運べないと思って聞いたんだけど、この太った体を人に運ばれるというのは想像以上に恥ずかしかった。

 そして、その運んでくれたハナビス様がまだ同じ部屋にいるなんて、どんな顔をしてお礼を言えばいいんだろうか……。


 それでも、お礼を言わなきゃ……。

 前世の感覚が恩を返せとしきりに迫ってくる。

 恥ずかしい、でもちゃんとお礼は言わなきゃ……。


 そっとカーテンで仕切られたベッドを抜けると、ハナビス様が椅子に座りながら本を読んでいた。


「お、気がついたか。お前の事も考えずに勝負を仕掛けて悪かった。今回の勝負は引き分けにしようぜ。そんでまた、遊んでくれよな」


 そう言ってニカッ笑っていた。


 引き分け、それだけを言うために残ってくれていたのだろうか。


「いえ、こちらこそ運んで頂いたそうで。ありがとうございます。そ、そ、その、重かった……でしょう?し、失礼しま、した……」


「あ? いやお前くらいなら重いうちに入らないだろ。堂々としてろ。お前は強ぇんだから」


 ヤダッ、かっこいい!


 しどろもどろになる私を横目に、言いたいことをいったのかハナビス様は保健室を後にした。


 この日の模擬戦を見た生徒から、私は一つのあだ名を付けられたことを翌週に知ることになる。

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