第2話 夜の遊び


 隣人の青年は何故か、素性を知らないはずなのにとても気さくに見えた。


 髪の色が銀鼠色で何やら、折り目正しい燕尾服を身に纏っている。


 季節外れのハロウィンのコスプレだろうか。


 不審者かもしれないのに私は疑いもなく、窓際からその青年にチョコレートを手渡した。


 魔法をかけてあげるなんて随分ロマンティックな掛け合いをする人だな、と感心した私。


 幼い少女のようには無邪気に青い童話の国を行き交うわけにはいかない。



「ありがとう。君は小説を書いているんだろう。僕がチョコレートに魔法をかけたから君は近いうちにいい知らせが来るよ」


 何をとぼけた台詞をこの人は吐いているのだろう。


 私は幼い頃から、物語の殴り書きを書くのが好きな、定型的な空想少女だった。


 


 クラスに一人は必ずいる、よくありふれた文学少女。


 ノートに書いていた駄文がパソコンでキーを打つようになり、その駄作をいろんな大手出版社に投稿し、一度や二度は上位まで選考が残っても、中途半端なところで落選し、それをピークに今度は、一次通過も無縁となり、現状維持となっている。


 最近では書くのも諦めて、狭いアパートには指南書や好きな小説家の本ばかりが床に転がっていた。


 


 銀髪の青年はなぜ、私がこっそりと物書きをせっせとやっている、秘密を知っているのだろう。


 誰にも、両親にも、そして、長年好きだった彼にも告げていなかった私の孤独の秘密だったのに。


 私は呆れ返って、もし、こんなくだらない夜の遊びで願いが叶うと言うならば、もっと達成したら、いい願い事もあると思い、怪しげな風貌の彼を突き放した。



「じゃあ、今、病気で闘っている人を一人でも救ってよ。私の夢なんてちっぽけだもの」


 青年は窓越しから見透かすように微笑んだ。


「このチョコレート、美味しかったよ。じゃあ」


 冬の歳時記でもいちばん好きな季語、冬の月は冴え返る凍て空から見下ろす町並みを神々しく照らしていた。



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