第1.5話 狩りでダイエット

 私、フローレンシア・ベルガモットは王立貴族学院アデリオンへの入学を三ヶ月後に控えた今、ベルガモット領にあるとある山で狩りをしている。


 増えた鹿を間引きし、食料にするためだ。


 あと、まぁ私のダイエットのためでもある。


 狩場である山の周囲に点在する村々から二名前後の狩人が集まり、私が彼らを指揮する立場になる。

 私の補佐として、ブライアンというベルガモット家の執事長も来ている。


 貴族が率先してガチの狩り? と思うかもしれないけど、この世界では多くの貴族が魔法を使え、平民は使えない者がほとんどだ。


 魔法は強力な攻撃手段である。

 だから、この世界で貴族の一族が矢面に立って狩りすることは珍しくとも何ともない。

 むしろ、この世界には魔物という脅威が存在するため、率先して貴族が矢面に立つことの方が多い。


 最初、前世の記憶を思い出せるようになった影響か、血をみること、命を奪うことに恐怖を感じていた。

 けれど、元々この世界で貴族として育ってきた責任感が私を後押し、魔法を使えるようになってから一年で私も狩りをするようになった。


 初めての狩りをしてから三年、今では年に何度狩りや魔物狩りに赴き、その糧に感謝するようにすらなっている。


 そんなわけで今日は新鮮なお肉をゲットするチャンスなのだぜっ!


 と、意気込んでみたは良いものの、いくら魔法が有用とはいえ私一人では狩れる数に限りがある。

 今回の目的が鹿の間引きというこもあり、今日の私はサポートに徹することにしていた。

 具体的には鹿に人の匂いを気づかせないために風上から風下に流れる風を遮ったり、鹿の周囲でわざと木や地面から音を立てて、意図した場所に駆り立てたりなどだ。




 狩りを開始して、六時間程立っただろうか。

 私のサポートの甲斐もあってか、鹿を五、六頭程なんなく仕留めることに成功したようだ。

 そろそろお開きかという所で、遠くから狩人から叫び声が上がり、リレーのように連鎖して私の所に声が届く。


「蜂の魔物が出たぞー!」


 狩人達が俄かに浮足立つのが手に取るように感じられた。




「ブライアン!」


「はっ。確認して参ります」


 一言に魔物と言っても数多くの種類が存在している。

 その種類によって生態や脅威度は大きく変わり、対策もまた変わる。


 狩人では魔物の種類を多数把握している者は少ない。

 けど、普通の生き物とはあきらかに違い、魔物全てに共通する特徴があるため、魔物発見の報だけを叫んだのだろう。


 その特徴は眼球全体が真っ赤であること。

 そして、見つけた人間を必ず殺そうとしてくること。


 ベルガモット家では領館で働く人間のほとんどが魔物と戦う術を持っている。その中でも執事長を務めるブライアンはベルガモット家の中でもトップクラスの知識と力を持っている。

 故に、彼に確認と狩人が襲われていた場合の救援を頼んだ。


「全員こちらに集めるよう叫んで」


 私は近くにいた狩人に伝え、狩人は力の限り叫ぶ。

 それを聞いた別の狩人も同様に叫び、こちらへと走り出した。


 しかし、蜂の魔物かぁ~。

 巣を作るような魔物だとめちゃくちゃ大変なんだよなぁ。

 何より、食べれないのがなぁ……。




「ビッグビーでございます、お嬢様」


「そう。単体かしら?」


「はい」


「なら、巣もなさそうね」


 ビッグビー。

 すっごく大きな蜂である。

 蜂の魔物の中には特殊な個体もいるが、今回のはただ大きいだけの蜂の魔物のようだ。


 普通の蜂であれば女王蜂を中心に巣を作るんだろうけど、今回のは一匹しか発見していない。

 鹿狩りでこれだけ山をみんなが駆けずり回ったにも関わらず異常が報告されていないので、巣は存在しないはずだ。


 何せ、ビッグビーは全長が四十センチはあろうかという大きさだ。

 そんな蜂が巣を作っていたら数メートルにも及ぶ巣ができていて、誰かしらが必ず気が付くはずだから。


「それでどの辺にいるの?」


「私を追ってきていましたから、もうすぐ現れるかと」


 心の準備させてよ!

 慌てそうになる私だけど、狩人達を不安にさせてはダメだと動揺を無理やり押さえつける。


 そして、大きく息を吸い込む間に、視界に大きな蜂が写った。

 うわぁ、見た目怖ぁ。


 見た目は眼真っ赤なこと以外は、普通の蜂がそのまま大きくなった姿だ。

 けど、能力というか動きなどは実は結構違う。


 虫は小さいからあれほどの動きができるのであって、大きくなるとその自重から同じような動きはできなくなるようなのだ。

 普通の蜂みたいなブーン、ピタッ! ブーン、ピタッ! みたいな機敏な動きはできないということっ!


