戦うモブ令嬢!~乙女ゲーのシステムで運命の人をゲットするはずが、ヒロインゲットしちゃいました!?~

ひなまる

一年生 一学期

第1話 婚約破棄から始まるダイエット

 十四歳になって少し立った運命の日。


「フロスト、今日限りを持って君との婚約を破棄させてもらう」


 私、フロストことフローレンシア・ベルガモットは婚約者から婚約破棄を突きつけられていた。


「な、なぜですの、ロラン様っ!?」


「なぜ、だと?

 二年だ。

 私はこの二年間、キミに痩せてほしいと、あの頃の美しいフロストに戻ってほしいと何度も伝えきたはずだっ!

 社交界の場で他の子息子女にバカにされ、無視されるのはその容姿のせいだと何度も言って来た!

 それなのに、キミは痩せる所か日に日に太っていく! そんなデブを! 私は娶る気などないのだっ!」


 デブー。デブーー。デブーーーーー。


「直接話をして義理は果たした。明日、正式に父からベルガモット家に使者を出す」


「ロラン、ロラン様っ! お待ちに、お待ちになってくださいっ。ぶひーっ」


「そのような醜い声など聞きたくもないっ」


 泣いた。

 ものすっごい泣いた。

 前世と現世合わせてもこの日ほど泣いた日はないと思う。




 私が太ってしまった切っ掛け、それは魔法が使えるようになった日まで遡る。




 貴族は十歳になるととある場所で儀式を受け、正式に貴族の一員として認められることになる。

 それは、真言の間という場所で、才る者は精霊から魔法の祝福を与えられ、一部の人は言葉をも賜る儀式だ。


 十歳になった私は真言の間で風の精霊王シルフィード様と対面していた。


 シルフィード様はそれはそれは神秘的な美しさをお持ちだった。

 宙を自由に舞っていらっしゃるそのお姿は半透明で一糸纏わぬ姿だったけど、とてもとても長い髪が半身を覆っていた。


「あらあなた、どこかで見た魂の形をしているわね。ん~と、そうそう! 迷い子だった魂だわ。迷い子の記憶を思い出して?」


「? 申し訳ありません。そのような記憶はございませんわ」


「あらそうなの? じゃあ、私の目を見て」


 シルフィード様は私の顔を両手で包み、目を合わせる。

 すると徐々に意識が引き込まれ、見たこともない光景が次々と頭の中に現れては消えていった。


「こ、これは……?」


「思い出した? あなたの魂は違う世界からこの世界に迷ってきたのよね。それを私が見つけてその体に宿したの」


「全てではありませんけれど、迷い子の記憶は少しずつ思い出せそうです」


「そう。ならゆっくり思い出せばいいわ」


「わたくしは、この記憶を持って何か使命を果たせばよいのでしょうか?」


「使命? そんなもの特にないわ。迷い子がいたから拾っただけ。あなたは好きに生きたらいいんじゃない?」


「そう、ですか。分かりましたわ」


 精霊は気まぐれなのだ。

 風の精霊王シルフィード様は特に気まぐれと言われているから、本当に意味などなかったんだろう。


「そうそう。あなたに風の祝福を」


 シルフィード様はわたくしの額に口づけを落とすと、手を振って消えてしまう。

 精霊から祝福を受けることで人は祝福された属性の魔力を得て、魔法が使えるようになる。


 特に精霊王から祝福を受ける恩恵は大きい。

 わたくしは精霊王に才ある者と認められたのだ。


 お言葉を賜れたのかは疑問が残るけど、ひとまず祝福を受けたことが何より嬉しい。

 迷子の子記憶、つまり前世の記憶は思い出せないことの方が多いけれど。


 その後はお父様とお母様に祝福を受けたことを報告すると、お二人は大変喜んでくれた。



 貴族の血筋であれば精霊から祝福を受けやすい。

 色々な説があるみたいだけど、遠い遠いご先祖様達が最初に祝福を受け、貴族はその血筋を綿々と受け継いでいるからだとか。

 逆に平民が祝福を受けることは稀だ。


 そして、貴族の女子にとって祝福を受けることは最重要とされている。

 親が精霊の祝福を受けていれば、子供も祝福を受けやすいため、結婚の条件として重要視されているから。

 ベルガモット家は男爵の爵位を頂いているけれど、精霊王から祝福を受けていれば同格の男爵家だけではなく、格上の子爵家や、あるいは伯爵家からも結婚の申し込みがあるかもしれない。


