三十九 交渉

 うがちゃんが、自分の足を見て、そのまま、しばらくの間、じいーっと、自分の足を見つめてから、顔を上げて、町中一の目をじいーっと見つめて来た。




「どうした?」




「一しゃんの魔法は凄いうが。うがは思ったうが。その魔法で、うがの家には行けないうが? きっと、あっという間に、着くと思ううが」




 はわわわわ~。その手があった。って、それって、前に考えたっけか? 考えなかったっけか? むむむ~ん。思い出せん。でも、さてさて。どうしたものか。確かに、そうすれば、余計な手間も、スライム達のアホな行動に悩まされる事も、これから、道中で、起こるであろう、ハプニングに対する心配もなくなる。……。だが。それで良いのだろうか? と町中一は、見るともなしに、うがちゃんの顔を見ながら思う。




「一しゃん?」




「うがちゃんは、その方が良いか?」




「うががが。それは」




 うがちゃんが言葉を途中で切ると、何かを考えているような顔になった。




「俺は、このまま旅をするのも良いと思う。こういう経験って、意外と、大事かなって思うんだ」




「うがも、うがもその方が良いと思ううが。魔法で行くのはやめるうが」




「急に変わったな。俺の顔を立てようとしてくれているのなら、そんな事は気にしなくって良い」




 うがちゃんが、頬をちょっぴり、赤く染めて、小さく頭を振る。




「うがは、このままが良いうが。一しゃんと、うがががが。皆と、旅を続けたいと思ったうが」




 うがちゃんが、言い終えると、しゅっと素早く顔を俯けた。




「そっか。それなら、そうしよう。楽しい旅にしないとな」




 うーん。うがちゃん、積極的になって来ているよな。俺には、女神様がいるからなあ。これは、どうしたものか。うがちゃんを、傷付けるような事は、したくは、ないんだけどな。町中一は、うがちゃんの、顔を俯けている姿を見ながら、そう思う。




「ちょっとぉん。あんたん。何をやってるのよぉん。早く中に入れてよぉん」




 ななさんが言い、玄関のドアをノックする音が鳴る。




「おっと。そうだったそうだった。交渉をしないと」




 町中一はドアに近付くと、鍵を開けて少しだけドアを開いた。




「何よぉん。もっとちゃんと開けなさいよぉん。これじゃあたくしでも入れないわぁん」




 ななさんが、ドアの隙間に、ラケットの体を入れようとしながら言う。




「すまん。ななさん。ドアは開けられない」




「何よぉん? どういう事よぉん?」




「スラ恵ちゃん。家に入りたいなら、うがちゃんとの勝負の話はなしだ。そうしてくれないとこの家には入れられない」




 町中一は、言い終えると、すぐにドアを閉じた。




「はあん? なんなのよぉん。どういう事なのよぉん」




 ななさんがプリプリと怒る。




「分かった。勝負の話はなし。うがちゃん。それで良いよね?」




 そんなスラ恵の声が、ドア越しに、聞こえて来た。




「スライムさんが、それで良いなら、うがは、それで良いうが」




「あんたぁん。これで良いのぉん?」




「後は、そうだな。エッチなのは、なしだ。この家の中では禁止。変な事をしたら、すぐに出て行ってもらう」




「ちょっとぉん。横暴だわぁん。あんたん、何様のつもりよぉん」




「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~? 駄目~?」




 チーちゃんが、何やら不満そうな声を出す。




「駄目だ。それも禁止」




「じゃ~? この家に~? でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~?」




 チーちゃんが言ってから、すぐに、家がグラグラと揺れ始めた。




「な、なんて事を。本当に、やっているのか?」




「あんたん。なんとかしないと、家が壊れちゃうわぁん」




 ななさんが、悲鳴のような声を上げる。




「まったく。チーちゃんには困ったもんだな。チーちゃん。それじゃ、チーちゃんだけ、外で良いのか? 皆は、中に入れるから、このままだとチーちゃんだけ一人ぼっちになっちゃうぞ」




「あんたん。どうしたのぉん? 急に、真っ当な事を言い出してぇん」




「俺は、熱しやすく冷めやすい男だからな。今は、冷め冷めモードなんだ」




「勝手過ぎだわぁん」




「そんな事より、早く中に入れてよ」




 スラ恵がそう言ったので、町中一は、そうだったな。どうぞ。と言って、鍵を開け、ドアを開けた。




 ブィーンっという羽音とともに、町中一の顔の横を、何かが素早く通り過ぎる。




「おふぉ? な、なんだ? なんか、家の中に飛び込んで来たぞ」




 町中一は、言ってから、うへぇ。虫か? 俺は、こう見えても、虫は苦手だぞ。もう。どうするんだよっ。つーか。なんで、虫って家の中に入って来るんだ? 本当に迷惑だよな、あいつら。と思いつつ、家の中を見回した。




「ふっふーん? チーちゃんでした~?」




 ブーンっという羽音を鳴らして、何かが町中一の傍に来て、顔の前でホバリングして、そんな事を言う。




「チーちゃん。駄目じゃないか。そんな、悪い事しちゃ。ちゃんと言う事を聞かないと、森に帰ってから、妖精女王に怒られるぞ」




「女王が怒っても怖くない~?」




 チーちゃんが言って、どこかへ飛んで行ってしまう。




「あっ。チーちゃん。逃げた」




「あんたん。良いじゃなぃん。大体、あんたが悪いのよぉん。いきなり家を出して、あたくし達を家に入れないとか言って、意地の悪い事をしてぇん」




「あれは、そんな、意地悪をしたかったんじゃない。うがちゃんの教育の為だ。スライム達。頼むから、うがちゃんの前で、エッチな事はしないでくれ」




「一しゃん~? 意地悪~?」




 唐突に、チーちゃんが戻って来ると、町中一に、くえた~でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁ~ですとらくしょんんん~をお見舞いした。

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