真夜中チョコレート 甘くて、苦いこの想いはいつの日か。
詩歩子
第1話 眠れぬ夜
真夜中に食べるチョコレートのようにこの恋も終わりを告げたはずだった。
失恋なんて誰もが経験する小さな失敗の一つなのに、一年経っても立ち直れない私は眠れない夜、一欠けらの漆黒のチョコレートを食むのが習慣となっていた。
深夜、冬の肥えたホワイトチョコレートのような満月をバックに、肌寒いベランダで苦い珈琲と共に私は私の拙い哀愁を、高級レストランに設置されたチョコレートの滝を流すように癒す。
学生時代のように無邪気に恋に現を抜かすわけにもいかない年齢に差し掛かり、やっと運命の人だ、と慕えたのにあっさりと、齧りかけのチョコレートを路地裏に捨てるように振られた私。
原因もとても理不尽だった。
彼が私より七歳も年下の二十歳の女子大生と浮気したのだ。
浮気が発覚したとき、当初、私も所詮相手は女子大生なのだから本気ではない、と高を括っていたものの、彼にとっては私よりも華やかな空気感を身に纏っている、彼女の方がより好意的に見えたらしく、既読スルーを最後に私たちの関係は終止符を打った。
チョコレートを食べるときは決まってカカオ成分99パーセントのブラックカカオを選んでいる。
真夜中に食べるんだから、甘すぎるチョコレートはご法度だからだ。
コロナ禍になってから眠れない夜が多い。
やっとの思いで初診が決まった心療内科では不眠症だ、と淡々と告げられた。
冬の月夜に君と出会ったのは、ひょんなきっかけだった。
真冬の深夜にやけ食いのチョコレートをベランダで冷風を浴び、夜景を見ながら食すると、傷ついた心の鍵もいつか、空の扉をこじ開けられるように新品になれるような気がしたから、今夜も目映い、瑠璃色の宝石箱のような東京の夜景を見ていたのに、君は空中から出没する魔法使いのように現れた。
「ねえ、君」
眠り眼になっていたので、冷めた珈琲のカップをベランダから落としそうになった。
落としたら地上にいる通行者に当たったら大変な惨事になる、と注視しながら、私は珈琲コップを持ち上げた。
声は隣のベランダから聞こえた気がした。
このアパートは特に近隣住人の交流はない。
隣の芝は青いと俗に言うけれど、そのフレーズも無縁なほど、私は隣人たちの関係図を知らなかった。
「夜分に済まないけれどそのチョコレート、僕にくれないか。そのチョコレートに魔法をかけてあげる」
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