第3話 小さな国の騎士様・3


 

 その後も暫くの間、和気藹々とした雑談が繰り広げられ、陛下以外の全員が飽き始めた頃。ふと『父』から『陛下』に変わった気配を感じ、その場にいる全員が居住まいを正した。

 無論、唯の雑談の為だけに呼び出された訳がないのだ。ーーさて、賭けは俺が勝つだろうか。


 陛下の重たい声が、謁見の間に響く。




「ルッツ」

「はっ」

「お前は我が王国の為に何処まで尽くす?」

「フローライト王国、陛下、そして民の安寧、そして繁栄の為ならば、この身全てを投じる覚悟に御座います」



 迷いなく即答する殿下。見えないけれど、彼の翡翠は澱みなく輝いていることだろう。そんな殿下だからこそ、守る価値があるというものだ。

 陛下にとっても殿下の言葉は満足のいくものだったのだろう。彼は「そうか」とだけ呟くと、暫し沈黙した。


 

「お前には、【フォスフォフィライト王国】に行ってもらう」

「ーー!!!」



 そして告げられた命令に、俺も、恐らくは殿下も目を見開いた。


 【フォスフォフィライト王国】。

 島国であるフローライト王国とは海を挟んで隣り合わせの位置にあるーー超大国だ。戦争による容赦ない侵略行為で歴史にその名を馳せ、言うまでもなくフローライト王国にも戦争を幾度となく仕掛けてきている。まぁその度に【神の門】に撃墜されているが。


 そんなフォスフォフィライト王国が、この度同盟関係を持ち掛けてきたらしい。それも、かなり対等な条件で。



「両国の王子を留学生としてそれぞれ迎え、国の文化や歴史を学び理解を深め、友好を結ぶのだ」

「留学生ということは、学舎で学ぶのでしょうか」

「あぁ。【アルストロメリア王立魔法学園】は知っているな」

「はい。世界最大規模の魔法学園と」



 へぇー。殿下は魔法についてもっと見聞を深めたいと日頃から切望していたから、これは渡りに船のような気がしてきた。

 

 けれど。フォスフォフィライト王国が、何の企みもなく小国であるフローライト王国と友好関係を築くとは到底思えない。歴代の国王も軒並み血の気が多く、擦り寄ってきた周辺国の貢物が気に入らないからと戦争を仕掛け侵略した歴史もある。

 勅命から逃れる事は出来るはずもないが、くらいは知っておくべきだろう。


 それに。


 現国王は、【戦好きの暴君】と名高い程の戦争好きだ。たかが数百年侵略に失敗しているからと言って、みすみす戦争の機会を潰すような真似をするだろうか。戦争そのものが好きなのであれば、侵略できるか否かは関係ないはずだ。ーーまぁ、倫理観が邪魔する可能性もあるが、その辺の倫理観が備わっているのならば、そんな渾名は付かないだろうと思うので。



「恐れながら陛下、お聞きしたいことが」

「良い」

「同盟関係は、何方から持ち掛けられたものでしょうか」

「フォスフォフィライト王国だ」

「……何故かは、」

「分からぬ。だが、使者が持ってきた【国際魔法契約書】には、不正もなく、間違いなく対等な条件が記載されていた」

「…………左様でございますか」



 し、信用ならねーーーー。

 という、殿下の心の声が聞こえてくるようだった。間違いない。フォスフォフィライト王国と友好関係という言葉が点と点で繋がらない。空虚を掴んだようなモヤモヤ感がある。


 宰相様が上座から降りて国際魔法契約書(国際連盟が作成した、この世界の全ての国が守らねばならない【世界法】に則って作成された、この世で最も厳正な審査が成された契約書である)の複製を殿下に渡し、殿下も目を通していく。

 納得したのか、間もなくして宰相様に返却した殿下は、小さく息を吸った。


 そりゃあ、齢15で異国に留学生人質として向かえと言われるなんて、どれ程のーー。



「拝命致しました。陛下」

「そうか。ーーそうか……」

「栄誉あるお役目を、この身に変えても全う致します」

「…………ルッツ」

「ーーはい、父上」

「どうか、無事で……健やかに過ごしてくれ」

「…………ありがとうございます」



 出立は2週間後。思った以上に迫っているそれは、きっと陛下が迷いに迷った期間なのだろう。人の心を持てば持つほど、王としては苦労する。

 



「……」

「……」

「6リヨンです殿下」

「言うに事欠いてそれか」



 廊下のど真ん中で崩れ落ちる殿下を見下ろし、首を傾げる。賭けには勝った。賞与ください。無言で手を差し伸べたのに叩かれた。

 重苦しい溜息を吐いて立ち上がった殿下は、陰りのない翡翠で俺を見つめる。恐れも不安もあるだろうに、それを感じさせないよう努力する殿下が嫌いではない。


 「お供いたしますよ。もちろん」とだけ声を掛ける。きっと騎士団の上司からは別の人員を宛てがうだとかお前はフローライト王国にいろだとか愚痴愚痴言われるだろうが、無視だ無視。俺は殿下に仕えると決めているのだから。

