第7話 観覧者たち






『【魔法研究学士】が護衛騎士として来ることがーーザザッーーて、第四王子を迎え入れることを認めたーーザァッーー気になりますね』



 円卓の中央に浮かぶ球体から、雑音を交えながらも澄んだ水のような声が響く。



『少なくともーーザザーーて、俺達が一人になる瞬間は、できる限りーーザッーーた方がいいとはおもいますー』

『僕もそう思う。僕はーーザザッーーザーーーー』


「……不良品か?」

「違うわ!失礼ね。国境を越えたばかりの距離でここまで聞き取れるだけ褒めてほしいわ」



 円卓に腰掛ける男が首を傾げ、もう一人の男が憤慨する。女性口調で話す男は立ち上がってまくし立てると、円卓よりも一段高い所に腰掛ける男を振り返った。

 深紅の瞳に漆黒の髪を持つ美貌を見上げ、男は再度「恐れながら、不良品ではございませんわ。この命を賭けて」と宣言した。


 そんな男達を呆れた様子で傍観していた別の男は、円卓の中央に浮かぶ球体ーー【映像結晶】を見上げる。そこには周辺全てを淡い青に覆われた船に乗る、二人の若い男が映し出されていた。時折映像が乱れるものの概ね内容は聞き取れるそれは、確かに不良品ではなく、寧ろ特注品まである。それでも時折内容が聞き取れなくなるというのは随分苛立ちを誘うものだ。

 王子と護衛騎士とという身分格差があるとは思えないほど気軽に言葉を交わす二人を円卓に座る男達は見つめる。



「【氷属性】を創った魔法研究学士、ねぇ」

「随分生意気じゃないか」

「護衛騎士とはいっても、小隊の隊長を務めていた男が【魔法研究学士】?偽情報を掴まされたんじゃないのか」

「けど、けど、彼ーーずっと水魔法を使ってる」



 一人の幼い少年に、全員の視線が集まる。立ち上がってままだった男が「なんですって?」と声をかけると、萎縮したように背を縮めた少年はキョロキョロと周囲を見回し、一段上に座る男を一瞥した。そして、キョロリと【映像結晶】を見上げ、再度口を開く。

 曰く、【映像結晶】で傍受できるようになったーー少なくとも3日前からは一度も中断することなく水魔法による【結界魔法】を使っているし、それと並行して海の波の流れを魔力で操り、船の速度を上げる【水流魔法】を使っているとのこと。水を媒介している分水属性の彼としては魔力消費が少なくて済む環境であるとは言えーー



「……魔力が多すぎない?私でも死ぬわよ」

「うん、うん……多分、異常なほどーー!!!!!」

「っなーー!!」


 

 映像を見上げて硬直する少年と女性口調の男。


 【映像結晶】には、此方をまぶしそうに見つめ真っ直ぐ睨み付ける青年の姿が映っていた。興味なく眺めていた数人の男達も、これには流石に目を見開いて驚いている。

 そればかりか、青年は性格に映像結晶から此方を見つめ、微かに口を開いた。



「『ーーぶれいでは?』…………おいおい、……」

「【魔法研究学士】をナメちゃダメってことよ。……驚いたわ。【火】つかっているわけじゃないのに、何故気付いたの?」

「……【氷】を見出した力は伊達じゃないってことか」



 ざわざわ。ざわざわ。


 結晶から己の王子を隠すように立ち位置を変えた青年は、再度その漆黒の瞳でを見上げる。


『ーーこれがぼうくんへいかのやりかたですか?』

『れいにかける』


 声を出すことなく告げられる言葉に、男達は冷や汗をかく。この護衛騎士、己の王子にのみこのような態度なのかと思いきや、こっちにまで噛み付いてくるのか。先程まで我らが王の話をしていたばかりで。

