五十三 創意工夫

 何かしらを考え始めているのか、むむむむといったような声が、聞こえて来そうな難しい顔をしつつ、うがちゃんが、机の上にある鉛筆を見つめた。




「スラ恵の言う通りだな。それなら、えっと、うーん」




 そんなうがちゃんを見て、元気付けようと思った町中一は、スラ恵の言葉に、言葉を返しながら、うがちゃんに、声をかけようとしたが、何をどう言えば良いのか思い付かず、意味のない言葉を口から漏らした。




「手の構造上、この太さと長さでは持つ事が難しいと思うんだわん。鉛筆の太さと長さを変えてみるというのはどうわん?」




 柴犬が、うがちゃんの傍に行き、うがちゃんの足に自身の両前足を当てて、体を持ち上げて、顔をうがちゃんの顔の方に、近付けて言う。




「太さと長さを変えるうが?」




「そうだわん。うがちゃんのお手手は、こういう細かったり短かったりする物を扱うには、大き過ぎるんだわん。持ち方は、本来の鉛筆を持つ、持ち方とは異なってしまうけど、太さと長さを変えた物なら、ギュっと両手で挟むようにして持てば、持つ事ができると思うんだわん」




「柴犬。お前は、天才だな。早速、魔法で太く長くしてみよう」




「待って欲しいうが。魔法を使っちゃったら、うがは、何もしないで、字が書けるようになっちゃううが」




「うがちゃん。こういうふうに考えて欲しいんだわん。言葉を話せなかったうがちゃんが、言葉を話せるようになったのは、確かに、魔法のお陰なんだわん。不可能が可能になるという、奇跡が起きてるんだわん。でも、鉛筆を太く長くするというのは、ちょっと、工夫すれば、誰にでもできる事なんだわん。奇跡でもなんでもないんだわん。これは、誰もが、問題に直面した時に、その問題を解決する為に用いる方法なんだわん。創意工夫という物なんだわん。主様のいた世界の人類は、魔法を使う事ができないんだわん。だから、様々な方法を考え、色々な物に手を加え、それを利用して、困難を克服して行ってるんだわん。今から、うがちゃんが、試そうとしてる方法は、そういう人間達が当たり前にやってる行為なんだわん。だから、何も問題はないんだわん。それに、鉛筆を太く長くして、うがちゃんが鉛筆を持てたとしても、字はそう簡単には、書けるようにはならないんだわん。今まで字を書いた事のないうがちゃんが、字を書くには、字を書く為の練習をしないと、駄目なんだわん」




「そうなの、うが?」




「ああ。柴犬の言う通りだ。まあ、鉛筆を太く長くするには、魔法を使うけどな」




「ええ、うが? それは駄目だと、思う、うが」




「そんな事言ったら、鉛筆がそもそも魔法で出してる物じゃない。そこまでこだわるんだったら、うがちゃんだけ、鉛筆を作るところから始めるか、他の、こっちの世界で人間達が使ってる、書く為の道具を、手に入れないといけなくなるんじゃない?」




 スラ恵が、うがちゃんの傍に行き、机の上にあった鉛筆を手に取って、矯めつ眇めつする。




「それは、うが」




「うがちゃんだけじゃないんだわん。スライム達も、字が書けないんだわん。これは、そういう事も知ってるんだわん。それと、この世界の識字率はかなり低いんだわん。主様は、その事も知っておかないと、駄目だと思うんだわん」




「なんだよ。スラ恵達も書けないのかよ。と、まあ、その事は今は置いておくとして、そんなに、この世界では、読み書きができる人達は少ないのか?」




 そういや、俺も、書けるのか? こっちの世界の言葉とかって、普通に話せていたから、その事について、全然考えていなかったけど、そもそも、異世界に来ているのに、こうやって話ができているのだって、変なんだよな。と町中一は、今更ながらに、そんな事を思った。




「少ないんだわん。王都などの大きな所なら、それなりに読み書きができる人達もいるんだわん。けど、そういう所以外の場所に住んでる人達になると、大抵の人は、読めないし書けないんだわん」




「字なんて書く必要ないもんね」




「スラ恵。そういうお前達はどうなんだ? さっき、柴犬が字は書けないって言っていたけど、読む事はできるのか?」




「読めるけど、書けないわね」




「うん。スラ恵も、お母さんと一緒」




 スライム親子が、自信満々に告げる。




「字が書けないのに、良く今まで、あんなに前向きに、小説を書きたいなんて言っていたな」




「字を書く練習をするとか、そういうの、全部込みで、楽しみなんじゃない」




 スラ恵が、屈託のない笑みを、顔に浮かべた。




「あのなあ」




 まったく。あの笑顔だもんなあ。まあ、でも、そういうのは、人それぞれなのかもな。人によっては、何かを始める時って、全部ひっくるめて楽しみなのかも知れない。町中一は、そう思いながら、スラ恵の笑顔を見つめる。




「じゃあ、二人も、うがちゃんと一緒に練習するわん?」




「スラ恵は、楽したいから、一しゃんの魔法で書けるようにしてもらいたいけど、お母さんはどうしたい?」




「おいおい。さっきと言っている事が違うじゃないか」




 町中一は思わずツッコミを入れてしまう。




「良いじゃない。さっきと今では気分が違うんだから」




 スラ恵が、とっても清々しい、素敵な笑みを見せた。




「あー、もう良い。付き合うのが馬鹿らしくなって来た」




 町中一は、わざと、大げさに、呆れたというようなポーズを取る。




「折角だから、うがちゃんと、一緒が良いわ。皆でやれば楽しそうだと思うの」




 お母さんスライムが、町中一とスラ恵とのやり取りを見て、微笑みつつ、先のスラ恵の言葉に言葉を返した。




「えー。スラ恵は楽な方が良かったのになあ」




「練習してみて、大変そうだったら、魔法を使うというのもありだと思うんだわん。魔法はいつでも使えるんだわん」




 柴犬が、町中一の方に顔を向けると、口を笑っているような形にして、円らなお目目で、町中一の顔を見つめて、尻尾をピコピコと振った。

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何者にもなれなかったとある男の異世界転生 @itatata

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