第9話 彼、絶対私に気があるわね!

「ねぇサラ。今日はご飯少なくない?」


「おでかけすると聞いていましたからね。何か食べてくると思って、いつもより少なくしています」


「サラの美味しいご飯がお腹いっぱい食べられないのは寂しいなぁ~」


「お褒めいただいて光栄ですが、太ったら太ったで私に文句言うじゃないですか。以前になんで止めてくれなかったのっと旦那様や私達に八つ当たりしてきたこと、忘れてませんからね?」


「ぐ、ぐぅ」


 ぐぅの音がでた。

 サラの言うことももっともだ。


 連れていってもらったお店のパンケーキは分厚く、前世で食べたものと遜色ないほどおいしくペロッと完食してしまった。

 生クリームやフルーツはさすがに前世の方がおいしかったけどね。


 ボリュームもカロリーもあったので、サラの思いやり(?)はありがたく受け取っておくとしよう。


 しかし、カロリー、カロリーかぁ。

 そういえば前世ではレコーディングダイエットなるものがあった。

 食べた物のカロリーを記録するのだ。

 この時、摂取したカロリーが一日活動するのに必要な摂取カロリーより下回っていれば痩せていくよ♪ というものだったはず。


 試したいけど、成人女性に必要なカロリー量がわからない。

 あとたぶん、おそらく、不安だけど今の私は一般的な成人女性とは必要なカロリーが違うので、少しずつハードルを上げていった方がいいと思うんです、はい。


 あとは、この世界の食べ物のカロリーがわからない。

 牛ロース肉二○○グラムのカロリーをすぐに答えられる人いないでしょ?

 他にも二つの世界の食べ物はとても似ているものが多いけど、まったく違うものや、見た目が似てても味が全然違うものとかあるし。


 考え方は間違っていないと思うし、いわゆるヘルシーと言われる食材を多めにご飯を作ってもらえるようにサラにお願いをすればいいか。


 やっぱり、殿方にデブって言われるのは心にクル。


「そうそうサラ、再来週の休みの日にクラスメイトと魔物狩りに行くことになったから。後、本格的にダイエットしたいわ」


「はい? 色々ツッコミ所満載ですけど」


「狩りの時はあなたも付いて来てね。食事はなるべくヘルシーな物で作ってくれるとありがたいわ」


「マイペースかよ、お嬢様」


「あなた本当にお嬢様ってつければ何言っても許されると思ってない?」


「狩りに行くのであれば久しぶりに私と訓練致しましょう。デザートは如何します?」


「えーサラの訓練厳しいのよねぇ。デザートは、うん。少量なら許されると思います」


「学院に来てからしてなかったですから、狩りに行くのであればご自分の身は最低限守れるように感覚を思い出す必要があるかと。少量ですか……。本格的なダイエットとは」


「学期末にも学年全体で狩りもあるし、仕方ないからしばらく訓練するかぁ。そうだ、クレアにも声を掛けていい? リバウンドするくらいなら無理せず調整していったほうが効果的だと思うのよね」


「参加するのは構いませんが、彼女にも訓練をさせるのですか? 経験者の言葉は重いですね。物理的にも」


「おいそれはダメだろ」


「失礼しました、お嬢様」


「クレアにも訓練をして貰うかは本人にまかせるわ。もし希望するようだったらクレアにも訓練を施して上げてほしいの」


「承知しました。お嬢様と同じように短時間であれば魔法を使わずとも自衛ができるのを目標とすればいいですか?」


「そこも本人次第ではあるけど、私としてはそうなってほしいと思ってるわ」


「では、明日また三人で食事にしましょう。その時聞いてみます」


「お願いね」




「「おはようございます」」

「あぁ、フローレンシア嬢、クレア嬢。おはようございます」


 私とクレアは朝、クラスメイト皆に挨拶をしている。

 学院での挨拶くらいマナー違反とは言われないだろう。

 ま、ほとんどの人がまぁ素通りなわけだが。

 スイフト様が挨拶を返してくれるようになったのは単純に嬉しい。

 クラスメイトとの交流、一歩前進だとクレアと視線と手を合わせて喜ぶ。


 前世でIT企業に就職したての頃、挨拶は大きな声でっ!

