十四 氷塊とダメージ

 まだ何も書かれていない、ノートの真新しいページを開く。そこは雪原の真っ只中のように真っ白で、絶望と希望とが、その白い世界の中で待ち構えていて、向かい合っている者の心を、なんの前触れもなく、即座に、高揚させつつも、責め苛み始める。




 一文字目はどうするか? 一行目はどうするか? 形から入るか? 音から入るか? 意味から入るか? 色から入るか? 他にも。入り方はそれこそ無限にある。エトセトラエトセトラエトセトラ。




「あんたん。ねえ、あんたんってば。ボーっとしちゃってどうしたのよぉん」




 ななさんの声が聞こえて来て、町中一は、唐突に、陥っていた思考の渦の中から頭を上げた。




「え、お、あ。ああ。ごめん。魔法卓球って面白いなって思ってから、なぜだか、小説を書き始める時の、事を考えちゃっていた」




「もう。何をやっているのよぉん。女神ちゃんがまた臍を曲げちゃったらどうするのよぉん」




 町中一は、慌てて、女神様の方に顔を向ける。




「大丈夫ですよ。そんなに時間は経ってません。それより、小説、書きたくなったんですか?」




「いえ、そんな事は」




 町中一は、そこまで言って、言葉を切ると、なぜ、先ほど、あんな思考をするに至ったのかを、ささっと自己分析した。




「多分ですけど、魔法卓球が初めてだったので、それで、小説を書き出す時の事、最初に白紙と向き合う時の事を、考えてしまったのだと思います」




「それって、やっぱり、書きたくなったという事じゃないんですか?」




 女神様が、小動物のように小首を傾げてから言い、優しい目になって、ほんわかと微笑む。




「いや、書けません。また書こうと思うには、俺の、ヘタレた人生でも、重過ぎます。折角、女神様の好意で、こうして、生まれ変わったのです。今回は、前とは違う人生を過ごしたい」




「そうですか。そういう事なら、それが良いと思います」




 女神様が、サーブをする時の、球を掌の上に出現させる時にする格好をする。




「では、再開しましょうか」




「はい」




 女神様がサーブを打つ。今度は、氷属性の付加された球が、町中一側のコートの中に入りながら、ボーリングの球位の大きさの氷塊になった。




「これ、打てるのか?」




「あたくしを、信じてぇん」




「分かった」




 町中一は、最初の時と同じように、左足を思い切り踏み込んで、氷塊をスマッシュする。




「火の時は変わらなかったのに、今度は球が重いのか」




 町中一は、打った瞬間に、自身の手に、伝わって来た感触を、確かめるように、そう呟いた。


 


 氷塊が、打たれた衝撃を受け、氷の破片を撒き散らしながら、女神様側のコートに向かって飛んで行き、今度は、コート外には行かず、しっかりと、台の上でワンバウンドしてから、女神様の体の真正面に向かって行った。




「ひゃあんっ」




 女神様が、打ち返す事ができずに、体をグイっと横に向かって捻って、大きな胸をバインバインと揺らしつつ、氷塊をかわす。




「な、な、なんだってー!!!」




 町中一は、思わず、絶叫した。




 あろう事か、女神様の体を掠めて行った氷塊は、女神様の着ている体操服の一部分、どういう原理なのかは分からないが、というか、明らかに物理的な法則を無視しているのだが、胸の谷間の辺りと、脇腹の辺りを破り取り、なんとも言えない、扇情的な服装に、体操服の雰囲気を一瞬にして変えてしまっていたのだった。




「あらら。破れちゃいました」




 女神様が言い、服がペカペカと光ると、破れた部分が元に戻った。




「えー。戻っちゃうの~、あっと違った。戻って良かった。女神様。怪我とかはないですか?」




「大丈夫です。ギリギリのところで避けましたから。でもあんな返し方をするなんて凄いですね」




「魔法卓球の球は、体に当たれば相手にダメージを与える事ができるのよぉん。あたくしの場合は、卓球のラケットという都合上、直接相手にダメージを与える事ができないから、こういう方法で攻撃するしかないわぁん」




 ななさん二号の言葉を聞いた町中一は、都合上って、なんの都合だよって、そこは、突くのは野暮という物か。それより、そうだ。そういや、戦闘不能になったらとかなんとかって、試合を始める時に、ななさんが言ってたもんな。けど、あんなの喰らってダメージって。かなり物騒だな。と思う。




「流石に死んだりはしないよな?」




「死ぬわよぉん」




「はい? ごめん。聞き間違いしたみたいだ。もう一回言ってくれ」




 町中一は、死ぬわよぉんて聞こえたけど、気の所為だよな。と思うと、そう言った。




「死ぬわよぉんって言ったのよぉん。あんたんはあっちの世界では、戦闘なんかになったら、この方法で戦う事になる予定なのよぉん。この方法であたくしの一号とともに戦うのが、あんたん的には一番強いように女神様がしたのよぉん。まあ、でも、魔法卓球とは言ったけど、卓球台なんかはほぼ毎回出て来ないと思った方が良いわねぇん。相手だって卓球なんて知らない奴ばかりだしねぇん。卓球台を出すと魔法力の消耗が激しいのも駄目なところよねぇん。あんたんの魔法力はべらぼうな量だけど、それでも、節約に越した事はないわぁん」




「それって、俺も死んだりするのか?」




「するわよぉん。相手は、普通に斬りかかって来たり、魔法で攻撃して来たりするんだからぁん。でも大丈夫よぉん。あたくしを身に付けていれば、回復力と各種耐性と防御力が上がるようになっているから、そう簡単には死なないわぁん」




 なんだかヤバい事になって来たな。卓球って言っても、あくまでもラケットを使って戦うだけっていう話になって来てるじゃねーか。それにしても、戦いなんて、俺はしたくないぞ。というか、命を縣けての戦いなんて、できる気がしないのだが。……。いや。待てよ。この手の話の展開だと、チートとか、なんとか言って、俺が物凄く強いんじゃないのか? そうだとしたら、こりゃ、あんな事やこんな事がやり放題かも知れん。と町中一は思った。




「なあ、ひょっとして、俺って、向こうの世界では、物凄く強かったりするのか?」




 町中一は、期待に胸を膨らませ、少々はしたなく、ハアハアと呼吸を荒くさせながら聞いた。

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