二十七 魔物

 二匹のスライムが、ピョインピョインっと跳んで、うがちゃんの方に向かって行く。




「うがちゃん。危ない」




 町中一は、ななさんで、二匹を、同時に叩き落とそうと思ったが、二匹の目に現れていた、何やら必死そうな、表情に気が付くと、手を動かすのを止めて、体で二匹のスライムを受け止めた。




「うお。意外と痛い」




 町中一は三と五のダメージを受けた。というような文言を思い浮かべ、まあ、でも、このくらいだろ。こいつらが弱くて良かった。などと思う。




「うがが。うがの事を助けてくれたうが?」




 うがちゃんが嬉しそうに言い、両手に持っていたスライムを捨てると、二匹のスライム目掛けて片方の手を振り上げた。




「待て待て待て。うがちゃんストーップ」




 町中一は、二匹のスライムを、うがちゃんから庇うように体を動かし、声を上げた。




「うがが? なんで止めるうが?」




 うがちゃんが、手を振り上げたまま、町中一の目を見つめる。




「いや、こいつら、あっ、いた。いたた。こ、こら。止めろ。止めなさい」




 スライムの小さい方が、町中一に向かって、体当たりをして来たので、町中一は言葉の途中で、慌ててスライム達の方に体の正面を向けた。




「倒すうが」




 うがちゃんが町中一の前に出る。




「うがちゃん。止めろって」




 町中一は、うがちゃんの振り上げている手を、咄嗟に掴む。




「え、うが? そ、そんな、急に、そんな、うが」




 うがちゃんが、何やらしおらしい態度になって、体を町中一に預けて来る。




「うがちゃん? どうした? いや、まあ、良いや。そんな事より、お前ら早くどっか行け。そんな事していても殺されるだけだ」




 町中一は言いながら、スライム達の方を見る。大きい方のスライムが、小さい方のスライムを庇うように前に出ていて、その姿を見た町中一は、んん? こいつ、小さい方を守ろうとしているのか? と思った。ここで、町中一が前世から引き継いでいるとある癖が発動する。町中一は妄想してしまうのだ。小説を書いていた、弊害か、はたまた、恩恵か。彼の脳髄は、妄想を加速させ、何かしらの物語を紡いでしまったりしなかったりしてしまう。こいつら、あれか? 仲間なのか? いやいやいや。どう見ても、そうだよな。もっと、こう、違う、兄弟とか、親子とかなのか? そうだとしたら、さっきのは、うがちゃんが殺しちゃったのも、親とか兄弟だったのか? だから、あんな必死そうな表情をしていたのか? と、町中一は妄想を加速させて行く。




 小さい方のスライムが、大きい方のスライムの横を擦り抜けて、町中一の方に向かって来ようとする。




「うががが。一しゃんを狙ってるみたいうが。許さないうが」




 うがちゃんが、町中一が掴んでいない方の手を、振り上げた。




「ちょっと、待った。うがちゃん? 一しゃんって? いつの間に名前呼びに?」




「嫌、うが?」




 うがちゃんが、目をウルウルとさせ始める。




「いやいやいや、良いよ。うん。まあ、良いけど」




「良かったうが。では、改めて、スライムを倒すうが~」




「あの子、なんだか、積極的になって来たわねぇん。あんたん、大丈夫なのぉん?」


 


 ななさんが、ここぞとばかりに、口を挟んで来る。




「そんな事より、うがちゃん。駄目だって。もう良いから。あいつらに何をやられても俺は平気だから。だから、取り敢えず、殺すのは止めよう」




「どうしてうが?」




「どうしてって。あ、いた。いたたた。ま、また。ちょっと、ななさん。こいつを止めておいて」




 また小さい方のスライムが、体当たりをして来たので、町中一はスライムをななさんで受け止めつつ言う。




「そんな事よりとか言われたのは、腹が立つけど、頼られるのは嬉しいわぁん。あたくしに任せておきなさいぃん」




 ななさんが、飛んで、町中一の手から離れ、スライムをグイグイ押し返し始めた。




「チーちゃんも混ざる~」




 町中一達の少し前の方を飛んでいたチーちゃんが、今更ながらに、この事態に気が付いたらしく、嬉しそうに言いながら、ななさんとスライムの方に近付いて行く。




「チーちゃん。スライムを殺しちゃ駄目だぞ」




「でんきぃぃぃぃあんまぁぁぁぁ~?」




「ああ、まあ、うん。それで」




 スライムに電気按摩って。でも、どうなるんだろう。……。そういえば、スライム娘みたいなのが出て来るエロ漫画なんかもあったよな。あのスライム達も、そうなったりするのかな。町中一は、ななさんに体当たりをしている、小さなスライムを見つめてそんな事を思う。




「一しゃん。どうしてうが? どうしてスライムを殺しちゃいけないうが?」




 うがちゃんが、自分の手を掴んでいる町中一の手を、空いている方の手で、そっと、握りながら言った。




「どうしてって、それは、ええっと、あれだよ。あれ。ほら。スライムだって、あれだ。生きているんだ。何も殺す事はないだろう?」




「そんな理由うが? あっちが襲って来てるが。戦うのは当たり前うが。今は、スライムだから良いけど、もっと強い魔物が襲って来たら、殺さないとこっちが殺されちゃううが」




「うがちゃん」




 町中一は、まったく予想していなかった、うがちゃんの言葉を聞いて、ショックを受けてしまった。




「一しゃん? どうしたうが?」




 黙り込んでしまった町中一を心配し始めたのか、うがちゃんが、気遣うように言う。




 こんな少女がこんな殺伐とした事を言うなんて。この世界は、考えてみれば、当たり前の事なんだろうけど、俺のいた世界とは違うんだよな。町中一は、うがちゃんの顔を、見るともなしに、見つめながら、そんな事を思っていた。

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