 他にも王立貴族学院に入学した際のクラスや立場にも影響を与えてくる。

 貴族であれば七、八割の人が祝福を受けているので、祝福を受けていないと肩身が狭くなるのは間違いない。

 男子であれば騎士課程もあるので、それほど気にならないかもしれないけれど、女子は魔法が使えないとなかなかに厳しい。


 何せ、魔物討伐が学院の行事として組み込まれているのだから。



 ともかく、無事に魔法を使えるようになった私は、魔法の練習と前世の記憶を思い出すことに日々を費やした。


 私はあくまでフローレンシア・ベルガモットで、上手く言えないけど前世の記憶は外付けのハードディスクみたいな感覚なのだ。

 子供の頃の記憶なんかは深くしまわれているのか、ほとんど思い出せない現状だけれど。


 記憶を思い出す中で、今までのフローレンシアとしての人格に前世の記憶や経験が大きな影響を与えていった。

 記憶は経験で、経験は考え方を変えてしまうのだと思う。


 思い出せないことも多いけど、前世で一番新しい記憶は27歳のIT系で働くOLの記憶。

 残業があったりなかったり、特にブラックというわけでもなく、プライベートの時間も十分に取れていた。

 趣味はアニメに乙女ゲーム、コスプレなどなど。


 そんな前世の記憶を思い出していると、一つの事実に思い至る。

 この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界に酷似していることに。


 国の名前や一部の高位貴族の名前がゲームと全く一緒なのだ。

 その記憶の中にフローレンシア・ベルガモットという名前はない。

 つまり、モブ令嬢だ。


 そんなモブ令嬢であっても、精霊王から祝福を受けたとなれば婚約の話がすぐに舞い込んでくる。

 祝福を受けてから、わずか三ヶ月で。

 お相手はロックベル子爵家の長男ロラン様である。


 ロックベル子爵家はシトロン伯爵家の親戚筋にあたる家で、ベルガモット男爵家はシトロン伯爵家の傘下に連なる家である。

 その縁故で婚約の話を頂けることになった。


 ロラン様には伯爵家のパーティーで何度かお目にかかったことがあって、なかなかのイケメンだ。

 歳は私より1つ上。

 かくいう私も自分で言うのもなんだけど、線の細い美少女だった。


 貴族令嬢としてとても良いご縁だと思う。

 婚約が決まると何度か私達は互いの家で会い、仲を深めていった。

 お話もとても合い、本当に良いご縁だった。

 そう、だった。


 前世の記憶を思い出し、人格に影響を与えていくにつれ私はこう思ったのだ。


 『働かずにご飯とお菓子食べれるのってサイコー』と。


 勘違いしないでほしい。

 貴族が働いていないって意味じゃないよ? お父様や家令、役人達が働いているのはもちろん知っているし。

 私が言いたいのはOLだった前世から子供になって、働く必要がなくなったからだからね?


 結果、私は魔法の練習をしてお菓子を食べる。

 少し休んでご飯を食べ、寝る。

 これを繰り返した結果、元々痩せていた私はとてもとてもわがままなボディへと育ってしまったのだ!



 そして、冒頭の婚約破棄へと繋がる。



 お父様やお母様、執事や私付きのメイドにもものすごい八つ当たりをした。

 なんでお菓子やご飯を食べるのを止めてくれなかったのかと。


 みんなは華奢だった私がいっぱい食べるようになって安心した、嬉しいくらいだと思っていたらしい。

 くそぅ、そんなこと言われたこれ以上怒れないじゃないか……。



 それよりなにより、正直に言って私はロラン様に甘えていたのだ。


 私達はお互いに良く話した。

 領地のこと、美味しい食事やお菓子を出すお店のこと、綺麗な景色や花のこと。

 ロラン様に困り事があれば前世の記憶もフル動員してロラン様にアドバイスをした。

 ロラン様は私の小さな変化も見逃さずに誉めてくれた。

 だから、何をしても私の傍にいてくれるだろうと、そう甘えていたのだ……。


 最終的に泣き疲れて思ったことは一つ。


 絶対痩せて、もっといい男を捕まえてやるっ!

 絶対だ。絶対にだっ!


 今度こそ・・・・、運命の人を見つけて幸せになるんだっ!






 そして、十五歳になった私は王立貴族学院アデリオンへ入学する。

 乙女ゲーム『プリンセスソード』の舞台に。

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