 恐れ知らずなのか、馬鹿なのか。定かではないが、王の機嫌をとるのは自分たちなのだ。


 暴君の噴火を恐れて固まる円卓の男達。そんなこちら側の緊張など露知らず、青年は淀みない漆黒を結晶から外し、再び白銀の髪だけが映し出された。

 そして。



「消えた!?!?」

「はぁ!?で、でも海は映ってるわよ!不良品じゃないから!!」

「もうそれ誰も疑ってねーよ黙れ男女」

「は!?!?アンタねぇ!」

「……えっと、えっと、多分……日の光に合わせて船を覆ってる結界を歪めて、光の屈折で見えなくしてるんだと思う……」

「そ、そんなの船は動いてんだから……毎秒歪みの角度を変えてるってのか」

「嘘だろ、無詠唱で……?」



 そう、そもそも魔法を無詠唱で使う時点で魔法士としては一級品レベルだ。このレベルの魔法を無詠唱で、しかもだらだらとお喋りをしながら数日間継続など、人間技ではない。

 「精霊族の血を?」「いや、調べが正しいならば純血の人間だ」「調べる必要はあるだろうな」「うん、うん、あると思う」と次々に言葉を交わす。



「【魔法研究学士】って、皆あのくらい余裕なわけ?」

「アタシは無理よ。こいつはできるけど」

「うん、……うん、僕は出来るけど……魔法研究に栄誉を残すことと、魔法に長けていることは必ずしも同じでは無いから……えっと、えっと、」

「努力型と天才型がいるって素直に言いなさいよ」

「……そ、そ、そう。僕は天才。君は秀才」

「アタシ此奴嫌い」



 真っ青な海だけを映す映像結晶を見上げ、男達は思案する。

 護衛騎士として国に置いておくとしては危険すぎるのでは?

 殺した方が良いのでは?

 王子を盾に脅して奴隷にするべきか?

 

 否、それよりも議論すべきことがある。正確には議論するのではなく、お伺いせねばならないことが。

 男達は皆示し合わせたように、1段高いところに座る漆黒の男を見上げる。


 男女、と揶揄された男が再び立ち上がった。



「ーー陛下。恐れながら、お伺いしたいことが」

「……」

「…………何故、のでしょうか。護衛騎士が魔法研究学士であるというだけで、十分除外の対象では……」



 皆が、固唾を呑んで我らが王の言葉を待つ。

 

 凍てついた深紅で映像結晶を見つめていた陛下は、ゆっくりと円卓に座る男達へと視線を落とす。【火の神】に寵愛されたが故に、全ての温度を奪われたようなその冷たさに、男達は皆ぶるりと身震いした。

 冷え切った視線を持つ我らが王が、どれ程の残酷さと苛烈さと容赦なさをもって、各国を滅ぼして来たのかをーー自分達がどんな虐殺を繰り返して来たのかを自覚しているが故に。


 この円卓に座るだけの価値があると見定められた自分達でさえ、彼の気を削いだ途端、一切の躊躇いなく殺されるに違いない。ーーそれこそ、虫を潰すのと同じくらいの軽さで。



「…………。それだけだ」

「!!!!」



 告げられた言葉に、円卓の男達はもう一度息を呑んだ。だって、陛下が気に入っただって?

 

 陛下の《《お気に入り》とは、すなわち絶望である。

 他国にも名声響き渡る、陛下の独占欲。大概の場合そういった下世話な噂話には尾鰭がつくものだが、殿下の場合には寧ろ倫理的に問題がありすぎて濁されて回っている程。自分が気に入ったものは、それが物であれ人間であれ他種族であれ、どんな手を使っても手に入れようとするし、手に入れてきた。


 小国の町娘を気に入ったけど着いてこなかった。だから、一族全員を彼女の目の前で殺し、その国の国王を脅して後宮に閉じ込めた。

 中立国の貴族の少年を気に入って婚約したのに、彼は秘密の恋人と逃げようとした。だから、恋人を目の前で何人もの男に犯させ目を潰して性奴に堕とし、少年の足を切って後宮に閉じ込めた。

 大国の姫を気に入ったけど、父王が陛下との婚約は認めなかった。だから、戦争をして国を滅ぼし、姫に両親を殺させて、兄妹全員を魔物に喰らわせ後宮に閉じ込めた。


 あぁ、あの青年も後宮行きなのだ。


 ならば、この国においても問題ないか。

 安堵の表情を浮かべた円卓の男達を睥睨し、陛下は微かに口角を上げる。自分達の安寧と繁栄しか気にしていないあたり、所詮は同じ穴の狢だ。

 

『ぶれいでは?』


 そう、唇の動きだけで伝えてきた青年を思い出すと、自然と口角が上がる。

 あの飄々とした態度が絶望に沈む時、彼はどんな顔になるのだろう。組み敷いて抵抗の術を奪った時、魔法に長けた彼は、初めて他人に己の体の制御を奪わせた事に恐怖するのだろうか。あの青年の身体を犯した時、どんな風に涙を流して絶叫するのだろう。


 く、く、と嗤いが漏れる。



「ーー我々は、彼を陛下にお渡しすれば宜しいのですね」

「……いや、良い」




「欲しいものは、己で手に入れる」



 そう言って酷薄な笑みを浮かべた陛下を見上げ、男達は一斉に跪いた。

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