五十 明日の君へ その一 小説とは? の五 ~或いは、過去の自分との邂逅~

 お母さんスライムが、不意に無言で、歩き出して、町中一の傍に来ると、そっと、町中一を全身で包むようにして抱き締めた。




「苦労して来たのね。話はさっき聞いたけど、それだけでは伝わらない物が、たくさんあったのね」




「急に、何を。こんな事されても、困る」




 町中一は、お母さんスライムの、抱擁から抜け出ようとしたが、スラ恵が抱き付いて来たので、抜け出る事ができなくなってしまった。




「スラ恵も慰めてあげる」




「チーちゃんも~?」




 チーちゃんが、久し振りに、災害級のお胸を、町中一の顔の口の辺りに、押し付けて来る。




「ふぐぐぐぐぅぅ」




 町中一は声を上げたが、口を塞がれているので、その声は言葉にはならなかった。




「うがもうが。一しゃん。元気を出してうが」




 うがちゃんも抱き付いて来て、もう、何がなんだから分からない状況になってしまう。




「わおーおん? これも参戦させろなんだわん」




 柴犬が、自分だけ除け者みたいになっていて、皆狡いとばかりに、非難がましい声色で言って、両方の前足を上げると、町中一の足に抱き付く。




「あ、あれ? わん? こ、腰を振りたくなっちゃうんだわん?」




 柴犬が、そんな事を言い出し、一心不乱に腰をカクカクと振り始めた。




「出遅れちゃったじゃないぃん。あたくしもよぉん」




 ななさんが、町中一に近付くが、ななさんには、手がないので、抱き付く事ができなかった。




「何よぉん。こんなの、こんなの、しどいじゃないぃん。あたくしだけ、仲間外れなんてぇん」




「ななさん。こっちよ。わえの手に」




 お母さんスライムが、片方の手をななさんに向かって伸ばす。




「どうするつもりなのぉん?」




 ななさんが、わざとらしく恐る恐るといった体を装って、お母さんスライムの手に近付いて行った。




「こうするの」




 お母さんスライムが、ななさんの打面の裏側に、手を当て、ななさんを持つと、そのまま、打面を町中一の体にくっ付けるようにし、町中一を抱き締める。




「ああ~ん。これよ、この感じいぃん。良い~いぃん。良いわぁん。お母さんスライム。ありがとぉん」




 ななさんが、露骨に喘いでいるような声で、とても嬉しそうに叫んだ。




「むぐうぐぐぐぐ。うぐぐぐぐぐぅぅぅ。むぐぅうん。ふがぐぅん。ふんぬぅうるいん」




 町中一は、皆。気持ちは嬉しいけど、離れてくれ。こんなふうにしてくれてありがたいけど、色々な意味で、ヤバいから。体が反応して、恥ずかしい事になっちゃうから。と声にならない声を上げる。




「こんなに喜んで」




「お母さん。このまま、どう?」




「あら。スラ恵。それはとても魅力的ね」




「このまま、何をするうが?」




 お母さんスライムが、うがちゃんの顔をじっと見つめてから、優しい笑みを顔に浮かべた。




「今は、やめておきましょう。今回だけは、一しゃんの顔を立ててあげるわ」




「え~? スラ恵は、もう、戦闘モードに入って来てるのに~?」




「それにね。お母さんね。さっきの、スラ恵と一しゃんとの会話を聞いてて、一しゃんに言いたい事を思い付いちゃったのよ。その思い付いた事は、今話した方が良いと思うの。だから、ね。我慢して」




「もう。しょうがないな。お母さんがエッチを我慢するなんて、よっぽどの事だもんね。分かった。今回は我慢してあげる」




「ありがとうスラ恵。それで、一しゃん。わえね。さっきの、スラ恵と一しゃんとの会話を聞いててこんな事を思ったの」




 お母さんスライムがそこまで言って、一度言葉を切ると、キュっと町中一を抱く手に優しく、今までよりも力を込め、幼子に話して聞かせるような、ゆっくりとした口調で、話し出した。




「一しゃんは、結果ばかりを追ってると思うの。でも、そこに至るまでの過程も大事だとわえは思うわ。もちろん、結果も、それに、目標や、どうなりたいかとか、どうしたいかっていうのも、とても大事だと思うの。けど、そればかりを見ていたら、他にもある大切な物を、大事な物を、見落としてしまうと思うわ」




 お母さんスライムが、再び言葉を切って、町中一の反応を見るような顔をした。




「ふがぐん。ふんむるいがん。ふふむむいむん」




 過程が大事? それはもちろんそうだと思う。けど過程はあくまでも過程だ。そこには絶望はない。結果が出た時に、傷付いたり絶望したりするんだ。だから、やっぱり結果がすべてなんだ。町中一は声にならない声で反論する。




「そうかしら? それは感じ方の問題だと思うわ。さっき一しゃんが言ってた誰かの本を読んで、自分には書けないと、思ってしまうっていう事っていうのは、挫折や、絶望に繋がる事だと、わえは思うの」




「ふががぐん?」




 言葉が分かるの? と町中一は、聞いた。




「チーちゃん〜? 邪魔〜?」




 チーちゃんが、珍しく空気を読んで、町中一の口の辺りから離れると、そのまま上昇して行き、町中一の頭の上に座った。




「分かるわ。なんとなくだけど」




「チーちゃん。ありがとう。これでやっとちゃんと話ができる。お母さんスライムは凄い特技があるんだな。って、今は、それは置いといて、話の続き。感じ方が違うといったって、それも、ただの、通過点を感じているだけに、過ぎない。それを乗り越えなきゃ、先には進めない」




「思い出してみて。一しゃん。貴方も昔は、そうだったんじゃない? その通過点である、様々な出来事に一喜一憂して、書く事を、小説の事を考える事を、楽しんでたんじゃない?」




「通過点で、一喜一憂?」




 町中一は、何か、心に引っかかる物を感じて、そう言葉を出すと、何が心に引っかかったのかを考え始めた。

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