第15話 ざまぁ!

「そんな姿で殿方の気持ちを射止められると思っているのですかっ!」


 今は訓練の時間である。

 サラは訓練用の木でできたレイピアと呼ばれる細剣とダガーを持って、私を下から上へと攻撃を仕掛けてくる。

 私はひたすらそれを捌くのである。

 寸止めを意識してくれているけど、それでも私の動きが悪いと当たることもある。

 ご令嬢がするにはややハードなのではないだろうか。


 今回スイフト様と行く山にはウサギ型の魔物が生息しているとのことだ。

 魔物の名称はビッグフットラビット。

 その名の通り、足が普通のうさぎよりも大きく、ジャンプキックしてくる。

 全体的な大きさも普通のウサギと比べると大きく、見覚えのある丸まった状態で膝よりちょっと下くらいの大きさだ。

 そこから繰り出されるキックの威力は成人男性並みで一度や二度なら問題ないけど、何回もくらえばピンチにもなる。

 そんな魔物である。


 そのビッグフットラビットを想定して、サラが下から潜り込んでは私の近くまで来ると体を起こして攻撃をしてくる。

 その攻撃を捌くという訓練の真っ最中だ。


「どうして、ぜはっ、これで、うっ、気持ちがっ、射止め、ぜはっ、られるって、言うのっ!」


 うまく捌けずにどんどんと体力を奪われ、レイピアで突かれた体が痛む。


 正直に言います。

 自分の体のせいで、下への視界が悪いのっ!

 深く入り込まれると、下が見えないのっ!


「以前のお嬢様であればこれくらい防げていたでしょう? あの華麗な体捌き、まだなんとかギリギリお美しかったお嬢様……。学院生活で体がなまってしまったのか、さらに太られてしまったのか……。サラは身を切られる思いでお嬢様を斬りまくります」


「実は何か恨みあるんでしょっ!」


「いいえ? とんでもございません、お嬢様」


 くっそっ! サラめっ! 確かに昔は訓練も普通にこなせていた。

 でもそれって二年くらい前のことでここまで太ってなかった時期だし、実際に狩りにも出ていたから勘も鈍ってなかった。


「とはいえ、始めたばかりの頃に比べれば大分良くなっていますよ。なので、本気を出しますね」


 死角に入られた時以外は反応できていたスピードが上がって、反応しきれない攻撃が増えてくる。


 そして、ぷにっ。


「うっっぎゃーーっ!!!」


「くすくす。失礼しました。お嬢様」


 腹の肉を摘ままれた。

 ゆ、許さない! 許さないぞ! 絶対にだっ!


「きゃっ!」


 その後少し打ち合いをした後、サラの可愛らしい悲鳴が聞こえる。

 サラがこちらに近づく際に潜り込んできた所を、全力の無詠唱魔法で風を叩きつけた。

 重心が下がった瞬間に強風とも言える風が叩きつけられたためにバランスを崩して倒れたのだ。


 私は躊躇いなくサラの体の上にのしかかる。


「覚悟は、よろしくて?」


「ひ、ひぃぃ!? お嬢様!? ぐぇっ、重っ! あ、こ、これは、そう、あくまで訓練ですからっ! やる気を出させるために少々おいたしたことは認めますが、や、やめっ! ぎゃーーっ!!!」






「お姉様、もうサラさんを許して上げましょう? ね?」


「いくらクレアの頼みでも今日はムリね」


「お、お嬢様……は、はひっ、ず、ずびまぜんでじだぁ……」


 現在サラは椅子に手足を縛られ、私によってくすぐり刑に処されている。

 前世も含めてこれほどキレたのは初めてかもしれない。

 コンプレックスを刺激するのはみんな止めようねっ☆


「ふふふ。サラのこんな姿を見るなんて初めてね。なんだか楽しくなってきたわ」


 涙目になっているサラの目を見る。

 ……いやもう涙目じゃなくて、泣いているね。

 普通に泣いているわ。

 やりすぎたかな? まぁいいか。


「うぇ、おじょお、ざまぁ……ごめん、なざいぃ……」


 ざまぁ、じゃねぇよ。

 こっちのセリフだよ。


「クレア、縄を解いてあげて。サラ、次肉を摘まんだら、分かっているわね?」


「ひぃっ、ば、ばい。わがっでまずぅ」


「私の訓練は順調だけど、クレアは大丈夫なの?」


「はい。私もサラさんに空いた時間に教えて貰ってますし、スイフト様からも少しだけ教わってて」


 なん、だと……?


