第10話 試合
「おね、フロスト様に謝って下さいっ!」
ちょ、クレアさん! またですかぁ!?
「なんだ、平民。それは俺に言っているのか?」
「あなた以外に誰がいるっていうんですか? 人のことを醜いなんてよく言えますねっ! フロスト様はとてもとても素敵な方です。あなたの方がよっぽど心が醜いじゃないですかっ!」
「平民、それ以上愚弄するならば俺も黙っているわけには行かないぞ? 訓練で魔法をかけてもらった借りがある。今謝罪するなら受入よう」
「ちょ、クレア落ちつ――」
「お姉様は黙っていて下さいっ! お姉様には沢山のことを、知識も優しさも教えてもらいました。言葉では言い尽くせないくらい、とっても感謝しています。
それでもっ! 私は私が信じる正しさを失くしたくありませんっ!
だから、何度だって言いますっ! あなたがフロスト様に謝るまではっ!」
頭をガーンと殴られたみたいだ。
クレアがカッコ良すぎる。
それに引き換え私ときたら……。
前世の職場の延長で、波風立てないようになんとなく貴族の令嬢を演じてきただけだった?
前世の方がまだ好きなことをして自分をある程度貫いてきた。
それが間違っているとも思わないけど、私は……。
「良い度胸だ。ならば――」
「ちょっと待ってくださいっ!」
教室中に響く大きな声でスイフト様がヒートアップする二人を抑え込む。
「騎士見習いがまさか女性と決闘なんて言いませんよね? とはいえ二人の気持ちはこのままでは平行線でしょう。なので、僕が他の方法を用意します。まずは話しだけでも聞いて下さい」
「話だけは聞いてやる」
「……わかりました」
「ありがとう。モロックさんは剣術に秀でているし、クレア嬢は魔法に秀でている。同じ土俵での勝負は難しいです。それなら、お互いが納得できるルールを設けて、試合をするのはどうでしょう? 負けた方が勝った方に謝罪して、この件は水に流すこと」
「ふむ。まぁそうするしかないだろう。で、具体的には何で競うんだ?」
「アイデアの段階で細かいルールは考えていないですが、陣地に設置した物を奪い合う試合というのはどうでしょうか。それなら魔法でも剣でもやりようはいくらかあると思います。他には魔物を討伐した数を競うとかですか」
「まぁそんな所か。俺はどちらでも構わない」
「ちょっと待ってくださいませっ! クレアだけに危険な目に合わせることはできませんわ。クレアの行動がわたくしのためというならば、わたくしもクレアのために参加させて下さいまし」
「お姉様っ!」
「ふん。どんくさそうな貴様なんぞに何ができる。俺はどちらでも構わんぞ」
「僕が一度案をまとめてきます。それから実際の決着方法を決めましょう。今日はお互いに引いて下さい」
「わかった。平民、負けた時の謝罪を今から考えておけ」
ふぅ……。
モロック様が教室を出て行って、教室に平穏が戻る。
なんかドッと疲れたわぁ。
ってそんな場合じゃないわ。
「クレア! なんであんなこと言ったのっ!? 貴族にあんなこと言ったらただじゃすまないことだってあるんだからねっ」
「お姉様をバカにされて黙っていられません。これに関してはお姉様に何を言われても撤回する気も謝罪する気もありませんっ」
もーこの子時々チョー頑固。
でも、あそこまで言ってくれるなんて本音はちょっと嬉しい。
「その気持ちは嬉しいけれど、あなたの身に何かあった方がわたくしは悲しいわ。それを忘れないで」
「はい……。ありがとう、ございます」
「さ、二人とももういいかな? モロックさんと競う内容を、少し談合しようか?」
スイフト様がわるーい顔をしていた。
そして、別れ際に『お金儲けのチャンスだ、へっへっへっ』と言ったのを風の魔法で聞き逃さなかった。
あれから数日後。
私達は王都から二十分程離れた平原にいる。
今日はモロック様との試合の日なのだ。
私とクレアの他にここに訪れたのは試合相手であるモロック様と立ち合い人としてジョルジオ様。
それに、試合の発案者であるスイフト様。
そしてそして、スイフト様がBクラス、Cクラスにも広めたせいで多くの見物人が溢れている。
ちなみに学院の中ではないのでサラも来ている。
なお、スイフト様はパイソン商会で出店を開いて一儲けしているようだ。
前回の別れ際のセリフはこの事だったのか。
私の運命の人は抜け目ない。
試合の決着方法は簡単だ。
お互いが用意した大事な物を壊された方の負けである。
呼びづらいので宝物と呼んでいる。
細かいルールもいくつか設定した。
一つ、時間の制限はない
一つ、宝物と参加者は一定の間隔を開けてスタートする
一つ、怪我をしないように、開始前にクレアが全員に防御の魔法をかける
一つ、防御の魔法効果が切れたら動くことを禁止する
一つ、胸と背中に壊れやすい水袋を付け、どちらか一つでも水袋がやぶけたら動くことを禁止する
一つ、決められたフィールドから出てはならない
防御の魔法が切れたら怪我をしかねいため行動禁止で、水袋が破れた場合の行動禁止は、急所に攻撃を受けたとして疑似的にデッド扱いするためのものだ。
これ、地味にえげつない所が、デッド扱いになっても試合終了にならないこと。
相手の宝物を壊さないと終わらないということになるから。
クレアが用意した物はいつも私のためにお弁当を入れて持ってきてくれているバスケット、籠だ。
絶対に壊させませんと息巻いていた。
対してモロック様が用意したのは帽子だ。
そこそこ質が良さそうに見える。
地味に壊されたら悲しいやつ。
「はっはっはっ。こんな大勢の前で醜態をさらす前にさっさと謝罪したほうがいいんじゃないか? 醜いご令嬢もこんな広いフィールドを走り周るとぶひぶひ言うことになるぞ?」
こやつ、今日はいつもにまして口が悪いな。
ま、今はいいわ。
後で吠え面かかして上げるから。
あのわるーい顔したスイフト様が太鼓判を押してくれたのだ。
私達が勝つ!
