二十六 帰宅の途

 怒っている様子のうがちゃんを、妖精女王が、町中一を貶めながら、宥め始めると、うがちゃんが、町中一しゃんの事を、そんなに悪く言うのは良くないと思ううが。などと言い出した。




「嫌だわぁん。この子、この男に、首ったけだわぁん」




 ななさんが、やれやれといったような、様子で言う。




「やっぱり、旅に出させるのは止めた方が良いかな。絶対に危険な気がする。この男、見た目だけは、イケショタだからなあ」




 妖精女王が、眉間に皺を寄せ、心底嫌そうな顔をしつつ、町中一を睨んだ。




「もう、そろそろ行くか。ささっと行って、ささっと帰って来よう」




 町中一は、これ以上ここにいると、あらぬ批判を受ける事なりそうだ。と思うと、そんなふうに言って、妙にやる気のある表情を作る。




「行くうが。女王様。できるだけ早く帰って来るようにするうが。だから、ごめんなさいうが」




 うがちゃんが言って、頭を深く下げた。




「うがちゃん」




 妖精女王が、声を震わせて言い、泣きそうな顔になって、自身の口を両手で押さえる。




「チーちゃんも~。準備万端~」




 別段、何かをしたような様子もないのに、チーちゃんが張り切った。




「女王ちゃん。もう、しょうがないわぁん。あたくし、頑張るわぁん。だから、あんまり心配しないでぇん。あんまり気に病むと、あんたんの心と体が壊れちゃうかも知れないわぁん」




「ななさん。君って、見た目とキャラはそんなだけど、意外と良い人なのね」




 妖精女王が言って、ななさんを豊満な胸で圧迫するように抱き締めた。




「おっと。妖精女王。俺も別れの挨拶をしておこうかな」




 町中一の心の中に常ある助平心が、むくむくとその鎌首を擡げ始め、町中一の口を衝き動かす。




「もう最低。絶対に無理」




 妖精女王が、町中一の意図を察して、プイっと顔を横に向けた。




「はぐわぁ。こ、これは」




 町中一は、そんな冷たい妖精女王の反応に、ちょっと、興奮してしまうのだった。




 妖精女王の計らいで、妖精達が用意してくれた、旅に必要な物を受け取り、あれやこれやと賑やかに話をしつつ、旅支度を終えると、皆で連れ立って、妖精の森の出入り口まで行って、お互いに、別れの挨拶を口にする。




「良し。じゃあ、行って来る」




「行ってきますうが」




「行って来る~?」




「うがちゃん。チーちゃん。くれぐれも気を付けて。何かあったらすぐに帰って来るんだよ」




 妖精女王が、目をウルウルと、涙で濡らす。




「気を付けて~」




「頑張って~」




「行きたい~」




 妖精女王とともに、見送りに来てくれていた、たくさんの妖精達が、口々に、言葉を出す。




「皆。ありがとううが」




 うがちゃんが笑顔で言い、その言葉を最後にして、町中一一行は、妖精の森を後にした。




 妖精の森を出て、その周りを囲むように存在している、どこか、妖精の森とは違う雰囲気のある、森の中にある小路を、チーちゃんの道案内に従って進んで行く。




「ここは魔物の森うが。でも心配はいらないうが。魔物が出て来てもうがが皆を守るうが」




 先頭を行くチーちゃんの後を、町中一と並んで歩いていた、うがちゃんが、目をキラキラと輝かせながら言った。




「魔物なんているのか?」




「いるうが。ううんうが?」




 うがちゃんが、何かの気配に気が付いたのか、言葉を途中で切ると、警戒しているような、顔付きになって、周囲を見回し始める。




「なんだ? 魔物か?」




「近くにいるうが」




 町中一は、腰に帯びているななさんを、鞘から抜き放ち、人差し指と親指でグリップをしっかりと握った。




「どんな魔物か分かるか?」




「この匂いは、多分、スライムうが」




「スライム? それって、あれか、凄く弱い奴なんじゃ?」




「油断は禁物うが。この森は、妖精や妖精の森を守らせる為に、色々な魔物が放たれてるうが。スライムでも強いのもいるうが」




「そういう事なら、チーちゃんは妖精だから、襲われないとかって事はないのか? その仲間の俺達も、安全とかって事にはならないのか?」




「駄目うが。妖精でも襲われるうが」




「うへえ。見境なしかよ」




 不意に町中一達の前に、とても澄んだ青色で、プリプリとしていて、コンビニなどで寒くなって来ると、販売される肉饅頭のような形の、なんともおいしそうなゼリーっぽい感じをしている、一般的な小型犬位の大きさの体に、ギラリンとしていて暑苦しい印象を与えて来る、二つの目が付いている物体が現れた。




「おお。あれが、スライムか」




 町中一の脳内に、某超有名なロールプレイングゲームの、初期の頃の戦闘シーンの曲が流れ始める。




「スライムうが。あれは、あんな目をしてるけど、一番弱いただのスライムうが」




「スライムにもやっぱり種類があるのか?」




「あるうが。毒とか鉄とか、甘いとかしょっぱいとかあるうが」




「毒と鉄と甘いとしょっぱいって、なんか、まとまりがない説明だな」




「襲って来たうが」




 スライムが、ピョインっと飛んで、向かって来た。




「うがががが」




 うがちゃんの熊のお手手が、スライムをベチンっと叩いた。




 スライムがベチョリンっと嫌な音をたてて、砕け散って、その破片が地面の上に散乱する。




「食べると甘くておいしいうが~」




 うがちゃんが嬉しそうに言って、そこかしこに散らばっているスライムの破片を集めると、両手で掬うようにして持って、町中一に向かって差し出して来た。




「お、おお? これを俺に?」




「うん、うが。甘いうが。食べるうが」




「お、おお」




 これは、どうだろう。一応生きてたんだよな? こんな生物見た事ないしな。中毒とか大丈夫だよな? 町中一がそんな事を思って逡巡していると、先程出て来たスライムよりも小型のスライムと、そのスライムよりも更に小型のスライムが、町中一達の前に姿を現した。

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