第4話 小さな国の騎士様・4
「ノイン・イルシュタリア。君は自分をどのように評価してる?」
「……ッ、ぅ、"」
「酷いなぁ、まさか君ルッツに着いていくなんて。何故ユリウスは許したのかな?」
「ーー」
「まぁ、こうして僕の所に連れて来てくれているから、ユリウスは赦してあげても良いかな」
動かない身体は、軋むような鈍い痛みを訴える。副団長との飲み友関係は悪いけど今日限りで解消させて頂きたい。酒に睡眠薬を混入させて俺を昏倒させる人間とは。
分厚い猿轡を噛まされた口からは、無様に涎がぼたぼたと垂れる。魔法で拘束された上から更に見た目重視と言って鎖やら手錠やらでご丁寧に拘束した俺を床に転がした男は、麗しい笑みをたたえて呑気に紅茶を味わっている。
こんな拘束、別に簡単に外してしまえるけれど。身分という名の最強の矛が、俺の喉元にその矛先を突きつけているのだ。
ペラペラと演技がかった口調で話し続ける男から目を逸らし、絨毯の縫い目を見つめる。何の生産性もない不毛な時間に思考や感情まで割いてやる道理は無い。
「……はぁ。なんで君がルッツ如きの護衛騎士になんてなったんだい?」
「……」
「僕の護衛騎士になれば、毎日毎日戦わせて血塗れにして、君を綺麗にしてあげるのに」
「っ、ーーぐ、」
首輪に取り付けられた鎖を持ち上げられ、息が詰まる。呼吸が通らない感覚に眉を顰めると、男は嬉しそうに頬を染めた。痕が残ると隠すのが面倒だから辞めて欲しい。
椅子に座る彼に侍るように顔を太腿にのせられる。速攻退きたいものだが、経験上そうすれば更に面倒なことになるので、ただ時間が過ぎるのを待つ。
殿下、寂しがってないかな。
「……ノイン」
「ッ、っ、かはっーーッ、"ぁ"ぐ、」
「酷いな。今僕以外のことを考えたね?」
首輪を掴み上げられ、呼吸が詰まる。間近に迫った薄水色の瞳は何処までも澄んでいて、気味が悪い。
今どころか、さっきからずっとアンタ以外のことしか考えてねーよ。と言いたいところだが、俺は藪をつついて蛇を出すような愚かな真似はしない。
首輪を離され、素直に地面に崩れ落ちる。急に入ってきた空気に生理的に咳き込むと、それを見下ろす男は愉しげに嗤う。その背後に立つ護衛騎士ーー己の直属の上司は、冷めた目を俺に寄越すだけだ。
痛みには慣れているけれど、痛みを味わいたい訳では無い。俺は自分が蹂躙する戦いの方が好きなので。
「ルッツには別の護衛騎士を付ければ良いだろう?【魔法技師】に【魔法研究学士】の資格まで持つ君をみすみす国から出すなんて、騎士団は何を考えているんだろうね」
「ッ、げほ、っ"ごホッ、」
「……あーあ、腹が立つな。僕の玩具がまた1つ減っちゃうじゃないか」
横たわる俺の背に足を置いて寛ぐ男は、退屈そうに欠伸を漏らす。ご丁寧に踵部分を鳩尾にモロに当ててくるものだから、鈍痛が継続して俺を襲った。
最年少の近衛騎士の扱いなんて、所詮こんなものだ。小隊の隊長を努めようが第四王子の護衛騎士になろうが、それをも凌駕する者の前ではなんの意味も持たない。
これでも他国よりは格差がマシだというのだから、外の世界は奈落の底だ。そうに違いない。
「ーーお帰りなさいませ。ノイン様」
「ただいま」
殿下の部屋の前で、己の部下と落ち合う。念の為にかけたおいた魔法結界も無事なようで、騎士達の様子を見ても、殿下に害をなす人物は特に現れなかったようだ。
息を吐くと、部下が労るような視線を寄越してくる。鬱陶しいその視線から逃れるように手を振り、扉に手を触れる。
パキ、パキ、と【氷】が溶けていく。
解けていく。
「ーー……」
1人の部屋にしては無駄に大きな寝具に収まる、まだ成長途中の幼さを残す身体。あどけない寝顔を晒しているが、時折ふる、と瞼が震えている。何か夢でも見ているのだろうか。
ぼう、と見下ろす俺の気配には全く気付かずすやすやと呑気に眠る殿下。
フォスフォフィライト王国に行ったあとも、彼が穏やかに眠れる場所を用意できるだろうか。否、用意しなければならない。沢山の恐怖を抱えて生きる彼に、もう恐怖を増やす必要はないだろう。ーーその分を背負うのが、騎士の役目なんじゃないだろうか。
「……」
よく見る夢は、【神の門】が崩れ、津波が襲い来る夢。俺の他にも多くの人がいるけれど、走っても走っても高台に到底辿り着かない。父上と母上は木の上にいて、知らない人たちと札遊びをしていて俺は気付かない。
津波に呑まれるのか、呑まれないのか。俺は生きたのか死んだのか。それは何故か思い出せないまま、朝を迎える。
殿下の胸元が緩やかに上下するのを一頻り眺め、外に出る。先程帰って良いと言ったはずの部下達は、御丁寧にもまだ俺を待っていたらしい。何事か話しかけてこようとするから部下から視線を外し、再び部屋を書こう想像を膨らませ、【氷】を張り巡らせていく。
