第7話 高いは怖い
「クレアさん、お嬢様にはいい加減ダイエットが必要です。過度な量のお弁当は今後止めてください」
「サラさん、私のことはクレアと呼んで下さいっ。い、妹、ですから」
「くっ、これは……。お嬢様が陥落するのも頷けますね……」
「でしょう?」
翌日、クレアは朝早くにお弁当を作るために一度戻り、合流してからこんな一幕を挟んだ後、一緒に学院に登校していた。
サラは寮を出た所で、およよと泣きまねをして私達を見送ってくれた。
で、まぁなんというか歩きにくい。
私の腕に美少女が抱き着いているのだ。
前世の名誉のために言っておくが、前世では少なくとも太ってはいなかった。
中肉中背というかなんならやや細目ですらあった、と思う。
だがしかし、今は自他ともに認めるわがままなボディである。
そのボディのふとましい腕に美少女が抱き着いている。
自分の体だけでなく美少女付きとなれば歩きにくいのも当然なわけで。
笑顔で話しかけるクレアを見ると、強く言えない私はそのまま登校した。
この時のことが後に失敗に繋がるとは思ってみなかったが。
貴族が周りからどのように見られるか、まだまだわかっていなかった。
なんだかんだ私も、クレアとサラと仲を深められたことにどこか浮かれていたのかもしれない。
「クレア、昨日打ち合わせした作戦通りでいいわね?」
「はいお姉様。二人でジョルジオ様とモロック様の前をうろうろ作戦ですねっ」
「そうよ。前はクレアで後ろが私ね。第一段階でうまくいかなかった時のチラチラ流し目作戦の発動タイミングはクレアに任せるわ」
授業が終わった後、小声で確認を取る私達。
少々はしたない仕草だか、これくらいは大目に見てもらいたい。
しかし今考えると、深夜のテンションって怖いなって思う。
クレアがノリノリだから訂正はしないけど、絶対に人に聞かれたくない作戦名だわ。
相談をしている隙に、アルヴァン王子が退出し、護衛のためかジョルジオ様も退出していた。
早速計画が破綻しているんですがそれは……。
そういえばアルヴァン王子とマリアンヌ様は婚約者のはずなのに、一緒に行動している所見たことないなぁ。
明後日の方向に思考を飛ばしてながら私とクレアが席を立っておろおろしていると、スイフト様がクレアに話しかけてきた。
「クレア嬢、先日の訓練の時は助かったよ、ありがとう。お礼をしたいんだけど、時間を取って貰うことはできるかな?」
そういえばスイフト様はこのクラスではちょっと浮いているかも。
商会の長を努めるお父さんが準男爵の爵位を近年お持ちになったそうだけど、他の男の子たちからはちょっと一線を置かれている感じがする。
「えっと」
クレアがチラリと私の方を見る。
せっかくクレアが攻略対象と交流を持てるチャンスだ。
私は頷く。
「フロスト様と一緒であれば、構いません」
「え? フローレンシア嬢かい? 僕は君個人にお礼をしたいんだけど」
「そうですか。それならお断りさせて下さい。魔法を使ったのは授業の一環ですからお気になさらないで下さい」
ちょっとちょっとー!? そうじゃないでしょう? せっかく交流を持てるチャンスなのにっ。
「あの、クレアさん?」
「なんですか? お姉様」
さも当然かと言わんばかりの表情である。
もうどうしたらいいかわかんない。
前世と今の貴族としてのコミュニケーション能力二つ合わせてもこの場をうまく収める方法が浮かばないよ。
なんとかしておくれ、スイフトさんや。
困った表情で彼に視線を送る。
彼もなんとかしろと視線を私に送ってくる。
「せ、せっかくだからわたくしのことは構わず、交流を深めたらいいんじゃないかしら」
「いえ、私はお姉様ともっともっと交流を深めたいんです」
ねえぇぇ! もおぉぉ、そうじゃないでしょうよっ!
クレアの頑固な所が出っちゃった!?
ゲーム内で意思の強さがわかるエピソードとか一杯あったけど、こういう頑固さが根っこにあるんだろうなぁ!?
