五十二 鉛筆

 柴犬が気を利かせて、町中一に皆で小説を書く為の段取りについて、提案をして来てくれ、町中一はそれに従って、魔法を使い、筆記用具や机や原稿用紙などの用意を始めた。




「いずれはパソコンかな?」




 町中一は、魔法があればなんでもできるんだよな。と思うと、柴犬に目を向ける。




「それは、どうかと思うんだわん。パソコンは便利だけど使い方を覚えないと駄目なんだわん」




「キーボードの使い方とかを、覚えるのが大変か」




「それに、この世界には存在しない物なんだわん。思わぬトラブルなどの元になるかも知れないんだわん」




「なるほど。そうすると、この家とかもまずいかな?」




「ここならまだ人目がないから平気だと思うんだわん。人がたくさんいるような場所に近付いたら、外装だけでもこっちの世界の家と同じようにした方が良いかも知れないんだわん」




 流石、万能柴犬。言う事が違うな。と町中一は柴犬の言葉に感心したので、柴犬の頭をわしゃわしゃした。




「だ、駄目なんだわん。そんな、そんな事をされたら、発情しちゃうんだわん」




「え? お前、今、なんて?」




「わん? 何も言ってないんだわん」




「いや、発情がどうとかって」




「ああ、主様。そこら辺にいる駄ラケットとか、駄スライムとこれを一緒にするのは失礼なんだわん。断じて、これは、そんな事は言ってはいないんだわん」




「お、おう。そうか。そこまで言うのなら、多分、俺の聞き間違いだったんだろう。すまん」




 おかしいなあ。確かに、発情しちゃうんだわんとかって、聞こえた気がしたんだけどな。と、町中一は、そう思う。




「誰が駄ラケットなのよぉん」




「駄ラケットはあってると思うけど、駄スライムは失礼だと思う。いくらスラ恵達が弱いからって、あんまり馬鹿にしてると、酷い目に、それよりも、そうね。エッチな目にあわすからね」




 スラ恵が、柴犬の傍まで行き、顔を柴犬の顔に、グイっと近付けて、柴犬を、誘うような、妖しい目で睨んだ。




「こら。スラ恵。そういうのは止めておいてくれ。これ以上、変態が増えても困る」




「何よ。一しゃんだって、変態じゃない。でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~であんなふうになってたくせに」




「あれは、良いんだよ。あれは、あれなんだから」




「何それ? あれあれ言ってて、何が言いたいのか全然分かんないんだけど?」




「はいはい。喧嘩はそこまでよ。そんな事より、折角、書く用意ができてるんだから、早速書いてみましょう? これで、こっちの紙に書けば良いのよね?」




 お母さんスライムが、机の一つに近付いて、鉛筆を手に取った。




「ああ。それは、俺の世界で紙に何かを書く時に使う、鉛筆っていう名前の道具だ」




「う、うが? うがは、すっかりと忘れてたうが。うがは、そういう、手を使って細かい事をやる事が、苦手だったうが」




 その場にいた全員が、一斉にうがちゃんの方に目を向けた。




「うがちゃん。心配ない。魔法でそのかわいいお手手を、変えちゃおう」




 町中一は、何も考えずに、軽い気持ちでうがちゃんに伝え、すぐに魔法を使おうとする。




「一しゃん。待って欲しいうが。うがは、このままで良いうが」




 うがちゃんの思わぬ言葉を聞いて、町中一は、魔法を使うのを止めて、うがちゃんの目を見つめた。




「うがちゃん。そこは、遠慮するとこじゃないぞ。全然気にしないで良いんだ。俺の魔法は使いたい放題なんだから」




「一しゃん。一しゃんは、たくさんの事を考えて、小説をやってて、たくさん苦労してるうが。うがだけ、なんでも、魔法を使うのは、駄目だとうが思ううが」




 うがちゃんが、どこか、遠慮をしているような仕草をしながらも、しっかりとした意志のこもった目で、町中一の目を見つめ返して来た。




「いや、あの、でも、な」




 町中一は返答に窮し、周りにいる者達に助けを求めるように、視線を向ける。




「うがちゃん。でも、それじゃあ、どうやって書くつもりなの?」




 お母さんスライムが優しい口調と声音で、幼子をあやしているかのように聞いた。




「この手で、鉛筆? を使えるようになるまで練習するうが」




 うがちゃんが、自分の一番近くにあった机の傍に行くと、鉛筆を手に取ろうとしたが、失敗して、鉛筆を机の下に落としてしまう。




「う、うが。これは、細くて、拾うのが大変うが」




 うがちゃんが、微笑みながら言い、しゃがんで、鉛筆を拾おうとして、落としてしまうという行為を何度か繰り返した。




「もう。手がかかるんだから」




 スラ恵が、すっとさりげなく、うがちゃんの傍に行って、鉛筆を拾い、うがちゃんに向かって差し出す。




「あ、ありがとううが」




「お礼なんていらない。でも、誰にでもできない事とか、無理な事とかってある思う。そういう時は、皆に頼っても良いと思うけど?」




 スラ恵が、ぶっきら棒に言う。




「なんだスラ恵。照れているのか? もっと素直に優しくしてやれば良いのに」




 町中一は、スラ恵って意外と不器用な子なのかな? と思うと、フォローをしてみた。




「何? 喧嘩売ってるの?」




「いやいやいや。どうしてそうなる?」




「そんな事言ってる暇があるんだったら、うがちゃんが、納得して頼れるような方法を、何かを考えてあげなさいよ」




 スラ恵が、照れているのを、隠そうとするかのように、ツンっと顔を横に向けた。

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