二十五 大切な事

 町中一は、風に吹かれて千切れてしまったのか、他の雲から、離れて浮かんでいた、一つの小さな雲を見つめた。




「好きか、嫌いかで言ったら、好きだな」




「うがががが!? 好き、うが? 今、好きって言ったうが?」




 うがちゃんが、物凄い勢いで飛び起きると、町中一の顔を上から覗き込んで来る。




「ああ。言ったな」




「うがががうがが~」




 うがちゃんが、物凄く嬉しそうに声を上げた。




「チーちゃんは~? チーちゃんは嫌い~?」




 チーちゃんが言って、町中一の鼻の上で胡坐をかく。




「チーちゃん。こら。いい加減に離れなさい。そんなとこに座ると、お尻とか、その他の物が当たるから。そういうのは、今は、良いから」




「チーちゃんは~? チーちゃんは好き~?」




 チーちゃんが言い、町中一の鼻にグリグリと、お尻とかその他の物を押し付け始める。




「ああ、もう。分かった。好きだ。だから離れろ。じゃないと、嫌いになるからな」




「好き~。チーちゃんも好き~?」




 チーちゃんがパッと飛び上がって、町中一の顔の上でくるりと小さな円を一つ描いてから、踊るようにして、楽しそうに飛び始める。




「うがが~。うがは~? うがの事は嫌いうが~?」




 うがちゃんが、顔をグっと町中一の顔に近付けて来る。




「ち、近い。二人とも好きだ。だから、離れろ」




「二人ともうが~。うががががが~」




 うがちゃんが、不満そうな、それでいて嬉しそうな、変な声を上げながら、顔を、町中一の顔から遠ざけた。




「あのなあ。そんな事よりも。うがちゃん。女王の気持ち、分かってやってくれ。あいつは、多分、もう、うがちゃんの事を、ここにいる妖精達と同じように大切に思ってしまっているんだ。なあ、チーちゃん。チーちゃんと女王ってのは、家族みたいな、お互いを大切にし合う関係なんだろう?」




「そだよ~? ずっと一緒~?」




 チーちゃんが、町中一の近くに飛んで来て、空中で静止する。




「な。そういう事なんだよ。自分を裏切ったような、たとえ、それが、本当の家族だったとしても、そんな奴らよりも、自分の事を思ってくれている他人を、大事にしてやった方が良いと、俺は思うけどな」




「女王様や、他の妖精の皆も、うがの事、大切にしてくれてるのは分かってるうが。だから、向こうに行っても、ずっと向こうにいる気はないうが。こっちに戻って来るつもりうが。うがが元気にしてるって、その事を伝えたいうが」




「でも、なあ。向こうはどう思っているのか」




「うがには分かるうが。お父さんもお母さんも、うがの事、本当は大切に思ってくれてるうが。あの時は、しょうがなかったんだうが。お金も食べ物もなくってうが。皆死んじゃうだけだったうが。うがは、何もできなかったうが。お兄ちゃんとお姉ちゃんは、うがとは違って、言葉も話せて、手も足も、ちゃんとしててうが。うがには、きっと、捨てられる事しかできなかったうが」




 うがちゃんの声が、消え入りそうなほどに小さくなっていって、最後の方は、聞き取れるか聞き取れないか位の、大きさの声になっていた。




「そっか。分かった」




 町中一は、体を起こすと、顔を俯けて座っていた、うがちゃんの頭の上にそっと手を置いた。




「うが? うががが?」




 うがちゃんが驚いている様子で、声を上げたが、町中一の方を見ると、すぐに安心したような表情になって、大人しくなる。




「しょうがねえ。一緒に行くか」




「一緒に来てくれるうが?」




「チーちゃんも~? 一緒に行くか~?」




「チーちゃんもうが? 良いのうが?」




「おう。チーちゃんも行けるぞ。女王が、そうするようにって言っていたからな」




「女王様うが」




「ちゃんと帰って来てやれるか?」




「うんうが。ちゃんと帰って来るうが」




「そうか。それなら、良いんじゃないか」




 町中一は、うがちゃんの頭から、手を離そうとする。




「もう少し、うが。もう少し、こうしてて欲しい、うが」




 うがちゃんが、キュっと、町中一の着ている服の端っこを掴んだ。




「甘えん坊さんだな。まったく」




 町中一は、ポンポンと優しく、うがちゃんの頭を叩いた。




「なあ、いつまで、こうしているんだ?」




「もう、ちょっと、うが」




 会話が終わってから、どれくらいの時間が経ったのか。町中一は、そう聞いた。




「本当にねぇん。今頃、女神ちゃん、嫉妬して、怒ってると思うわよぉん」




「魔法、使えなくなってるんじゃない?」




「お、お前ら、いつの間に」




「結構前からいたわよねぇん」




「いたいた。エッチな事したら、やった瞬間にボコってやろうと思ってたんだけどな。手を出さないんだもん」




 妖精女王が言い終えてから舌打ちをする。




「あのなあ」




 町中一は、顔を動かして、少し後ろに座っていた妖精女王の顔を見た。




「何よ?」




「行く事になったから。うがちゃんがこっちに帰って来るまで、一緒にいてやれば良いよな?」




「あ~。その事~。どうしよっかな~?」




 妖精女王が、何やら、嫌そうな、疑っているような、目付きになって、町中一をジロジロと見る。




「な、なんだよ。そっちが頼んだんだろ? じゃあ、行かないから」




「う、うが? 行かないうが?」




「いや、今のは、ほら。行くって」




 うがちゃんが泣きそうな顔になったので、町中一は慌ててそう言った。




「それよ。そういうの。君達、一緒に行ったら、間違いを起こしそうじゃない?」




「間違い、うが?」




「何を馬鹿な事を。こんな子供相手に俺が何するってんだ」




 町中一は言い、わざと興味のなさそうな目を作って、うがちゃんを見る。




「う、うが? うがは、そんなに子供じゃないうが。そんな事言ったら、君だって子供うが。うがとそんなに変わらないと思ううが」




 うがちゃんが、急に、妙に怒ったような様子でそう言った。

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