第7話 困惑
「大変だったみたいだね、
数日後。
集会が終わり後片付けをしていると、
「は、はい……ご迷惑をかけてしまい、すいませんでした」
「いやいや、迷惑だなんて思ってないさ。私はただ、楓ちゃんがショックを受けてないかと思ってね、心配してるんだ」
「ありがとうございます。でも、
「本当、偶然とは言えよかったよ」
話に入って来た祥太郎が、そう言って穏やかに笑う。
「こんなやつでも、役に立ってよかったよ」
「酷い言い方だなあ親父。これでも頑張ったんだよ?」
「はっはっは、分かってるさ。お前にしては上出来だったな」
「……全然褒められてる気がしないんだけど」
「私……ここに来てから、ずっと皆さんに守られてばっかりで……何もお返し出来てないのが心苦しくて」
「そんなこと、気に病む必要はないんだよ。困った時はお互い様なんだ。それに今回の件は、私たちの落ち度でもあるんだから」
「どういうことですか?」
「こういうことが起こらないよう、私たちは地域のパトロールをしてるんだ。そういったことは本来警察がすべきなんだが、中々手が回らないんでね。だから私たち地域の者が、自主的に行っているんだ」
「そうなんですか。この辺りの治安がいいのは、東野さんたちのおかげなんですね」
「しかし今回の一件で、それが不十分だと思い知らされた。もう少しで、大切な家族が酷い目にあってたかもしれないんだ。そう思うと申し訳なくてね」
「そんな……私、ここに来て本当に幸せなんです。毎日安心して暮らせているのも、みなさんのおかげなんだと、今初めて知って……当たり前に感じていたことを思うと、何だか恥ずかしいです」
「それにしても楓ちゃん。最近少し、帰りが遅いようだね」
「帰りですか」
「ああ。あの日だって、11時をまわってたそうじゃないか。楓ちゃんのシフトなら、遅番でも10時には戻れてる筈だろ?」
「お店自体はそうなんですけど、閉店してからもその、色々とやることがありまして」
「サブリーダーになってから、ということかな?」
「はい。皆さんのおかげで、こんなにも早く昇進させてもらいました。おかげでお給料も上がったんですけど、その分仕事も増えちゃって」
「責任を与えられるのはいいことだ。その年で中々出来ない経験だし、頑張って欲しいと私も思ってる。でもね、若い女性が深夜遅くまで仕事をしてると言うのは、少し心配なんだよ」
「……ありがとうございます」
「それに楓ちゃん、最近集会にも参加出来てないだろ? 仕事も勿論大事だけど、家のことも大事にしないとね」
「す、すいません」
「いやいや、責めてる訳じゃないんだ。私はただ、楓ちゃんが仕事を頑張りすぎて、私たちから離れていくような気がしてね。それがちょっと寂しいんだ」
「あなたは本当、楓ちゃんのことがお気に入りですからね」
東野の妻、律子がそう言って意地悪そうに笑った。
「当然じゃないか。私にとって楓ちゃんは、もう実の娘同然なんだ。彼女の身を案じるのは当然だろ?」
「うふふふっ、分かってますよ」
「とにかく楓ちゃん、親父の言う通りだ。仕事も勿論だけど、楽園のことも忘れないでね」
「勿論だよ。私、本当にここが大好きなんだから」
楓の言葉に、東野も満足そうにうなずいた。
「そう言ってもらえて嬉しいよ。来週には楽園恒例の秋祭りがあるし、このイベントをきっかけに、楓ちゃんにはもっともっとここを好きになって欲しいと思ってる」
「あの、それで……そのことなんですけど……」
「どうかしたのかい、楓ちゃん」
「実はその……秋祭りの日なんですが、やっぱり休みを取れそうになくて」
「……」
「前日の前夜祭も、棚卸とかがあって遅くなりそうなんです。当日だけでもと思って調整してたんですけど、必要人数を確保出来なくて」
楓の言葉に、東野夫妻も祥太郎も、後片付けをしていた住人たちも複雑な表情を浮かべた。
「あ、あの……」
想定外の重い空気に、楓が困惑の表情を浮かべた。
「……楓ちゃん」
「は、はい……」
「仕事は大切だ。さっきも言った通りね。この社会でみんなが笑顔で暮らしていく為に、一人一人が責任を持って貢献していく。でもそれは何の為なのか、しっかり考えてほしい」
東野のいつもと違う雰囲気に圧倒され、楓が無言でうなずく。
「生活の拠点、それは家なんだ。帰る家があって、待っている家族がいて。だから私たちは頑張れる。それが勤労の本質なんだ。いいかい楓ちゃん、仕事の為に人生があるんじゃない。家での生活を守る為に、人は働くんだ。間違っちゃいけない。
勿論そうは言え、全てを仕事に捧げなくてはいけない時もある。でも来週行われる秋祭りは、仕事の為に犠牲にしていいようなものじゃないんだ。
みんなが楽しみにしている。年末年始に向けて、楽園の皆が改めて心をひとつにする為の、大切なイベントなんだ。それを分かってほしい」
「……はい、それは分かってます」
「分かってるならいいさ。私に言えるのはここまでだ。後は楓ちゃん、君にとって何が一番大切なのか、それを考えてくれればいいと思う」
そう言うと東野は立ち上がり、強張った表情のまま集会場を後にした。
こういう時、いつもフォローを入れてくれる妻の律子も、無言で後に続いた。
「あ、あの……祥太郎、さん……」
一瞬にして凍り付いた空気に身震いを覚えながら、楓がそう言って祥太郎を見つめた。
しかし祥太郎は目を伏せたまま、静かにこう言った。
「楓ちゃん。僕はね、何があっても楓ちゃんの味方でありたい、そう思ってる。でも……今回だけは、親父の言ってることが正しいと思う。だから……考えてほしい」
その言葉に、楓は突き放されたような気がした。
楽園に来てもうすぐ半年。
あんなに温かかったこの場所が今、とても寒い。そう思った。
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