五十一 明日の君へ その一 小説とは? の六 ~或いは、過去の自分との邂逅~
通過点で、一喜一憂。それは、そういう細かい事は、確かに、最初は、小説を書いていた時には、いや、これはなんでもそうだと思うが、物事っていうのは、何も分からずに、あれやこれやと試行錯誤をしている時が、一番、余計な事を考えないでいられて、打ち込む事ができていて――楽しい。そう、楽しかった。自由を求めた時もそうだけど、どうして、こう、物事っていうのは、違うな。気持ちや物事に取り組む姿勢という物は、変遷して行ってしまうのか。
「生きて行くという事は、いつか、死ぬという事実を、受け入れなければならない行為だとわえは思うの。どんなに強い生物でも、わえ達のような弱い生物でも、死という物は、そのどちらにも平等に訪れる。一しゃんは、才能にこだわってるけど、それだって、死という物の前では、なんの意味もなさない。物事には必ず理不尽で残酷で不条理な終わりがある。けど、そんな終わりの為に生きるなんて事は、きっと、ほとんどの者達はしてないと思うの。一しゃんは、一度死んでるから、実感があるでしょう? 通過点を楽しむ事。結果だけを追い求めない事。それにどれ程の価値があるのか。一しゃんは、その事を知ってるはずよ」
町中一は、お母さんスライムの話を聞いて、思考の方向性を変える。
死という物が与えて来る、圧倒的な絶望。圧倒的な断裂。圧倒的な失望。圧倒的な、絶対的な終わりという意味。そんな物が、必ず訪れると分かっているのに、人は、すべての生き物は、それでも、日々を、生き続ける。時には喜んで。時には怒って、哀しんで、楽しんで。才能という物の負の面が与えて来る、圧倒的な、断絶。圧倒的な、挫折。そんな未来が、待っているのかも知れないとして。そんな未来が来るかも知れないから、と、そんな事を考えて、何か、物事を始めた事はあっただろうか? いや、そんな事を、考えていたとしても、物事を始める時、その物事を始めさせる、衝動、情熱、熱量は、その瞬間だけは、あらゆる可能性を凌駕している。
その瞬間は、死という物の持つ可能性さえも、人は、それを受容したり、否定したりして、凌駕しているんだ。
だが。だが。やがて、訪れる、慣れや晩秋が、人を堕落せしめてしまう。
「一しゃん。頑張らないで。わえ達の事なんて、考えなくって良いわ。皆、それぞれ、好きに生きてるんだから。一しゃんに何かを背負わせようなんて、誰も思ってなんてないわ」
「俺は、そんな事は、思ってはいない」
「自分の未来も背負わないで。今を、生きるの。一瞬一瞬を楽しむの。どんな未来が、どんな結果が、これから生きて行く先に待ってるとしても、今を楽しむ為に生きるの。今を、そういう物に縛れたりしないで、自由に生きるの。生きて行く先に、どんな未来が、どんな結果が、訪れたとしても、そんな物、笑って、受け入れてしまえば良いだけなんだから。それで、また、歩き出せば良いだけなんだから」
お母さんスライムが、言い終えると、町中一から、体を離す。
「俺は、捻くれているから、はいそうですかって、お母さんスライムの言葉を受け入れる事はできない。それに。納得もできていない」
町中一は、お母さんスライムの顔を見つめている目に、ぐっと力を込めた。
「けど、ありがとう。何か、何かが、俺の中で、変わったような気がする」
小説とは、小説を書くという行為とは、俺にとって、なんなのだろうか? ……。けど、今は、皆のお陰で、前よりも、前向きに書こうとは思えている。我ながら、本当に、単純だと思うけど、これは、きっと、俺に訪れた何かしらの変化だ。
町中一は、そう思うと、なんだか、元気が湧いて来るような、そんな、気がした。
「一しゃん。表情が明るくなったうが」
うがちゃんが言い、かわいい顔にかわいい笑顔の花を咲かせる。
「なんだか、俺の話になっちゃっていたな。皆、ごめん。今は、小説の事を、皆に教える為の時間だったのに」
「本当よ。次にこんな事を言い出したら、問答無用で、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~を、チーちゃんにやってもらう事にするから」
スラ恵が、町中一から離れて、楽しそうに歌うように言う。
「いつでも〜? イケる〜?」
チーちゃんが、町中一の頭の上から飛び立ち、皆の周りをくるりと一周した。
「それは、困る。それで、えっと、元々は、なんの話をしていたんだっけか? 取り敢えず、もう、自由がどうとか、才能がどうとかっていう話はやめよう。その辺の話をすると、また、俺の話になっちゃいそうだからな」
「そういう言い方をされると、なんだか寂しいわぁん」
「深い意味はないんだ。気にしないでいてくれると嬉しい」
「わえは、小説を書く為の心構えみたいな物を、今までの話から学んだ気がしてるわ」
「そうか。そう言ってもらえると、助かる」
「次は~? 何する~?」
町中一の頭の上に戻って来ていたチーちゃんが、町中一の額の上から、足をぶらぶらとさせつつ言う。
「うーん。そうだな。取り敢えず、どんな物でも良いから、自分で何かしらを書いてみるっていうのも、良いかも知れないな」
「それ、良いわね。楽しそう」
スラ恵が、ずいずいっと身を乗り出した。
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