 けれど、尻尾の針の威力は大きさに比例して強力になっているらしい。

 普通の人間が刺されれば高確率で死んでしまうはずだ。


 だから、気を付けるべきは針だけだし、その動きは目で追えない程ではない。

 私とブライアンが慎重に戦えばそれほどの脅威にはならないはずだ。


「狩人達に被害が出ないよう、確実に倒すわよ」


「承知しました。それでは私はビッグビーが狩人達の所へ行かないよう動きがあればすぐさま牽制致します」


 ……ん? あれちょっとまって、私が一人で倒さなきゃいけない感じ?


 頭を整理しようとしていると、ブライアンが静かに、けれどかなりの速さで前へと飛び出し、ビッグビーの背後へと回っていた。


 しかも、ご丁寧に裏に回る直前にナイフを投げて、巧妙に私が攻撃したみたいな感じになってるし!


 ビッグビーの意識は完全に私に向いていて、こっちへ一目散に飛んでくる。


 いやいや濡れ衣ですけどっ!? と騒いでも魔物が耳を貸してくれるはずなんてなく。

 尻尾をタメるような動作の後、針で突き刺そうとしてくる。


 右手に持ったダガーを左肩辺りから遠心力を付けて尻尾から針をなぞるように振りぬく。

 尻尾を攻撃しつつ、万が一にも針に当たらぬよう針の軌道を変えるためだ。


 そして尻尾を斬った感覚を感じたまま、ダガーを振った遠心力そのままに回転して左方向へと避けつつ位置をずらす。


 うん、大丈夫。ちゃんと見えてる。


 ブライアンなら苦戦もせずに倒せる相手だと思うのだけど、狩人達の目があるから領民に対して貴族の役割を示せってことなのかしらね……。


 こうなったら私一人で倒してやるわよ!


 ブライアンがいる限り、狩人達に危害が加えられることはない。

 狩人が襲われそうになったらブライアンがすぐさま倒すはずだ。


 私は無詠唱魔法の発動準備を整えつつ、詠唱魔法の詠唱を開始する。

 使う魔法は使い慣れたウィンドカッター。

 飽きるほど使ってきた魔法は意識することもなく、口からスルスルと詠唱句を紡ぐ。


 無詠唱魔法の利点の一つは、詠唱魔法と同時に発動準備をできることだ。

 詠唱魔法はその名の通り、詠唱しなければならないから二つの魔法を同時に準備することはできないのだから。


 が、どちらも発動するまでに一定の時間がかかる。

 準備完了するまでビッグビーが大人しく待っててくれるはずもなく、私は二つの魔法を準備しつつ、ビッグビーの攻撃をなんとかダガーを使って凌ぐ。


 っ、息が苦しい……!

 太ってから少し激しい運動をすると、すぐに息が切れるのよね……っ!

 けど、ここで一気に決着を着ける!


 最初と同じようにダガーを左肩から大きく振るって、ビッグビーの針をピンポイントで狙う。

 十分な硬度を持った針に弾かれる勢いを利用して私は一気に距離を取る。


 準備、完了!


 無詠唱魔法を発動し、無詠唱魔法でビッグビーの動きを阻害する。

 動きが止まった所にウィンドカッターを発動して羽を切り裂くとビッグビーは地に落ちた。


 地に落ちたビッグビーは飛べなくなったが、まだ尻尾や口など人間を殺すには十分な余力を残している。

 私は十分に距離を保ち、追撃のウィンドカッターでビッグビーに止めを刺した。




 魔物の体は一部様々な素材として使うことができる。

 ビッグビーであればその針だ。

 生きている間はその針に付着した毒が脅威であるが、死んでしまえば恵みとなる。

 毒としても使えるし、逆に薬にもなるのだから。

 そして単純にその強度から武器としても有用なのだ。


 食べられはしないけれど、十分なお小遣いになるということ!

 針を売ったお金で、王都に言ったら甘い物が沢山食べるぞ!


 私はウキウキしながらビッグビーの尻尾から針を取り出すためにダガーで斬りつける。

 ウゲッ、黄色っぽい粘液がめっちゃついたんですけど……。


 若干テンションが下がった物の、無事に針を取り出すことができた私は狩人達に狩りの終わりを告げ、山を下りたのだった。


 本来の目的は鹿狩りだったのだけど、とんだ災難だった。

 まぁ狩人達を始めとした領民達が襲われなかっただけ儲けものか。


 さてさて、狩りの醍醐味といえば新鮮なお肉!

 今日は沢山動いたから一杯食べるぞーっ!

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