二十四 説得と涙

 町中一は、チーちゃんとうがちゃんの傍に行くと、二人と並んで立ち、ななさんと、妖精女王の方に顔を向けた。




「さて。では、説得を始めよう」




 町中一は、咳払いを一つしてから、言って、うがちゃんの方に顔を向ける。




「う、うが? うがに何かあるうが?」




「ああ。うがちゃん。家に帰りたいって言っていたけど、俺は、帰らない方が良いと思う」




「どうして、うが?」




「うがちゃんは、どうして、この森に自分が来たのか、知っているのか?」




 うがちゃんの目が、光を失い、表情が曇る。その様子を見て、町中一は、この子は知っているみたいだな。と思う。




「うがちゃん。言いたくない事は言わなくって良い。女王がね。その男に頼んだじゃったの。うがちゃんが行くのをやめるようにできないかって。ごめんね。だって、うがちゃんと離れたくないんだ。もう、良いじゃない。ずっとずっと、一緒に暮らそう。うがちゃんが来てくれてから、女王も皆もとっても楽しいもん。うがちゃんだって、そうだよね? だから、お願い。帰ったりしないで」




 妖精女王が、とても優しい目をうがちゃんに向けつつ、町中一の言葉から、うがちゃんを守る為にそう言った。




「うが、うがう。うがは、うがは」




 うがちゃんが泣きそうな顔になる。




「うがちゃん。家に帰ったとして、歓迎されると思うのか?」




 町中一は、うがちゃんの目をじっと見つめる。




「うがが。それは」


 


 うがちゃんが顔を俯けた。




「うがちゃんは帰りたい。だから帰る。チーちゃんはうがちゃんと一緒に行く」




 チーちゃんが、うがちゃんの顔の前に移動して、町中一の視線を遮った。




「チーちゃんは優しいな。だけど、チーちゃんが一緒に行っても、誰が一緒に行っても、うがちゃんの状況は変わらないんじゃないのか?」




「どうして、うが? どうして、町中一しゃんは、そんな事を、言う、うが?」




 うがちゃんが、顔を微かに上げて、震える声で言う。




「それは……。俺の、俺自身の為、だろうな。実は、女王には、もう一つお願いをされていてな。うがちゃんがどうしても帰りたいって言った時には、一緒に行ってあげて欲しいってな。俺は、うがちゃんと、一緒に行きたくないんだ。結果は分かっている。うがちゃんの家族も、うがちゃんも、ここにいる皆も、誰もが、辛い、嫌な思いをするだけだ」




 うがちゃんが、泣くまいとしているのか、声が出そうになるのを必死にこらえながら、目から涙をボロボロとこぼし始める。




「行ってみないと分からない」




 チーちゃんが町中一の顔の傍に来ると、ギュウっと町中一の鼻に下乳を押し付ける。




「こ、こ、こらあ~。こんな事しても、駄目だぞぉう。俺の心は揺るがないぞぉう」




 町中一は、久々の下乳の感触に、激しく動揺しつつ、必死に抵抗を試みる。




「もう。女王もやる」




 女王が声を上げると、町中一に抱き着き、ド迫力の二つの下乳をドルンドルンと揺らしつつ、町中一を攻め立てる。




「お、おい~。うへっうへうへうへ。おかしいだろ? うへうへうへ。俺は、女王の為にやっているんだぞ。うへへへへへへ。お前がそっち側になってどうすんだ。ぐへへへへへへ」




「だって。こんなの、うがちゃんがかわいそうじゃない。君は言い過ぎなんだよ。もっと、言い方があるでしょ」




 女王の両方の手が、町中一の体を弄り始める。




「こ、こんなの、こんなの、いやぁぁぁぁっぁぁん。らめぇぇぇぇえぇぇぇぇ」




 町中一は、二つの瞳の中に桃色のハートマークを光らせて、アヘエアヘエっとなってしまう。




「嫌、うが。こんなの、嫌うが。うがは、こんな、町中一しゃんは、見たくないうが」




 うがちゃんが、町中一と女王の傍に行き、女王を町中一の体から引き剝がして、町中一の体をお姫様抱っこの要領で持ち上げると、どこかへ向かって走り出した。




「お、おいー。う、うがちゃんー? どうしたー?」




 町中一は、うがちゃんの腕の中で揺られつつ、俺は、今は、お姫様抱っこをされているのか。なんだろう? この独特の恥ずかしさは。と思い、ちょっと頬なんぞ、赤く染めながら、うがちゃんの顔を見て聞いてみる。




「分からないうが。でも、うがは、あんなの見ていたくなかったうが。誰かに、町中一しゃんが、あんなふうにされるのは嫌うが」




「うがちゃん」




 町中一は、自身の心が、トゥゥウンクゥゥ、と鳴ったのを聞いた気がした。




「ちーちゃんは良いの~?」




 まだ町中一の鼻にくっ付いていたチーちゃんが言う。




「チーちゃんは、平気うが。どうしてかは、分からないうが」




 陽光を反射して、この世の物ではないような、美しさを称える水面の中央に、それはそれは、巨大な樹の生えている、大きな湖の畔に辿り着くと、うがちゃんが足を止めた。




「ごめんなさい、うが。うがは、ここで、一人でいるうが。町中一しゃんとチーちゃんは、皆の所に戻って欲しいうが」




 酷く落ち込んだ様子になって、うがちゃんが言い、町中一を降ろしてから、その場に座り込んで、両手で両足を包み込み、体をギュウっと小さくする。




「良い所だな。水のとても澄んだ大きい湖に、あの樹がまた凄い。何メートル位あるんだ? 上の方なんて霞んでいて見えないじゃないか」




 町中一は、うがちゃんの横に腰を下ろした。




「う、うが?」




「まあ、あれだ。生きていると色々あるからな」




 町中一はそう言って、うがちゃんの頭を、そっとポンっと、優しく叩いてから、その場に寝転んだ。




「うがが」




 隣で、地面に生えている草が、優しく倒される音がして、うがちゃんが横になったのが分かる。




「どうして、うが? 町中一しゃんは、優しい人なのに、どうして、さっきは、あんな事を言ったうが。うがの事、うがの事」




 うがちゃんの言葉が、最後まで言われずに、途中で消えて行く。




「それ、聞いちゃうか? それは、聞いちゃいけない奴だぞ」




「どうしてうが? うがの事、うがの事、……。本当は、嫌い、うが?」




 うがちゃんの押し殺した嗚咽が聞こえて来て、町中一は、もう、何度目だろう。この子が泣いているのを見るのは。と思った。

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