「そ、そそそ、そう。どどどんな感じでおおそそそわわっわっているるるのかししら?


「? えっと、そうですね。武器の扱いは諦めて、致命傷をどうやって防ぐかを教えて貰ってます。腕や体の動かし方や態勢を後ろから直接サポートしてもらっている感じです」


 ててててめぇスイフトってめぇ。

 私のクレアに気安く触ってるんじゃないよぉ!

 っていうかクレアもその辺疎いところあるからちゃんと断らないとダメよぉ!

 っていうかスイフトは私のことをなんで指導しないのよぉ!?




 というわけで、魔物狩りの日になった。

 メンバーは私、クレア、サラ、スイフト様、スイフト様の護衛二名である。

 狩りをする山までは馬車で二時間半かかる。

 スイフト様が二台の馬車を用意してくれていたので、私達三人とスイフト様達三人で綺麗に別れた。

 サラとスイフト様をチェンジでと申し出てみたけど、護衛対象と護衛が綺麗に別れてどうするのかとサラに叱られた。

 ごもっともである。


 道中は何事もなく、無事に山へ着く。

 全員準備を整えてきているので、すぐに狩り開始する。

 今回は期末にある学院での魔物討伐の予行演習だから、カリキュラム通りに六名一部隊を想定して動く。

 リーダーはスイフト様。

 山を進む隊列は、一番前にスイフト様の護衛一人で索敵をしてもらう。

 その後ろに中衛でスイフト様、中心はクレアで、左右が私とスイフト様のもう一人の護衛、最後尾にサラという並びとなる。


 回復が使えるクレアの安全を第一にしている隊列だね。

 スイフト様には魔物との戦いを経験してもらうためにやや前目に。

 私と護衛は自衛と横への索敵を。

 サラは後ろの警戒と何かあれば殿しんがりを務めてもらう。

 危険を伴いやすい前と後ろには護衛を配置しているけど、今回の目的はスイフト様の経験だから多少は甘えてしまおう。


 それほど大きい山ではないけど、舗装されていない道を歩くのはすごく疲れる。

 スイフト様の護衛はしっかりとした装備をしているので、速度はそれほどではないはずなんだけど私の息は一時間程歩いた段階で上がっている。


 クレアが声を掛けてくれるけど、狩りで甘えは危険を招く。

 私は足に気合いを入れて進む。


 さらに一時間程歩いていると、ついに獲物であるビッグフットラビットを発見した。

 みんなに戦闘を前にした程よい緊張が走る。

 ただ一人、スイフト様を除いて。

 彼はやはりというか、かなり緊張していた。

 みるからにガチガチと言った感じ。


 護衛役の三人なら苦も無く倒せるんだろうけど、スイフト様に経験させるのが目的なので、ビッグフットラビットと交戦してもらう必要がある。

 だけど、今のスイフト様の様子では少し危険かもしれない。


 前にいる護衛がビッグフットラビットの攻撃をいなし、後ろへと逸らして退路を断つように位置取りをする。

 勿論逸らした先にはスイフト様がいる。


 まだ、スイフト様の動きが固い。

 急所にさえ当たらなければ、一回くらい攻撃を受けても問題ないけど……。


 ビッグフットラビットは私が考えていることなどお構いなしに、飛び上がってスイフト様に蹴りを入れようとした。


 頭ではそんなことを考えていても、体だけは先に動いていた。

 飛び上がっていたビッグフットラビットの足目掛けて、ダガーで斬り上げる。


 浅い。

 ただ跳ね返した程度の威力しか出せていない。

 それでも、運命の人が傷つけられるのを黙ってみていることなどできはしないのだっ!


「スイフト様、しっかりなさって下さい。自衛ができるようにご自分をこの位置にしたのでしょう? いつも通りやれば、スイフト様なら大丈夫です。スイフト様ご自身で一度魔物と接触して下さい。その後は指示に従いますわ」


「あ、ありがとう、フロスト嬢。っ、はっ!」


 立ち直ったスイフト様がビッグフットラビットに向かって剣を振り下ろす。

 見事敵の体を切り裂くが、致命傷ではなかったようだ。


「護衛三人は逃がさないように包囲網を構築。僕が前で足止めをするから、フロスト嬢の魔法で止めをっ。行くぞっ!」


 一度交戦したことで肝が据わったのか、敵を抑えながら指示を出し、程なくしてビッグフットラビットを倒した。


 ここからがある意味お楽しみタイムである。

 肉じゃぁ!

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