四十五 主様(あるじさま)?
町中一は考え続ける。考え続け、やがて、ある考えに行き付いた。それは、魔法で何かを出しても、また消せば良いじゃないかという、もう、何度か既に考えた、あの、免罪符的な、至極、楽天的な、考えだった。消してしまえばなしにできるのだ。失敗し放題。この言葉の、なんと、甘美で、心強い響きよ。町中一は、すうぅーっと深く息を吸うと、まずは、適当なので良いや。と思い、ふっと、頭の中に浮かんだ、この世界の森羅万象を知り尽くし、知り得ている知識のすべてを使いこなし、不可能を可能にし、強大な悪を粉砕、おっとこれ以上は、露骨なパクリなるからいけない。まあ、そこは心の中で言っておくとして。そんな能力を持った、かわいい柴犬を出そうと決めて、魔法を使った。
「きゃーうが。何か、出て来たうがー」
柴犬が何もいない虚空から突然現れると、うがちゃんが、興奮した様子で、声を上げる。
「あらぁん。あんたん。急にワンコなんてどうしたのぉん? でも、ポメラニアンじゃないのねぇん」
「まあ、な。ポメちゃんはかわいいけど、たまには、違う犬種もな。死ぬちょっと前に、柴犬の出て来る動画にハマっていた事があったんだ。あれは、実に良い物だった」
町中一は、生前見ていた、動画に出て来ていた、かわいい柴犬に思いをはせた。
「これは、なんていう生き物なの?」
スラ恵が不思議そうな目で、柴犬を見つめて言う。
「犬だ。この世界には犬はいないのか?」
「獣人には、それっぽいのは、いるわね。でも、この子みたいな四つ足の子には、似たようなのは、でも、この子、角はないし、大きな牙も大きな爪もないから、ちょっと、違うかしらね」
お母さんスライムが、興味津々といった目を、柴犬に向けて、スラ恵の代わりに、町中一の言葉に答えた。
「むぅ~? マスコット的な~? 立ち位置だと~? チーちゃんと被る~?」
チーちゃんが、とっても、非難がましい表情をしつつ、柴犬と、町中一の事を、交互に、睨んだ。
「いやいやいや。チーちゃんは、ほら、あれ、えっと、なんだっけ? ああ。そうだよ。チーちゃんは、妖精騎士じゃないか。このワンコには、そんな能力はないからな。きっと、大丈夫だよ」
「本当に~? このワンコ~? は~? チーちゃんよりも~? 弱い~?」
チーちゃんが露骨に、嬉しそうな表情になって、柴犬に近付いた。
「だからといって、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~は、やっちゃ駄目だからな」
「え~? 外なら良い~?」
「駄目。この子には、どこでも、そういう事をしちゃ駄目」
「え~? どうして~? どうして〜? 駄目〜?」
チーちゃんが、ニマニマと実に悪そうな笑みを顔に浮かべつつ、ねっとりと、絡み付くようにしつこく聞いて来る。
「この子みたいな動物は、人とコミュニュケーションが取れないんだ。言葉を話す事ができないからな。だから、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~なんて事をしたら、それは、ただの、弱い者いじめになる。一方的に、文句すら言う事のできない相手に、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~なんかをして、チーちゃんは楽しいか?」
チーちゃんが、何かを考えている表情になって、柴犬の方に目を向けた。
「うがが。その子、先祖返りしてるうが? 村にその子に似たような人がいたのを思い出したうが」
「そういや、スラ恵がさっき似たようなのが、獣人にいるって言っていたな。ワンコはやめたほうが良いか。うがちゃんは熊さんだもんな。そうなるとあれか」
この世界では、俺の世界にいた動物達が、獣人というような物になっているのかな? と町中一は、言ってから、そんな事を思う。
「そんな心配はいらないわん。ちゃんと話はできるし体の構造状できない事以外はなんでも一人でできるんだわん。だからこのままで問題ないわん」
柴犬が、突然口を開くと、そう言った。
「しゃ、喋った〜」
「きゃーうが」
「格好良い〜?」
「ふふーん」
「あら素敵じゃないの」
「語尾がわんてぇん」
皆が驚きながら一斉に言葉を出した。
「お前、喋れたのか?」
「当たり前だわん。喋れなきゃ、主様の調べたい事を調べても、その結果を伝える事ができないんだわん」
「あ、主様?」
はい? え? 今、主様って、言っていたよな? それって、俺の事だよな? おほー。リアルでそんな事言われたのは生まれて初めてだぞ。これは、なんというか、嬉しいというか、こそばゆいというか、それでいて、何やら、自分が偉くなってしまっているような。うん。うん。主様か。実に、素晴らしい言葉だな。そうか。俺は、主様なのか。町中一は、そう思うと、目頭が熱くなるのを感じた。
「主様。それで、何を調べるわん?」
「そうだった。この世界に、本とかはあるのか?」
「あるわん。ただ、王都みたいな、かなり栄えている場所でしか、流通はしてないんだわん」
「じゃあ、あっちの世界にあったような、小説の賞とかなんてのは、ないって事か」
「ないわん。でも、自分達で出版してしまえば良いんだわん。主様の魔法とこれの知識があればなんでもできるんだわん」
「これ?」
「これとは、これが自分の事を指してる言葉なんだわん」
「面白い一人称だな。だが、そうか。自費出版か。取り得ず、その辺の事は、また、後で考えるか」
「他には何を調べれば良いんだわん」
「いや、他には、今は、特に、ないかな」
「それでは、やる事がないんだわん」
「何もない時は、自由にしてくれていて良い」
「それはできない相談だわん。常に主様の傍にいて、主様が何か調べたい事があったら、すぐにでも答えられるようにしておかないと、いけないんだわん」
「お、お前~。なんてかわいい奴なんだ」
町中一は、恥も外聞もかなぐり捨てて、柴犬に、縋り付くようにして、抱き付いた。
「あ、あ、あぶぶぅぅ。主様~。き、急に、何をしてるんだわん。やめるんだわん」
柴犬が、町中一の腕の中から抜け出ようとして、ピョンピョンと跳び上がりつつ、もがく。
「おお。ごめん。嫌だったか。ついつい、かわいくってな。これからは、気を付けるよ。普通のワンコとは違うんだもんな。悪かった」
町中一は、慌て、柴犬から離れた。
「そ、そういう事じゃないんだわん。べ、別に、あんなふうに、いつも接してくれても構わないんだからわんね」
柴犬が、尻尾を激しくフリフリしながら、怒ったように言い、顔をプイっと横に向けた。
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