第5話 貴族の会話って難しいね
この世界でも、前世でも美醜の基準の一つに体重があるのは変わらない。
わかってる。
それはわかってるんだけど、クレアのお弁当がおいしいのよねぇ。
サラにまた太ったと言われた以降も、クレアと一緒にお昼ご飯を食べていた。
お返しをしているつもりとはいえ、こう毎日お弁当を作ってもらってクレアの懐を寂しくさせるのは本意ではないので、ベルガモット男爵領でとれる穀物や野菜を受け取ってほしいことを伝えた。
最初は頑なに拒否をしていた彼女だが「これでわたくしのためにご飯を作ってくださらないかしら」と小首を傾げて言うとあえなく陥落した次第である。
ふっ、自分の策謀が恐ろしいわ。
そんなこんながあって、それ以降少し量が増えたお弁当を完食する日々を過ごしていたある日。
夕食後の紅茶をサラに入れてもらって飲んでいるとき、あることに気づいた。
クレアの攻略対象へのフラグが立つのそろそろじゃね?と。
まずい、まずいなぁ。
これ以上私がクレアに関わるのは良くないかもしれない。
ゲームなら既にマリアンヌ様と衝突するイベントが起こってるはずなのに、私が色々と教えているせいでイベント自体が全く起こってない。
マリアンヌ様との衝突イベント等を通して攻略対象がクレアに興味を持ったり、フォローしに来るはずなのだ。
このままだとフラグをバキバキにしかねないなぁ。
個別ルートで見せるクレアのスチルはとても幸せそうな顔をしていた。
それは、私が壊していいものじゃないんじゃないか。
それに、モブ仲間とも積極的に交流を持てていない。
Bクラスの人達なんて全くと言っていいほど関わり合いがない。
魔法と武芸以外は同じ授業が多いんだけど、話す機会がほとんど持てていない。
クレアのためにも、私のためにもここは一度別々に行動するようにしたほうがいいか……。
そう思って、翌日に早速切り出す。
「ねぇクレア。わたくしはあなたに基本的にマナーは教えたつもりです。ですから、今後は一人で行動するようになさるのは如何ですか?」
「私……、迷惑、なのでしょうか?」
「そ、そんなことないわっ! わたくしはあなたといるのは楽しいのよ?」
涙目でそんなこと言われると、ついついフォローに入ってしまう。
貴族としてはそんなことで心動かされてはいけないんだけど、やっぱり前世の日本人的な感覚かなぁ。
つい、八方美人的に接してしまう。
実際、貴族のつきあいよりもクレアやサラと話をしているほうが楽なのは事実なわけで。
「で、でしたら……」
「それでも、あなたの成長のためよ。一週間でいいわ。色々な人とお話をしてきなさい」
「……。フロスト様がそういうのでしたら……」
「わたくしがこんなことを言うのは少し気が引けますが、クレアが立派にクラスメイトと接する姿を楽しみにしていますわ」
「はいっ。私頑張りますっ! ……でも、お昼はお弁当作ってきますから、一緒に食べてくれますか?」
「んもう、仕方ないわね。喜んで一緒させてもらうわ」
「っ! 私、頑張りますからっ」
そして翌日。
私とクレアは別々に行動していた。
私はモブ仲間であるモロック様と交流を持とう画策する。
彼は子爵なので身分に大きな開きはなく、自然と交流を持てると思ったから。
モロック様は魔法の素養はないみたいだけど、騎士団長の息子であるジョルジオ様と親し気に話すことが多いので武芸の腕前は上々なんだろう。
そしてジョルジオ様はアルヴァン様の護衛を陰ながら務めているようなので、必然モロック様も王子の取り巻きに近い状態になっている。
問題はそんなモロック様にどうやって話しかけるか、だ。
いや、話しかけてもらうかだ。
貴族社会では身分が下の者と女性から男性に話しかけることを良しとしない。
もちろん仲良くなっていれば別なんだけどね。
あとは共通の話題も先に考えておいた方がいいかな。
そんなわけで、一日情報収集に当てるっ!
