十五 ウルウルとワカメ

 しばらくの間、誰も何も言わず、町中一は、ハアハアを加速させながら、ななさん、ななさん二号、女神様のいずれかが、口を開く時を、待った。




「物凄く強いですよ」




 女神様が、一番初めに口を開くと、そう言った。




「あんたん。強さって何? あんたんは、何を指して、強さと言っているのぉん?」




 女神様の手の中にいる、ななさんが、そんな言葉を発する。




「誰も、そんな、難しい話はしていないぞ」




「これは重要な問題よぉん。あんたんの強さは、女神ちゃんの匙加減で決まるのぉん。あんたんが、強さの意味をどう思っているかによっては、女神ちゃんだって、気を付けないといけなくなるわぁん」




 ほほう。これは良い事を聞いた。そうかそうか。俺の強さは、女神様の匙加減一つで決まるのか。町中一は、顔を俯けて、自身の表情を隠すと、それはそれは、悪そうな顔で微笑んだ。




「女神様」




 町中一は顔を上げると、女神様の目をじっと見つめた。町中一は、己に備わっている、魅力、イケショタパワーの、すべてを注ぎ込んで、女神様を魅了しようと試みる。




「どうしたんですか? そんな顔をして」




 町中一の作る表情に、女神様が、惹き込まれ、心配そうだが、どこか、期待のこもったような、妖しい顔をする。




「怖いんです。あっちの世界で、戦いとかになったらって思うと」




 町中一は、その場に崩れ落ちるようにして座り込む。




「大丈夫ですか?」




 女神様が、卓球台を回り込んで走って来て、座り込んでいる町中一の上半身を、その肉感豊かな体で包み込むようにして、抱き締める。




「怖いよぉ。殺されたりしたくないよぉ。戦いなんて嫌だよぉ」




 町中一は、女神様の、柔らかくも適度に張りのある、途轍もなく触り心地の良い大きな胸に、顔を埋めながら、怖がり、怯えている、振りをした。




「大丈夫ですよ。怖くないですよ。殺されたりなんてしないですから」




「でも。僕なんかじゃ、きっと、すぐにやられてしまいます」




「心配はいりません。最強です。最強にしてあげます。何回かは、戦わなくては、ならないとは思いますが、その数回で、貴方が強いと、向こうの世界の誰もが思うような強さを、貴方に授けてあげます。だから、大丈夫です」




「本当ですか?」




「はい。女神に二言はありません。だから、もう怖がらないで」




「女神様」




「はい」




 町中一と女神様は、それはそれは、しっかりと抱き締め合う。




「ちょっとぉん。女神ちゃん。それで良いのぉん?」




「何が駄目なんですか?」




 ななさんの言葉に女神様が、プリプリしながら応じた。




「だってぇん。あんたん、これ、絶対に騙されてる奴よぉん。それに、そんなんじゃあ、苦労がないじゃないぃん。この男が成長しなくなっちゃうわぁん」




「女神様。駄目なの? 僕は、強くなっちゃいけないの?」




 町中一は、両手で両目を擦ったり、瞬きを繰り返したりして、涙を無理やりに、出させると、ウルウルと潤んだ瞳で、女神様の顔を見上げる。




 うむ。この顔の角度、この目の濡れ具合。我ながら、これはきっと、最高のできだろう。そういえば、昔、チワワの出ているCMがあったけど、あのCMのチワワはかわいかったなあ。などと、思いつつ、町中一は、女神様を見つめ続けた。




「ななさん。この子が不安になるような事を言わないで下さい。かわいそうに。こんなに震えているじゃないですか。大丈夫ですよ。私が貴方を守ります」




 女神様が言い終えてから、何かを思い付いたような顔をする。




「そうです。良い事を思い付きました。魔法を作り出せる力も授けちゃいましょう。町中一さんは、想像力が豊かですからね。それに、その頭の中で想像した事を、言葉で表現できる力もありますもんね」




「女神ちゃん。あんたん、やり過ぎよぉん」




「ななさんだけじゃ心配なんですっ」




 女神様が、プリプリっとしつつ言ってから、町中一の顔に自分の顔を近付け、額にチュっと優しくキスをする。




「なんでも良いです。頭の中に浮かんだイメージを言葉にするのです。ええっと、詠唱みたいな感じでしょうかね。そうすれば、それは、貴方の魔法力によって、魔法となって具現化して、貴方を助けてくれますからね」




「ちょっとぉん。そんな適当じゃ駄目よぉん。制約とか、使用条件とか、魔法を作り出す時の、鍵なんかも作らないとぉん」




「もう。うるさいですね」




「何よぉん。そんな言い方酷いわぁん。あたくしだって、協力しようとしてるんじゃなぃん」




「協力ですか。……。まあ、そうですね。分かりました。確かに、一理あるかもです。このままだと、不便かも知れません。じゃあ、鍵だけは作っておきましょうか。良いですか? 詠唱する前に」




 女神様が、言葉を切ると、沈黙し、むむむと困ったような顔をしたり、ちょっと嬉しそうに笑ったり、悩んでいるような顔をしたりと、表情をコロコロと変えた。




 やがて、何かを思い付いたのか、うん。これで良いと思います。と呟いてから、女神様が町中一の頭をそっと優しく撫でる。




「良いですか? 女神様。大大大大大好きです! と言ってから、詠唱するのです」




「女神様? それは、なんていうか、ええっと」




「そんなの恥ずかしいわよねぇん。それに馬鹿っぽいわぁん」




「ちょっとやってみましょうか。女神様。大大大大大好きです! この世界に存在するあらゆる卓球のラケットよ。ワカメになるのです」




 女神様が、言い終えた瞬間、ななさんとななさん二号の姿が、肉厚でプリプリとしていて、色もとても濃い緑色をしていて、なんとも食欲をそそるような姿の、ワカメになった。

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