そう、スイフト様は私達が勝つと信じてくれているからBクラスやCクラスの人達を呼びつけている。
いや、たぶん商売のためではないと思うんだよね。
そう、思いたい。
「相変わらず醜い人ですね。謝罪の言葉は考えてきましたか? メンツが潰れる前に降参をオススメします」
ク、クレアさん? 何だか今日はちょっと怖いですね?
「はっはっはっ! 威勢がいいのは結構っ! しかし、そこまでだっ! 訓練して、試合をすればお互い恨みっこなし! 分かりやすくて実にいいなっ! この試合で負けた方は相手に対し謝罪を必ずしろ! 謝罪された方はそれを受け取り、遺恨を残さぬように! 二人とも、精霊に誓え!」
間を取り持ってくれたのはジョルジオ様。
訓練バカな所があるんだけど、さっぱりとして付き合いやすい人かもしれない。
ゲームよりキャラが濃い。
「「誓います」」
「よし、それではクレア。俺を含めて全員に防御の魔法をかけろ。効果を俺が確認する」
「わかりました」
クレアが自分、私、モロック様、ジョルジオ様の順で防御の魔法『ホーリーシールド』をかける。
全員が光に包まれて魔法がかかったのを確認すると、ジョルジオ様が自身に向かって鞘に収まったままの剣を思いっきり腹目掛けて突き刺す。
切腹みたいな感じで。
鞘はジョルジオ様の服に触れることなく、直前で止まっていた。
それを確認し、ジョルジオ様は私達参加者に対しても鞘付きの剣を振って確かめる。
全員が無事であることを確認してよしっと頷く。
このホーリーシールドは、対象者の全身をうすーい光の膜のような物で覆う魔法だ。
その光の膜に実際触れることもできるし、効果が続く間はぼんやりと光続ける。
着たことはないけど、光る防護服があるとしたらこんな感じだと思う。
攻撃された時、完全に無効化するんじゃなく、衝撃を極端に軽減しているっぽい。
なので、魔法の効果があっても強い衝撃を受ければ胸と背中の水袋は破けてしまう。
ジョルジオ様に剣を振るわれた時、あんまり痛くはなかったけど衝撃を感じて思わず「うっ」って言っちゃうくらいにはダメージを受ける。
「よし、これから試合を始める! 両者宝物を指定の位置において開始地点まで下がれ!」
お互いの恰好だけど、三人とも学院の制服だ。
ただ、手に持つ獲物は大分違う。
私達は二人とも木のダガーを持っている。
対してモロック様は木剣とデカい木の盾。
訓練で使っている物と同じようで、盾のサイズは大楯と呼ばれる種類だ。
宝物、私達、モロック様、宝物と一直線のように並ぶ。
そして、ジョルジオ様の大きな声が響く。
「それでは、始めっ!」
私達とモロック様との距離は五十メートル程か。
木剣と盾を持っているとはいえ、思いっきり走ってこられたら十数秒くらいで辿り着かれてしまうだろう。
私とクレアは二手に分かれ、モロック様は私の方へ走ってくる。
光属性の魔法は直接攻撃するような魔法は少なく、クレアはまだ教わっていない。
なのでモロック様を直接攻撃したり止めたりするのは私の役目だ。
「世界を巡る風よ 駆ける力を刃へと変え 疾く速く敵を切り裂けっ ウィンドカッター!」
魔法名に魔力を乗せ、モロック様の胸へと魔法を解き放つ。
目に見えぬ斬撃がこちらに走ってきたモロック様へと向かうが、軌道は所詮一直線。
私を元々警戒していたのか、持っていた盾を私の方へ向けなんなく防ぐ。
まぁ予想通り。
次は移動しながら足を執拗に狙う作戦だ。
魔法を解き放つとすぐに再詠唱を行い、次の魔法を放つ。
魔法の詠唱にはリズムも大事な要素なので、最速でも五秒毎でしか使えない。
防御魔法のホーリーシールドには防げる回数に限度がある。
攻撃された威力によって回数は変わるようだけど、ウィンドカッターで検証した結果は六回程。
盾も使わずに食らい続ければ動くことを禁止され、実質敗北――万が一にも怪我を防ぐため――となる。
そのため、モロック様は足を守るためには止まって防がざるを得ない。
五秒毎というのはやはりネックでじりじりと距離を詰められる。
私が魔法を使っている間に、クレアの光魔法で素早さを上げるバフ魔法が二人に掛けられた。
これで、私が足止めをしている間にクレアがモロック様の宝物を狙うことができるし、私もモロック様から距離を保ちながら魔法を使うことができる。
こちらの意図に気づいたのか、モロック様は足を守り、クレアの動きも警戒しながらゆっくりと宝物の位置へと下がっていく。
このままだと膠着状態になると思う。
クレアは攻撃手段がないし、私も近づかれればいずれやられてしまうだろう。
魔力がなくなって魔法が使えなくなったら私達の負けだ。
だから、モロック様は持久戦に持ち込むつもりなはずだ。
だけど、これも予想通り。
さてさて、今まで私が情熱をかけてきた魔法はなんでしょうか?
そう、無詠唱魔法です。
無詠唱魔法に憧れや興味を抱いているのは私だけでしょうか?
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