二十八 気付きと後悔

 誰かの声が聞こえている。肩にそっと手が置かれ、その手が町中一の体を優しく揺する。声の主は、自分の事を心配しているようで、何かしらの反応をしたいのだけれど、頭の中が、目の前にいる少女の、うがちゃんの、発言の事でいっぱいで、今は、まだ、その声に、反応をする余裕がない。




「一しゃん? 一しゃん? どうしたうが? 一しゃん? 一しゃん?」




 町中一の頭がガクンガクンと、揺れるほどに、体を揺する手が激しく動き始める。




「一しゃん? ま、まさか、毒、うが? スライムに毒があったうが?」




 うがちゃんの声が大きくなった。




「ちょっとぉん。あんたん。どうしたのよぉん。ボーっとしちゃってぇん」




 ななさんが町中一の顔に、これでもかと近付いて来る。




「おお。おおお。うざーい」




 町中一は、声を上げ、うがちゃんの手を握っていない方の手で、ななさんを、顔の前から乱暴な手つきでどかした。




「ああ~ん。何よぉん。酷いじゃなぃん」




 ななさんがプリプリとしつつ言う。




「一しゃん? 大丈夫うが? 毒、うが?」




 うがちゃんが町中一に抱き付いて来た。




「毒? なんだ毒って?」




 町中一は言いつつ、うがちゃんを、体からそっと優しく引き剥がす。




「スライムにやられたんじゃないかと思ったうが。急に何も言わなくなって、うが」




 うがちゃんがまた抱き付いて来た。




「そっか。それで、毒か。ごめん。大丈夫だ。ちょっと、考え事をしちゃっていた」




「本当に大丈夫うが?」




「ああ。心配してくれてありがとう」




 町中一は、空いている方の手で、うがちゃんの頭を数回撫でてから、うがちゃんの手を握っていた手を放すと、うがちゃんをまたそっと優しく引き剥がし、あれ? ななさんがここにいるって事は、スライム達はどうなってんだ? と思い、スライム達の姿を探す。




「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~。スライム二匹~? 重ねて重ねて~?」




 チーちゃんの楽しそうな声が聞こえて来て、町中一は、咄嗟に顔を声のして来た方向に向けた。




「はぶぶぶわわぁぁ」




 町中一は、後に、あんな声が自分の口から出るなんて、今でも信じられません。人って時に、思ってみなかった行動を取ってしまう事があるんですね。と、この当時の事を振り返って語っていたと言う。




 町中一は、二匹のスライムが縦に重ねられていて、上に乗っている一匹の脳天の辺りに、片方の足を押し付けて、グリングリン、グイングインと、それは、もう、嬉々としつつ、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁをしているチーちゃんと、その攻撃? を受けて、なんとも言えない、嫌だけど、嫌じゃない、電気按摩をされていて、自身の中にある新たな一ページが開かれつつある、もしくは、もう開いてしまっているような表情を、その二つの目に、宿している二匹のスライムを見て、おかしな声を上げた後に、口をあんぐりと大きく開けたまま呆然としてしまった。




「あの子、やるわねぇん。あの子みたいな戦い方ができて、でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁがどの魔物にも通用すれば、魔物を殺す必要はなくなるかもねぇん」




「ななさん? 何を急に?」




 ななさんの言葉を聞いて、我に返った、町中一は、ななさんの姿を見つめて、そう聞いた。




「あんたん、殺すのが嫌なんでしょぅん?」




「話、聞いてたのか?」




「聞こえちゃってたのよぉん。あんたん、母方のお祖母ちゃんが死んだ頃からかしらねぇん。生物を、蚊とかゴキブリなんかすらも、殺せなくなったわよねぇん」




「ななさんは、俺の事ならなんでも知っているんだな」




「なんでもじゃないわぁん。知ってる事だけだわぁん」




「むうぅぅぅぅうが。なんか狡いうがががが」




 うがちゃんが、かわいい熊のお手手をギュウっと握り締めて、胸の前あたりに持って行って、前後に振りながら悔しがる。




「おっと。スライムスライム。感傷に浸っている場合じゃない」




「どうするのよぉん? でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁを止めたら、また向かって来るわよぉん。小さい方のスライムは、あれは、もう、あんたんと刺し違えて、死ぬ気よぉん」




「話。魔法で、話、できないかな?」




「ま、魔物と、話、うが?」




「うん。できるかどうかは分からないけど」




「魔物が、言葉を、話す、うが?」




 うがちゃんが、とても、ショックを受けたような顔になる。




「うがちゃん。あんたん、あたくしと、あっちに行ってよっかぁん?」




「そうだな。ななさんと一緒に、向こうで、ええっと、あの、あれだ。そうだ。また別の魔物が来ても困るからな。周囲を警戒していてくれるとありがたい」




「う、うが? うがは、ここにいちゃ駄目うが?」




「駄目じゃない。けど」




「けど、うが?」




 うがちゃんが、言ってから、何かに気が付いたような顔をして、みるみるうちに、両目に涙を浮かべ、泣きそうな顔になった。




「ほらぁん。良いのよぉん。あんたんは、悪くないわぁん。こっちの世界じゃ、あんたんが、普通なのよぉん。余計な事は考えちゃ駄目よぉん」




「うがは、うがは、前には、言葉が話せなかったうが。だから、言葉を話せない、話したいけど、話せない人の気持ちが分かる、つもり、うが。スライムが、何かを言いたいと思っていたら、うが。うががが。うがは、もう、一匹殺しちゃったうが」




「うがちゃん。うがちゃんは何も悪くない。俺だって、うがちゃんと同じ立場だったら、あんなふうに急に出て来た、スライムを殺していたと思う。それが、こっちの世界では当たり前なんだから」




「一しゃん」




 うがちゃんが、町中一の胸の辺りに、顔を押し付けるようにして、抱き付いて来る。




「だから、な。うがちゃん。そんなに気にするなって」




「ありがとう、うが。でも、うがは、ここにいて、一緒に話を聞きたいうが」




 うがちゃんが、顔を上げると、町中一の目を見つめて、弱々しい小さな声で言った。

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