二十九 気遣い

 町中一は、うがちゃんの目を見つめ、うがちゃんは、ここにいて、一緒に話を聞きたいと言っているけど、スライムとの話は、やっぱり、聞かせない方が良いよな。でも、どうやって、魔法か。でも、こういう事で、人の感情とか心とかに関わる事で、魔法を使うのはな。全然知らないどうでも良い奴とかなら構わないけど、うがちゃんだからな。あんまり軽率な事はしたくないしな。さて、これはどうしたものかな。と思う。




 町中一に見つめられているうがちゃんが、くうぅん。と、子犬の鳴き声のような物を漏らし、顔を俯けて、町中一に抱き付いている手に力を込めた。




「あんたん。あたくしに良いアイディアがあるわぁん」




「ななさん。それ、大丈夫な奴?」




「ちょっとぉん。失礼ねぇん。あたくしの発言に大丈夫じゃない事なんて、一度もなかったはずだわぁん」




 町中一は、ななさんの発言の数々を思い出そうとして、すぐに、何も思い出せないと悟ると、思い出す事を諦めた。




「分かった。どんなアイディア?」




「今の、ちょっとの間に、何か凄く、悲しい物を感じたけど、まあ良いわぁん。うがちゃん。この男、町中一は、前世では、小説を書いてたのよぉん。だから、物語を作るのが得意なのぉん。今から、うがちゃんに、この男が、物語を聞かせるわぁん。だから、それを聞いたら、あたくし達がスライムと話をしてる間は、あたくし達の話が聞こえない所に行っててちょうだいぃん」




「え? 小説? 物語? うが?」




 ななさんの方に顔を向けていた、うがちゃんが、小首を傾げた。




「ほら、あの、あれだ。さっき、うがちゃんは、泣きそうになったろう? それって、スライムの気持ちを考えたからだろう? ななさんは、俺も、そうだけど、直接、俺達とスライム達との会話はうがちゃんには、聞かせたくないんだ」




 でも、なんで、物語を聞かせるんだろう。と町中一は思いつつ言う。




「なんで? うが?」




「それは、ええっと、あの」




 町中一は、ななさんに、助けを求めるような視線を送る。




「あ、あたくし? ここでぇん?」




 町中一は、何も言わずに、力強く頷いた。




「もうぉん。あんたんったらぁん。手間がかかるわねぇん」




 ななさんが、満更でもないような様子で言ってから、うがちゃんの傍に行く。




「うがちゃん。あたくし達は、あんたんにこれ以上傷付いて欲しくないのよぉん。あっちのスライム達がどんな事を言うか分からないでしょぉん? あんたんは、悪い事はしてないんだから、この事について、余計な事は考えなくって良いのよぉん。だから、あたくし達とスライム達との話の代わりに、この男の作った物語を聞いて、それで我慢して欲しいって事よぉん」




「う、うが。うがががが。あっちのスライムが、どんな事を言うか、分からない、うが?」




 うがちゃんが、また、何かに気が付いたような顔を見せると、顔を俯かせる。




 ああ。物語を聞かせるってのは、そういう事だったんだ。俺も子供の頃、駄々をこねた時とかに、なんのかんのと関心を引くような話をされて、親にうまくごまかされた事があったな。まさに、子供騙しだけど、まあ、平和的だし、なんだか、温かくって、優しくって、懐かしいし、俺は、そんな事やった事もなかったからな。前世では、子供も、嫁もいなかったもんな。そういう事をやってみるのも、悪くはないかもな。でも、ななさん、スライムがうがちゃんの事を悪く言うだろうみたいな事を言っちゃうし、物語を聞かせる意図ととかも、まったく隠す気ないし、それで、我慢しろとかって、意外と、滅茶苦茶強引な事するんだな。町中一は、そんな事を思うと、頭の中で、妄想を練り始めた。




「ある所に、獣人の女の子がいました。その子は、森で酷く傷付いている、一匹の謎の魔物と出会いました。謎の魔物は、言いました。「あっちと友達になってくれないかえ?」獣人の女の子は、何も考えずに、自分の事をあっちと言う、謎の魔物と友達になると言いました。「それならば、まずは、友達であるあっちを助ける為に、お前のその体をあっちにくれるかえ?」謎の魔物は言って、自身の体を真っ二つに裂くと、それを大きな口にして、獣人の女の子に嚙り付こうとしました。中略。二人は、力を合わせて、巨大なドラゴンを笑わせて降参させ、ドラゴンスレイヤーとして、名を馳せたのでした。お終い」




「お話、ありがとう、うが」




 うがちゃんが、力のない笑顔を顔に浮かべる。




「あんたん特有の突拍子のない話で、まったく共感できるところがなくって、あたくしには、どう聞いても面白いと思えない話だったわぁん」




「それで良いんだよ。面白さなんて、共感なんて、意識してない。うがちゃんを喜ばせたくって作ったんだ。うがちゃんの表情を見ながら、だからな。突拍子もないし、脈絡もない。物語なんて呼べる代物じゃないんだから」




 町中一は、こんな状況だからな。いや。俺の話がつまらないからかな。うがちゃんを、喜ばせる事は一度もできなかったな。落ち込んだままか。でも、うがちゃんには、悪いけど、やっぱり、話を作るってのは面白いな。と思いながら言った。




「うがは、面白いと思ったがうが。もっと聞きたいうが」




 うがちゃんが、ふっと、無邪気な子供の表情を見せる。




「もっと? もっとか。そう言ってくれるのは、嬉しいんだけどな。そうだな」




 すぐにでも、また、何かしらの話を聞かせてやれれば良いんだろうけど、あんまり、また物語を考え続けていると、前世と同じ人生になっちゃいそうだ。と町中一は思い、歯切れ悪く言った。




「勝った〜? スライム〜? 動かなくなった〜?」




 チーちゃんの声が聞こえて来て、皆が一斉に顔をチーちゃんの方に向ける。




「チーちゃん。それって、スライムは大丈夫なのか?」




 町中一は、うがちゃんの腕の中から、急いで抜け出て、チーちゃんの方に行こうとしたが、体を動かす前に、うがちゃん。ごめん。物語はまた今度な。と言った。




「分かったうが。うがは一緒に行かないで、離れた所で、魔物が来ないか見張ってるうが」




 うがちゃんが町中一から離れる。




「うがちゃん」




 町中一は、うがちゃんに気を遣わせちゃっているな。こういう場合は、どんな対応が正解なんだろう? と思った。

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