 なんて言われたけど、同僚たちでちゃんとしている人は少なかった。

 仕事柄、人と関わらずに画面に向かうだけの人も多かったけど、結局仕事をするってことは人と人が関わるので、私は挨拶はちゃんとしていた。


 貴族になっても男爵位なんて一代のみの貴族を抜けば格は一番下なので、格式ばらずに挨拶をして行こうと決めたのだ。

 クレアは私に巻き込まれた形だけど、村ではすれ違う人と挨拶するのは当然だったようで、素直に受け入れてくれた。


 次はモロック様かハナビス様と交流を持てるようになればいいなと思う。


 お昼はなんとスイフト様からお誘いがあった。

 残念だけど私達はクレアがお弁当を作ってきてくれていて、スイフト様は学食を使うとのことだったので、明日またどうかとのことだった。

 そのお誘いを快く受け、明日は三人で学食に行くことにした。




「学食、私初めてです。利用の仕方もわからないんです……」


「そんなに畏まることないって。私がフォローするから普通にしてて」


 前世の学食というよりは、レストランに近い。

 テーブルに付いてから注文をして配食される。

 お会計もテーブルで。

 いつもお昼はクレアにお世話になっているので、明日は私がこっそり払ってしまおう。






 翌日は予定通りにクレアとスイフト様と三人で食事をした。

 スイフト様は準男爵の息子だけど、爵位は一代限りだから平民にあたる。

 平民同士だからかクレアとスイフト様は気兼ねなくしゃべれていた。

 私は貴族とはいえ男爵で、領内では領民達との距離も近く普通に話しをしていたので、二人にも違和感なく溶け込めていたと思う。


 スイフト様との会話は思いのほか楽しかった。

 貴族同士の関係など気にしないですんだので、前世のクラスメイトのような距離感でしゃべれたのだ。


 特に商売の話しは色々と盛り上げることができた。

 実は昨日、サラとこっそりスイフト様のお店に足を運んでいたのだ。

 お店はちょっと高めのレストランといった風情で、食事は美味しかった。

 ただターゲットが少しマッチしていないのではないかと思っていた。


 学院の貴族学生と平民の富裕層がターゲットという話しだったが、まず貴族学生の姿がなかったのだ。

 昼は学食があるし、夜は寮か邸宅にいる学生たちにとって、平民が多い通りは足を運ぶ場所ではない。

 学院からも地味に距離が離れている。

 それなのにわざわざお店に行くことはないだろう。

 率直にそのことを伝え、ターゲットを広げるためにランチとポイントカードを始めて富裕層だけでなく中流層の人間も呼び込めないかと提案をしてみた。


 この世界では昼食がお得という概念はない。

 そういえば日本で昼食というかランチがちょっとお得みたいなイメージは一体いつからできたんだろう?

 ネットがあればすぐ調べられるのになぁ、とちょっとこの世界の不便さを感じた。


「ランチ……。一度試してみる価値はあるかもしれないね。中流層を取り込めれば晴れの日に利用してもらえる可能性も上がる。学院からは少し遠いけど、学食よりもお得感を出せればそれこそ貴族の学生を呼び込むこともできるかもしれない、か。ポイントカードは数パーセント利益率は下がるけど、リピート率向上の施策だね。ふふふ、フローレンシア嬢は面白いことを考えるね」


「いえ、スイフト様こそ私が言いたいことをそこまで読み取って下さるなんて、さすがですわ。パイソン商会の跡継ぐというのも、早い未来に訪れるかもしれませんわね」


「や、やめてくれよ。僕なんかまだまだ勉強不足だから……。父さんと比べるとまだまだやらなくちゃいけないことが山積みだよ。だからこれからもずっと努力していくつもりだ」


 スイフト様はちょっと照れた後に決心するような表情を見せる。


 照れた顔はなんだか保護欲を刺激して守りたくなるし、未来を見据える顔はカッコいい。

 どちらも魅力溢れる表情だった。


「何にしろ、フローレンシア嬢には先日から刺激を受けてばかりだ。キミと話していると楽しいし、どんどん意欲がわいてくるよ。今後の学生生活もキミともっと色々なことを話して、一緒に過ごせたらいいなと思うよ」


 ……。


 はっ! もしやこれは告白では!?

 そうかっ、スイフト様が私の運命の人だったのだっ!

 そういえば太ってさえいなければ、と言っていたから最初からまんざらでもなかったのね!?


 その日はなんだかふわふわした気持ちで帰宅し、サラに今日の出来事を報告した。


「お嬢様、領民の男との出来事忘れてないでしょうね?」


「ん~? なんだっけ~」


 惚けてみた私だけど、実は覚えてはいる。

 思い出したくないだけだ。

 私に気があると思った青年が実は既婚者だった事件だ。

 狩りで魔物に襲われそうな所を助けたお礼にと、プレゼントくれたことをほんのちょ~っと勘違いしてしまっただけだ。

 あれはまぁうん、若気の至りということで。




 スイフト様と食事をしてからしばらくして、問題が起こった。


「スイフト、お前はそのような醜い者と交流を持っているのか。貴様も準男爵を得て貴族入りしたいのならば貴族の交流関係は選んだ方がいいぞ」


「彼女は聡明な女性ですよ。ま、まぁ、その、体型は、あれだけど……」


 チラッチラッとこっち見てくるのやめてっ! その方が地味に傷つくわっ!


「ふむ。以前にロランという繋がりのある子爵から聡明とは聞いていた。だが、このような醜い者だとは思わなかった。婚約解消をしたとだけ聞いていたが、それも納得というものだ。スイフト、貴族の女性というのは聡明なだけではダメだ。見た目も伴わなければ侮られるぞ」


 ロラン様の知り合いだったの!? モブ仲間だと思っていたのに、裏切ったわねっ!


「……。忠告ありがとう。でも、僕はまだ平民だから。今は彼女達との交流を大事にさせてもらう。それに大事な友人をこれ以上貶めるのはやめてくれるかい?」


 あぁ、スイフト様っ!

 なんて素敵な笑顔の圧力! やはりあなたが私の運命の人なのですねっ!


 スイフト様の大人な一言でこの場は納まるかと思ったら、この後のクレアが発した一言が大きな問題へと発展させてしまうのだった。

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