 そう言うと、殿下はあからさまに安心した様子で目を輝かせる。それでいて「当然だろう」と嘯くのだからお可愛らしい。キビキビと歩いてはいるが、お花が飛んでいる。



「2週間ーー直近ですねぇ」

「留学生という名目とはいえ人質には変わりない。仰々しく荷物を持っていく必要も無いだろう。最低限で良い」

「でしょうねー。それも、使わせてもらえるかどうか」

「あぁ。人員も最小限の方が良いだろうな。……特に騎士は」

「ですねー。まぁその辺はこっちでやりますんでご心配なく」

「あぁ、任せる」



 うーん、この信頼が心地好い。この優越感よ。

 ニコニコと笑って頷けば、何故か胡乱げな目で眺められた。



「……随分嬉しそうだね」

「殿下が主君で良かったとしみじみ感じる時間だったので」

「!……そ、そうか」



 あからさまに嬉しそうにソワソワする殿下が大変可愛くて、俺も益々ニコニコ。

 

 









「失礼しまーす」



 ノックをし、返事を待つことなく扉を開ければ、室内からは盛大な溜め息が聞こえてきた。何時もの事なので気にすることなく腰掛け、部下に渡された書類に目を通していく。

 第四王子の護衛騎士とはいえ、俺も丸一日傍にいられる訳では無い。こうして騎士団本部に顔を出す時は、信用出来る部下を殿下のそばに置いている。それでも早く戻りたいのが本音なのでサクサクと仕事をこなしていく。


 ビシビシと刺さる視線が鬱陶しい。



「なんですか」

「……いやぁ、まさかお前が第四王子の護衛をここまで忠実に全うするとはなぁ…………未だに考えられん」

「失礼すぎませんー?」

「日頃の行いのせいだ」



 そう言って眉間を抑える中年の男は、この国の中間管理職代表様こと、王国騎士団副団長ーーユリウス・レイノルズだ。【近衛騎士隊第一部隊】に在籍している内にいつの間にか話をするようになり、いつの間にか飲み友になっていた。

 近衛騎士隊の中では最年少である俺を何かと気にかけてくれるこの人の存在は、出る杭は打つが座右の銘らしい騎士団の老害共とやり取りの際に非常に助かっている。


 書類に魔法印を押していきながら、周囲の人間達が今最も聞きたいのであろう質問に答えてやる。



「俺、殿下について行きますので。後任決めといて下さいね」

「………………何故、第四王子にそこまで肩入れする?1の身分を捨てるほどの人間では無いだろう」

「かわいーじゃないですか」



 この国の為に生きる、と本気で考えているのに、この国に食い潰されることを受け入れるその純朴さとか。


 そう言ってクスクスと漏れる笑いを飲み込む。その純粋さも、愚直さも、俺が到底抱えきれなかったものだ。夢も希望も何もかもは叶わないことを知って、未来の展望を持つことを諦めて、ただただ戦いと魔法の研究に一過性の快楽を見出して生きるだけの人生。


『ーーノイン、お前を僕のものにしたいよ。僕だけの騎士になって、裏切らない……そんな信用しか出来ないような騎士にしたい』


 なってくれ、とは言えないのに、願うことは辞められない可哀想な第四王子様。王侯貴族のみならず従者にも見下される程王族としての権限を持たない彼に、『他国と比べて身分格差が少ない』なんて語るこの国の歴史のなんと愚かしく愉快なことか。

 命を狙われ、学士如きに虐待され、誰も信用できなくなった憐れな王子様。



「俺のことは信頼してるんですって」

「……」

「不思議ですよねぇ。俺、中々信用に足らない人物だと自負してるんですがー」

「だな」

「まぁ、良いかなって」



 助けてやっても。信頼される部下になってやっても。



「殿下が泣きそうな顔で『着いてきて欲しい』って目をするんだから、裏切らない騎士は着いていくものでしょ?」

「…………はぁ…………俺の仕事が増える……」

「はは」



 笑い事じゃない、と小突かれる。

 けれど、何処か嬉しそうに俺の頭を乱暴に撫でるこの人は、やっぱり苦労人だなぁと思う。



「そうだ。お前、謁見の間で敵意を出すんじゃない」

「えへ」

「はぁ……飲みに行くぞ」



 ハイハイ。






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ヴィンフリート・フローライト(64)

 フローライト王国国王。

 深緑の髪に薄水色の瞳。

 賢王と名高い。王としては厳格だが子どもへの愛を忘れない父の面も持つ。しかし、王子を王として犠牲にする事には躊躇わない。ルッツが応じなかった場合には拘束して送り届ける手筈だった。



ユリウス・レイノルズ(51)

 フローライト王国王国騎士団副団長。

 白髪混じりの灰褐色の髪に、茶色の瞳。

 己を『中間管理職』と名乗る苦労人。ノインとは飲み友達でもある。近衛騎士隊に入隊した初期のノインを半殺しにして以来、ノインは彼に逆らわない。






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