そうと決めたらモロック様だけじゃなくて、ハナビス様の行動も要チェックやわっ!
さすがにBクラスまで手を広げるのは片手落ちになりかねないので、二人がどのように過ごしているか、興味を持っていることは何かを観察させてもらおう。
あまり見え見えにやると警戒されるし、品のない女だと思われるわけにはいかない。
女スパイフロストとして二人に気取られずに成し遂げなければっ!
こんなこともあろうかと(?)私はとある無詠唱魔法を開発していたのだっ!
人間の声は空気の振動によって伝わる。
その振動を私の耳元で再現することで、会話を盗み聞くという魔法だ!
ふふ、自分の才能が恐ろしい。
結果? いや、あまりいい情報なかったんですけどね。
ハナビス様は他の方とほとんど交流を持っていないので会話を盗み聞くことすらできなかった。
モロック様はジョルジオ様と武芸の話がメインだし。
たまにクレアの話をしていたけど。
二人はとある出来事とクレアの可憐さに引かれているかもしれない。
くっ、まさか最大のライバルがクレアだったとは……。
攻略対象だけでは飽き足らないというのか……。
一方、クレアは自分から行動を起こせていないようだった。
ゲームでは誰にでも優しく、物おじせず、でも意志の強い所があるキャラクターだったのに。
ゲームのクレアと実際のクレアに私は違和感を感じていた。
一緒に過ごしていて優しさとか、意思の強さというか頑固な一面を見ていたけど、物おじしない所か貴族に対してほとんど関わろうとしないのだ。
私に対しては今でこそ遠慮なく接してくれているけど、他の人達には一歩引いている感じ。
これ、思い当たる節としては私が貴族社会のことを教えてしまったせいかもしれない。
さっき私自身がモロック様と交流を持とうと思った時に考えたことだ。
『貴族社会では身分が下の者と女性から男性に話しかけることを良しとしない』と教えてしまったことで、クレア自身が行動を起こすことを押さえつけてしまったんじゃないかな……。
特にこのAクラスは身分が高い人ばかりだ。
とまぁおそらく私のせいでゲームのようなイベントを起こしづらい状況に陥ってしまっているのかもしれない。
う~ん、ちょっと責任を感じるな。
どうしたものか。
明日のお昼にでもちょっとクレアと話をしよう。
頭を悩ませているとマリアンヌ様の取り巻きであるスージー伯爵令嬢がクレアの元に行き、少し話をして戻っていった。
私以外の人と話せるようになるならいいなと、深く考えないでいたのだが。
授業が一通り終わると、私はマリアンヌ様に呼ばれた。
すわなにごとかっ!?
「フローレンシア、先日の言葉を忘れていないでしょうね?」
はて、先日の言葉……。
痩せろってやつか!! まさか私が太ったのがバレている!?
「花を枯れさせぬよう」
あ、クレアのことですよね。
すいません。
「はい。今日は花がどのように伸びるか、それを確認したかったのですわ」
「良いでしょう。花が枯れれば私の庭を汚すことと心得なさい。庭師も辞めてもらわねばならぬでしょう」
ええっと、花はクレアで間違いない。
私の庭か……。
以前に私がクレアのことを責任持つと言って、マリアンヌ様がそれを許可した。
だから、私が失敗してクレアの才能が伸びなかったり、退学になったらそれを許可したマリアンヌ様の顔に泥を塗るってことになる、かな?
で、そうなると花を世話する庭師にあたるのが私で……、学院を辞めさせられる!?
貴族社会についてはお母様から教わってはいるものの、実際に会話となると難しいな……。
少し理解するための間ができちゃったけど、答えるしかない。
「存じております」
「期待しています。下がりなさい」
マリアンヌ様怖すぎいぃ!
でも、期待とはお褒めの言葉でもある。
これは責任重大だ。
明日の昼と言わずに今日はクレアと晩御飯を食べながら話をしないと。
しないと、私の立場がやばい所か学院を辞めさせられてしまう。
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