四十九 明日の君へ その一 小説とは? の四 ~或いは、過去の自分との邂逅~

 スラ恵とお母さんスライムが、顔を見合わせてから、何やら、微笑み合い、それから、二人して、町中一の方に顔を向けた。




「そんなの、大した問題じゃない。スラ恵達を見なさいよ。スラ恵達なんて、生きている事自体が奇跡みたいな生き物なんだから。何も持ってないんだから。弱い、弱い、弱い、の三ワイなんだから」




「なんだよ三ワイって」




「今作った言葉よ。あ。でもでも、どうせなら、一つを卑猥にしておいた方が良いかも?」




 スラ恵が言って、とってもとっても、素敵が笑みを顔に浮かべる。




「本当に、スラ恵とお母さんスライムは、ブレないな」




 うがちゃんは、とっても素直だ。チーちゃんは、とっても能天気かな。そして、この二人は、とっても、エッチな事に関してだけだけど、一途だ。皆、それぞれ、持っている物がある。これらを活かせれば、皆が、各々、自分にしか書けない何かを、見付けられるかも知れないな。けど、たとえ、そういう物を見付けられたとしても、やっぱり、それが、人に、世の中に認められるかどうかは、才能と、運と、運という物だって、そういう物を引き寄せて来る事ができる、才能がないと駄目なんだよな。町中一は、そう思って、暗澹たる気持ちになった。




「一しゃん? どうしたうが? なんだか、元気のない顔をしてるうが」




「あ、ああ。ごめん。皆、それぞれ、小説を書く為の武器になるような、良い物を持っていると思う。だけど、やっぱり、皆の書いた小説が、日の目を見るには、人の目を惹くには、優劣なんてないって言っていたけど、そういう物を、決める場所に、小説を出したとしたら、才能がないと駄目なんだ。俺が何を言っているのか、今は、分からないと思う。だけど、これだけは、覚悟をしておいて欲しい。皆、きっと、想像を絶するような、絶望感を、いつか、味わう事になってしまうかも知れない。俺は、その事を考えると、このまま、皆に小説を書くという事を、教える事に尻込みをしてしまう」




「何よ。さっきから才能才能って。そんなのその時になってみないと分からないじゃない。それに。その才能ってのがなくって、いくら書いても、日の目を見る事がなくっても、そんな事どうでも良いじゃない。ただ、やりたいから、好きだから、楽しいから、っていう理由で、小説をやってちゃ駄目なの?」




「それは、もちろん、駄目じゃない。駄目じゃないけど。何かを期待してしまった時、何かを得たいと思ってしまった時、その為に、どんなに努力をしても、何を捨てても、何事をも成し得なかったとしたら? 何者にもなれなかったとしたら? 小説を書くという事に、すべてを注ぎ込んでいたとしたら、何も、他になかったとしたら、もう、絶望しかないんだ」




 町中一はそこまで言って、口を噤んだ。




「アホくさ。何それ? スラ恵は、今、こんなふうに、小説の事を聞いたり、教えてもらってたりして楽しいの。で、書きたいと思ってるの。それで、何かをしたいとか、何かを得たいとかって思ったとしても、それが駄目だったからって、後悔なんてしない。書いてるだけで良いって思えると思うもん。だって、それだけで、楽しそうだもん。スラ恵はエッチが好き。でも、自分のエッチの上手い下手なんてどうでも良い。相手に下手だって言われて、嫌われたら、それは、傷付くけど、努力はすると思う。努力して、それでも駄目だったら、それは、もう、それでしょうがないじゃない。だって、相手の気持ちとか考えとかがあるんだもん。でも、そういう事があったからって、エッチな事は嫌いにならないと思うし、ううん。もしも、嫌いになりそうになっても、嫌いにならないように頑張りたいって思うと思う。っていうか、エッチについては、そう思って来た。でも、まあ、エッチに関しては、まだ、下手なんて言われた事はないけど」




 なんと、甘ちゃんな事を。そんな事を言っていたって、その時になったらどうなるか分からない。エッチな事だって、嫌いになるかも知れないんだ。スラ恵の言っている事は、ただ、無知だから、まだ、何にもぶつかっていないから、言えているっていうだけの物だ。町中一は、そこまで思うと、自分の中に生まれた、自分でも嫌な感じのする、負の感情を抑えられずに、その感情に流されるようにして、口を開いた。




「スラ恵。ごめん。きつい事を言う。でも、そんな次元の話じゃないんだ。本当に、もう、トラウマになる位に、絶望を味わう事になるかも知れないんだ。俺は、皆を脅したいとか、嫌がらせをしたいとかで、こんな事を言っているんじゃない。何もできなかった者として、何者にもなれなかった者として、皆に、俺みたいな、こんな、女々しくって情けない奴になって欲しくなくって、俺みたいな思いを抱いて欲しくなくって、言っているんだ」




 町中一は、言い終えてから、俺は、本当に、駄目な奴だ。すぐに自分の思った事を、何も考えずに、言葉にしてしまう。こんなふうに、すぐに後悔するなら言わなければ良いのに。それに、嘘だ。俺は嘘を吐いている。皆の為とか言っているけど、自分の為にだって、言っている。自分のどうしようもない、はけ口のない、未だに、燻っていた、どうしようもない、思いを、この状況を利用して、無責任に、八つ当たりをする為に、吐き出している。俺は、小説の事がなくっても、女々しくって、情けない奴なんだ。皆を、傷付けるような事を言ってしまって。と、そう思い、顔を静かに俯けた。

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