四十一 オッサンフェアリーテイル

四十一 オッサンフェアリーテイル




 うがちゃんが、うが~ん。うが~ん。と、時折、言いながら、泣き続ける。途方に暮れていた、町中一は、ぼんやりと、そんなうがちゃんの姿を見つめつつ、ああ。また、この子は、泣いている。この子を泣かさないようにするには、どうすれば良いのだろうか? と考え始めた。




「あんたん。あんたん。そろそろ目が覚めたぁん?」




 部屋のドアがノックされ、その音に続いて、ななさんの声が聞こえて来た。




「ななさん」




 町中一の声を聞いた、ななさんが、どうやってドアノブを動かしたのかは分からないが、ドアを開けて、部屋の中に入って来る。




「ちょっとぉん。あんたん、何してるのよぉん。この子泣いてるじゃないぃん」 




 ななさんが、うがちゃんに近付いて行くと、優しい労るような声で、どうしたのぉん? 大丈夫ぅん? 何があったのぉん? と声をかけた。


 


「俺が悪いんだ」




 町中一は、ここに至るまでの経緯を、簡潔に、感情を交えずに、淡々と説明する。




「あんたん。ちょっとやり過ぎじゃなぃん? あんたん、何様のつもりなのよぉん? あんたんは、今、何歳なのぉん? あんたんは、この子の親じゃないのよぉん」




 ななさんが、町中一の方に打面をむけて、責めるような口調で言った。






「そう言われてもな。俺は」




 町中一は、うがちゃんが、まだ泣いている事を考えると、言葉を切った。




「何よぉん?」




「今は、俺の事より、うがちゃんを慰めてやってくれ」




「泣いちゃってごめんなさいうが~。一しゃんは悪くないうが~」




 うがちゃんが泣きながら声を上げる。




「うがちゃん~? 仕返しする~? でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~?」




 ドアの隙間から、羽音を鳴らして、チーちゃんが入って来て、うがちゃんの頭の上にストンっと座り、町中一を睨むような目で見た。




「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~はやめて~うが~ん。一しゃんがまた気絶しちゃったら嫌だうが〜ん」




 うがちゃんが泣きながら言い、チーちゃんを両手で掴むと、胸の前の辺りまで、チーちゃんを持って来て、キュウッと抱き締める。




「あんたん。うがちゃんはチーちゃんに任せれば良いわぁん。とにかく、あんたんは接し方を改めるべきなのよぉん。もっと、年相応にやらないと駄目よぉん」




 ななさんが、町中一の右の頬を打面で、ペシペシと叩いた。




「だから、そんな事言われてもな。無理だろ? 外見はこんなだけど、中身はオッサンなんだ。しかも、俺なんて、こんな事、自分で言いたくないけど、人格破綻者だぞ? 前世では、小説の為に、できるだけ、人と接しないようにして、世捨て人みたいな生き方をしていたんだ。大体、年相応ってなんだよ。ななさんこそ、無責任過ぎだろ?」




「世捨て人てぇん。でも、そうねぇん。年相応は、ちょっと、適当だったかも知れないわぁん。あんたんの年相応なんて、もう、性欲の権化みたいな姿しか、想像できないものぉん」




「あのなあ。人をどんな奴だと思っているんだよ?」




「あんたんの、実家の、思春期の頃の部屋の中、凄かったじゃないぃん。エロ本とエロビデオと。今でも覚えてるわぁん。お母さんが、ベッドの下を見ちゃった時の、あの、なんとも言えない顔」




 町中一は、思わず、ぶほぉっと噴き出してしまう。




「見ていたのか? あの、友達から借りていた、漫画版SMロングシューターを親が発見した瞬間を?」




「もちろんよぉん。あれは、切ない出来事だったわぁん。よりにもよって、一番最初に親が発見したエロ本が、漫画版SMロングシューターだったなんてぇん。せめて、もっと、ノーマルな物だった良かったのにねぇん。あれには、お母さんもあたくしもドン引きだったわぁん。他の事だって、あるわよぉん。部屋の中にあったゴミ箱の中のティッシュを、飼っていたワンちゃんがフゴフゴ言いながら漁って、お母さんの所に持って行ってた事とかぁん。あの、あんたんの子供部屋で起こってた事は、あんたんよりも、あたくしの方が、たくさん知ってるのよぉん」




「それは、……。参った」




 町中一は、なんだか、情けないような、それでいて、あの頃の、子供の頃の事が、酷く懐かしいような、妙な気持ちになって、溜息を吐いた。




「魔法を使うわけには、いかないしねぇん」




「俺もそう思う。うがちゃんの経験とか、心の成長とかっていう物を、大事にしてあげたいと思う」




「あんたんの事を、話したらぁん?」




「俺の事?」




「中身の事よぉん。中身はオッサンだって言うのよぉん。前世の記憶の事なんかも全部含めてぇん」




 町中一は、ななさんの言葉を、頭の中で反芻しながら、うがちゃんの方に顔を向けた。




「それは別に構わないが、幻滅されそうだ。これから先の旅に、支障が出ないと良いけどな」




「何を言ってるのよぉん。そんな事にはならないわぁん。あんたんは、ちょっと捻くれてるけど、良い人間なんだからぁん」




「ななさん。ありがとう」




 ななさんの方に顔を向けていた町中一は、改めて、うがちゃんの方に顔を向ける。




「うがちゃん。俺の話を、聞いてくれないか?」




 町中一の言葉を聞いた、うがちゃんがしゃくり上げながら、小さく頷くと、町中一の、目をじっと見つめた。




「チーちゃんも~? 聞く〜?」




「ああ。うがちゃんと、一緒にいてやってくれ」




 町中一はそう言って、しばしの間、心を落ち着かせる為に沈黙してから、自分に事について、できるだけ、聞きやすいようにと、物語ふうに話すように、工夫しながら、話し出した。

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