「それなら、フローレンシア嬢もご一緒にどうかな? 明日にでも時間を取って貰えるなら商会で抱えている店にお連れしようと思うんだけど」
「はいっ! それなら是非ご一緒させて下さいっ。おね……フロスト様は甘い物が大好きなので、オススメのお店でお願いしますねっ」
「あぁ、うん。それはなんとなくわかるよ……。お抱えのお店で予約を取っておくさ」
おいてめぇ! 誰がデブじゃっ! シャーっ!
「わがままをいって申し訳ありません、スイフト様。わたくしは明日であれば問題ありませんわ。スイフト商会お抱えのお店の噂はかねがね聞いております。なんでもお店の予約は一ヶ月前でないと取れないとか。明日を楽しみにさせて頂きますね」
「あ、うん」
クレアに話しかける時と違って、目も合わせずにすごい素っ気ない返事。
そりゃ、クレアだけを誘いたいんだろうけど、あからさますぎると少し傷つくよ。
もうマヂ無理。。。ダイエットしよ。。。
って、明日絶賛甘い物食べる予定ができちゃったぜっ! ひゃっほい!
本日は王都の中でも主に貴族が出向く通り、その並びの一角にあるパイソン商会お抱えのカフェッテァリアっ(巻き舌風に)『パンタジアン』にお邪魔しています。
入り口を見ると、太陽の光が窓からお店によく入るように設計されているようです。
テラス席もありますね。
今日のような暖かい日にはテラスで優雅な時間を過ごすのもいいでしょう。
入り口に立っていたドアマンが扉を開けてくれます。
さっそく入ってみるとまずはエントランスです。
右手には扉が、左手にはすぐに広いホールが広がっています。
全体的にシックな印象を受けるホールです。
広さの割りにテーブル数は随分と少ないですが、上位の貴族向けのお店だからでしょう。
側付きの一人や二人後ろに立たせる分には何も問題ありません。
ホールから一旦出るように促されます。
そして、エントランスにあった右手の扉の向こう側へと進みます。
ほんの少し通路を歩きますが、すぐに着きました。
今度は二つ扉がありますが、このどちらかが目的の部屋のようです。
扉を開けると、先程のホールとは違ってそれほど大きくない部屋です。
こちらもシックな落ち着いた感じの部屋ですが、適度に調度品が飾られていて、その一つ一つはホールの物よりあきらかに質高いようですね。
……実家の男爵家より質の良い調度品ばかりです。
あれ一つで領地の財政の数パーセントを補えるのでしょうか……。
一つ、一つくらいであれば、ぐえっへっへっ。
「お姉様っ! お姉様っ! さっきから心の声がだだ漏れですよっ!?」
「はっ、なんてことっ。あまりの衝撃に意識が飛んでいたわ」
私達のやりとりを見て、スイフト様が苦笑している。
「まぁ、座って楽にしてよ。奥の部屋は父やお客様同士で大切な商談をする時の部屋なんだけど、この部屋はもう少しラフな部屋だからね。僕も貴族と付き合う際には使っていいと言われているから。でもまさか王子達より君たちを呼ぶことになるなんて思ってもいなかったけどね」
「そ、そうですのね……」
「あ、あわわ」
想像以上に格式高いお店である。
令嬢と言ったって所詮私は男爵令嬢で、一地方都市の領主の娘にすぎない。
前世で言えば広めの市とか町くらいの大きさの領地しかないのだ。
レベルの違いを見せつけられて、顔の筋肉に集中していないと表情を保てない。
クレアに至っては恐縮を通り越して恐慌状態になっている。
さっきまでは私がパニックだったので少しは落ち着いていたんだろう。
よりパニックな人を見ると逆に落ち着いちゃうやーつ。
でも私が少しだけ平常心を取り戻したので、今度はクレアがおかしくなっている。
「どうぞ座って。メニューはこれね。オススメはパンケーキかな。紅茶も一通り銘柄は揃えてる。大丈夫、僕個人でちゃんと出すからさ。遠慮せずにどうぞ」
何とか彼の言う通りに座り、渡されたメニューを眺める。
丸二日分の食費かな?
「む、無理ですぅ……」
もうやめて! クレアのライフはもうゼロよっ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます