十六 衝撃

 ワカメになった、ななさん二号が、プルプルと動き、その、感触の、あまりの気持ちの悪さに、町中一は、ななさん二号を、思わず遠くに向かってぶん投げてしまう。




「ちょっとぉん。何なのよぉん」




 ビューンっと飛んで行きながら、ななさん二号が声を上げた。




「女神ちゃん。早く元に戻してよぉん」




 女神様の手の中にいるななさんが言うと、女神様がななさんに噛み付く。




「ちょっとぉん。何をしてるのよぉん」




「おいしそうだったのでつい」




 女神様がななさんを口から出す。




「もう滅茶苦茶だわぁん。もう嫌よぉん。こんなの付き合ってられないわぁん」




 ななさんが、ワカメな体を、ベロベロと震わせて言った。




「良い事を思い付きました。町中一さん。魔法の練習です。貴方がななさん達を元に戻してあげて下さい」




「俺がですか?」




「はい。簡単ですから。やってみて下さい」




 女神様の言葉を聞きながら、元に戻す、か。ラケットに戻れとかって言えば良いだけだよな? それなら確かに簡単、うーん!! ちょっと待ったぁー。これって、あれじゃないのか? うへうへの美少女になれとか言ったら、そうなっちゃう奴じゃないのかぁー! と、町中一は不埒な事を考えた。




「では、早速やってみます。ワカメになったラケット達よ。俺好みの美少女になーれ」




 町中一の声が辺りに響いたが、何も起こらず、ななさん達はワカメのまま相変わらずおいしそうにしていた。




「駄目じゃないですか。魔法の言葉を唱える前に、鍵となる言葉を言わないと」




 町中一は、そこなんだ。俺好みの美少女になーれはセーフだったのかな? と思いつつ、女神様の目を見つめる。




「早く戻してよぉん」




 ななさんが、ベロリベロリと、ワカメな体を動かす。




「ええっと、ああっと」




 恥ずかしくて馬鹿っぽい、あの言葉を言わないとやっぱ駄目なのか。くっそう。言いたくない。なんとか言わないで済ます方法はないのだろうか。と町中一は思い、あの言葉を、回避する方法を考え始めた。




「あの。ひょっとして、あの言葉を言いたくないんですか?」




 女神様が、泣きそうな、とても切なそうな、表情を顔に浮かべる。




「いやいやいやいやいや。そんな事はないです。あれです。えっと。ええっと。あー。そうそう。忘れていたんです。あれ? あれれれ。えっと。なんでしたっけ? なんて言えば良かったのかな」




 町中一は、言い終えると、あははは。とごまかすように笑い声を出した。




「じゃあ、もう一度教えます。ちゃんと覚えて下さいね。もう、次に忘れたら教えてあげないかも知れませんよ?」




 女神様が、そう言ってから、悪戯っ子のような笑みを顔に浮かべる。




「やっぱ女神様はかわいいなぁ」




 町中一は、ふっと、無意識に、そんな言葉を口にする。




「もう。何を言ってるんですか」




 女神様が、顔を耳まで真っ赤に染めて、町中一の事をポカポカと、両手で叩いた。




「女神様。止めて下さいよぉ。痛いですってばぁ」




 女神様と町中一は、微笑みながら、ゆる~く、攻防を繰り返す。




「ちょっとぉん。あたくし達の事、忘れてないぃん? 魔法卓球だって、途中じゃないぃん」




 ななさんが、また、ワカメなわがままボディを、震わせて言う。




「なあ、ちょっと思ったんだけど、そのままでも、別に良いんじゃないか? 俺は思い付いた事を、なんでもできる魔法を手に入れたみたいなもんだしな。卓球は面白かったけど、その方法でわざわざ敵対する奴らと、戦う必要も、もう、ないだろう」




 女神様が手を止めたので、町中一は、急に、真顔になって、ななさんを見て言った。




「あんたん。あたくし達を見捨てるのぉん?」




「うん。見捨てても良いとは思っているな。でも、そうだな。一応、女神様、どう思いますか?」




「そうですね。私としては、折角、蘇らせたんですし、できれば、ななさん達と一緒に行動してもらえると嬉しいですかね」




「分かりました。じゃあ、一緒に行動しましょう」




「それなら早く元に戻してよぉん」




「あー。それな」




「そうでした。女神様。大大大大大好きです! ですよ。この言葉を言わないと、何を言っても、魔法を生み出す言葉にはなりませんからね。この言葉、鍵は、絶対に必要な物なので、なくす事はできませんよ。じゃないと、町中一さんが言った言葉が、すべて魔法を作る言葉になってしまいますからね」




 なるほど。魔法を作る為の言葉を唱える前に、鍵みたいな言葉が必要なのには、そういう意味があったのか。だが、なあ。……。そっか。誰にも聞こえないような小さい声で言えば良いんじゃないか? 町中一は、そう思うと、小さな声で、女神様。大大大大大好きです! ななさんとななさん二号。ラケットに戻れ。と言ってみた。




「戻ったわぁん」




「戻ったわぁん」




 ななさん達が元の姿に戻り、ななさん二号が、町中一の所に飛んで戻って来る。




「それで、どうするのぉん? 卓球はまだやるのぉん?」




 女神様の手の中にいる、ななさんが、少し寂しそうにそう言った。




「私は、どっちでも良いです。町中一さんはどうですか?」




 女神様も、なぜだか、寂しそうな、悲しそうな、怯えているような、表情を、微かに、その瞳の中に、宿しつつ、聞いて来る。




「女神様? どうしたのですか? 何か心配事でもあるのですか?」




「だって。貴方は、あの言葉を私に聞こえるように、言ってくれないじゃないですか。私の事、どう思ってるのかなって」




 町中一は慌てて言葉を出そうと息を吸い込む。




「それと。また、貴方をあっちに送らなければいけないじゃないですか。もう、正直に言っちゃいますけど、私、貴方と離れたくないんです」




 町中一は、その言葉に、地球を一発で崩壊させる位の大きさの、隕石の直撃を喰らったような衝撃を受けて、思わず呆然となって女神様を見つめる。女神様が、自分で自分の言葉に恥ずかしくなったのか、また、顔を耳まで真っ赤に染めると、顔をささっと俯けた。

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