四十六 明日の君へ その一 小説とは?

 柴犬の発言を聞いた、皆が、何やら、不思議そうな顔をして、柴犬を見つめる。町中一は、ほほう。皆は今の柴犬の発言の意味が分からないようだな。こっちの世界には、いや、それは違うかも知れないぞ。ここにいるメンバーには、まだ、ツンデレという概念は早かったという事かも知れんな。だが。俺には分かる。この柴犬、いやさ、なんでも知り尽くしている柴犬の形をしたこいつは、ツンデレだ。ひゃっはー。なんたるかわいさ。むほほうー。こいつは今すぐにわしゃわしゃするしかねぇー。そして、また、ツンデレろやー。と、町中一は、そんな事を思うと、柴犬に向かって手を伸ばし、体のあちらこちらを激しくわしゃわしゃした。




「や、やめーっ。でも、でも、やめちゃやー。はひ、はひー。息が、息が切れるんだわん。でも、もっと、もっとなんだわーん」




 柴犬が酷く興奮したようになって、言いながら、クルクルと回転したり、尻尾をグルングルンともげそうなくらいに振ったり、町中一の手や腕などを甘噛みしたりし始める。




「な、何? なんなの? あれは、気持ちが良いの?」




 流石というべきか、快楽を求める事に、貪欲なスラ恵が、何かを察したらしく、町中一と柴犬の行動を見て、いち早く反応した。




「わえ達もやってみれば良いのよ」




 お母さんスライムが言って、スラ恵の前に体を投げ出す。




「お母さん」




「スラ恵」




 スラ恵が、お母さんスライムの体を、わしゃわしゃし始めた。




「これは、あたくしも」




 ななさんが、相手を探すかのように動き、チーちゃんとうがちゃんの方に打面を向けて、しばしの間、動きを止めてから、町中一の傍に来る。




「あんたん。そんな事してる場合じゃないわぁん。早く書きなさいよぉん。朝になったら出発するんだからぁん。夜の間しか書けないのよぉん」




 ななさんが、悔しそうに、町中一の頬を、ペシペシと打面で叩きながら言った。




「ふっ。いくら、自分をわしゃわしゃしてくれそうな人がいなかったからって、八つ当たりはどうか思う」




 町中一は、ニヤリと笑う。




「きぃー。あんたん。あたくしにも何か出しなさいよぉん。自分だけ、こんなワンコを出して狡いわよぉん」




 ななさんが、ペシペシを加速させて、ベシベシにして来た。




「痛い痛い。ななさん、ちょっと、痛いって」




 町中一は、柴犬から手を放し、その手で、ななさんのベシベシから、自分の顔を庇う。




「ななさん。止めるんだわん。主様に手を出したら、許さないんだわん」




「何よぉん。許さないって。犬畜生ごときに何ができるっていうのよぉん。それに、何が主様よぉん。この男の相棒はあたくしよぉん。あんたんなんかに、渡さないわぁん」




 ななさんが、言い終えると、威嚇するように、うぅぅぅぅぅっと唸る。




「ふんっだわん。相棒というわりには、ダメダメなんだわん。ななさんは、主様の為に大した事はしてないんだわん。この世界で起きた事はなんでも知ってるんだわん」




「何を言ってるのぉん。あたくしとこの男との、心の絆の事は見えてないのねぇん。目で見えてる事だけが、すべてじゃないのよぉん」




 柴犬とななさんが、激しい舌戦を繰り広げ始める。




「よーし。うがちゃん。俺達は、小説でもやるか」




 ここで止めに入ると、今までの傾向からいって、高確率で、俺が責められる事になりそうだ。と思った町中一は、触らぬ神に祟りなしとばかりに、ななさんと柴犬の言葉の応酬が、まるで、まったく聞こえてはいないかのように、振舞う事にした。




「ちょっと。スラ恵達も、やるって言ってるでしょ?」




「お母さんは、スラ恵とのエッチな日々の事を、書きたいわ」




 わしゃわしゃが、全然気持ち良くなかったのか、酷く冷めた表情になって、わしゃわしゃを止めた、スライム達が言う。




「チーちゃんも~? 参加する~?」




 スライム達に続いてチーちゃんが言い、断ったら分かっているだろうな? と示すかのように、片方の足を、クイクイッと動かした。




「分かった。でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~は、今は、嫌だからな。じゃあ、皆でやろう」




 言ってから、町中一は、チーちゃん。恐ろしい子。だって、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~をやられたら、どうなるか分からないだもん。と思う。




「早く~? 早く〜? 何か~? やって~?」




 チーちゃんが、まったくの時間的猶予も与えてくれず、まったくの容赦もなく、催促して来たので、町中一は、慌てて、さて、小説の事を教えると言ってもな。何から話すかな? と考えた。




「じゃあ、物語とは何か。小説とは何か。という事から話す事にしようか」




 町中一は、言い終えると、皆の顔を見るように、顔と目を動かす。




「はいはいーい。先生。今日の授業には、エッチな話は出て来ますか?」




「スラ恵君はいつもエッチな事ばかり考えているんだなあ。まったく困ったもんだ。だが、好きな事があるという事は、小説を書く事においては強みになる。それがたとえ人に言えないような事でもだ」




「人に言えないんじゃ、他人に読ませられないんじゃないかしら」




 お母さんスライムが、何か、思うところがあるような顔になる。




「何から何まで、架空の事を書いたって良いんだ。それで、その小説の登場人物に、自分の言いたい事を語らせたって良い。なんなら、登場人物の中の一人を自分だと思って書いたって良いんだ。そうすれば、そいつの事を書くんだから、誰に憚る事なく堂々と、なんでも好きな事を書けば良い」




 町中一の言葉を聞いていた、うがちゃんが、キラキラと目を輝かせた。

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