ぴき、ぱき、と空気が割れる音が妙に小気味よく響いた。
「ーー素晴らしい、氷魔法です」
「そりゃ良かった」
「……あの、」
「ここからは俺が護衛に入るのでー、もう休んでもらってどうぞー」
扉に背をもたせかけて手を振れば、何かを言い淀んだ男は、それ以上無責任に此方に何かを投げることは躊躇われたのたのか、静かに一礼して部下を引き連れて去っていった。
どうせ、氷魔法で覆われた首元の醜い痣を見て、動揺でもしたのだろう。
張り巡らせた氷は、外界の侵入を阻む。
「……フォスフォフィライト王国の名物って何だろ」
火の神に愛された王国。
王都【アルストロメリア】は、夜でも明るい火の魔法具が浮かび、それはそれは明るく美しいという。眠らない街、とも呼称される程昼も夜も賑わう街を殿下と共に気兼ねなく楽しめる日は来るだろうか。
限りなく不可能に近いそんな考えが浮かんで、思わず首を傾げる。
夢なんて抱いた瞬間から壊れていくと知っているのに、自然と湧いてでるのは何故なのだろう。自然現象?それとも、俺がまだまだ甘えたなのか。
なんにせよ、自分の仕事は殿下を守るだけ。身の振り方は殿下自身の、彼の身の回りの世話は侍女達の仕事だ。その点、書類仕事がなくなる分最高の左遷のように感じてきた。
「……どうせなら【スピネル共和国】とかにが良かったな」
「……お前、滅多なことを言うんじゃない」
背後から透き通った声が聞こえ、笑顔で振り返る。
「起こしちゃいましたー?」
「いや、喉が乾いた」
「ご用意いたしますんで、寝具にどうぞ。身体、冷えますよ」
殿下を寝具に戻し、無駄に豪奢な水差しからカップに水を注いでいく。殿下に差し出せば、彼は微妙な顔でそれを受け取った。こくりと控えめに喉仏が動く。
喉を潤す殿下を眺めつつ、しれっと己に【水】を纏わせ、首の痕を隠しておくことも忘れない。
カップを寝具の脇に備え付けられた机に置き、殿下はぼんやりと俺を見上げる。半覚醒状態で無防備な殿下は、翡翠の瞳をとろとろと溶かして欠伸を漏らした。
こんな彼の様子を見たら、彼を蔑む王侯貴族も目の色を変えるだろうな、と思う。なんとかこの愛くるしい少年を己の手中に収めんと画策し始めるに違いない。
「……【スピネル共和国】が好きなのか?」
「……あぁ、いえ。ただ、魔法研究が盛んな國でしょう?」
「そう言えば、君は【魔法研究学士】の資格を持っているんだったな」
【魔法研究学士】とは。魔法を研究する学士である。国際連盟管理の資格で、魔法研究において革新的な成果を上げ、連盟の要人達の会議の末に与えられる。試験を受けて合格するような【魔法士】【魔法技師】などの通常試験とは違う推薦・指名型なので、持っている人はかなり少ない。
フローライト王国では、俺と王城の魔法教育を担当する学士、後は研究者に二人くらいだ。
「ノインはーー」
「【水属性】の魔法元素を解析して書き換えて、【氷属性】を生み出したんですよー、すごいでしょ」
「あぁ。火属性の特権だと思われていた温度変化を水属性で成し遂げたって、世界中で話題になったんだろう?」
「当時は未成年だったので流石にびっくりしましたねー。反響も。ま、おかげで任務サボって隙あらば研究してた規則違反が許されるどころかお釣りも来たので最高でした」
「……はぁ」
騎士団長も副団長も怒るに怒れず困っていたことを思い出す。まぁ、水属性の中でも本当に優秀なごく一部と開発者である俺以外、氷属性を再現することはできていないので、再現性は担保されつつも一般化には程遠い成果なんだけど……それでも、国際連盟のお眼鏡には十分かなうものだったようだ。
地属性がほとんどのこの国で、水属性の研究をするのはかなり大変だった。そもそも魔法士として大成するのも大変だってけど。当時を回想して懐かしく思っていると、ぼうっと俺を眺めていた殿下が首を傾げる。
「そんな希少な魔法士なら、何故僕の護衛騎士なんかに?」
「……はは、問題児過ぎて……」
規則という規則を破り散らかす俺は、王位継承権の高い殿下の教育にはちょっと良くないと判断されたらしい。副団長の采配に乾杯。……そのことでいざこざが起こってはいるのだが、気にしなければ問題にはならないので。
首をさすってヘラリと笑えば、少年は「僕としては良かったけれど」とだけ呟いた。殿下が良かったなら、俺にとってもそれだけで良い。
殿下の身体を寝具に横たえさせ、俺も一歩下がる。二週間の間に出立の準備をするとなれば相当多忙になるだろう。睡眠はしっかり取らなければ。
「殿下、おやすみなさい」
「……うん、おやすみ」
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???(?)
ノインに執着する王子。
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