十三 嫉妬の女神様

 町中一とななさんは、顔を見合わせるように、ラケットの打面と顔を突き合わせたが、今のこの状況で何をどうすれば良いのかが分からず、ただ、そのまま、沈黙を続ける。




「卓球はどうするんですか?」




 女神様が、相変わらずの冷たさを保ちつつ、何の関心もないような素っ気ない口調で言った。




「どうしよう?」




 町中一は、小さな情けない声で、誰にともなく、問うようにそう言ってしまう。




「どうしようかしらねぇん?」




 ななさんが、どこか、困ったようにそんなふうに言う。




「じゃあ、もう止めるんですか?」




「いや、それは、折角始めたんだし。ちょっと、面白いっていうか。女神様も、卓球、面白くないですか、ね?」




 女神様が、場末の寂れた町にポツンとあるスナックのママのような、どこか、影があって、酷く、世の中に対して、斜に構えているような表情をしてから、心底どうでも良いというような感じで、盛大に溜息を吐いた。




「やりたくもないのに付き合っているこっちの身にもなって欲しいですね。目の前でイチャイチャされて? 友情合体? 愛情の間違いだろっちゅーねんって話ですよ。そもそも、私ですよ? 私が二人を蘇らせたんですよ? 合体するなら私が先じゃないんですかねえ?」




 女神様が、言葉の途中から、感情的になって、声音が鋭くなる。




「ですよねー。じゃあ、卓球なんて止めて、俺と合体しましょう」




 町中一は、とっとと卓球とななさん売った。




「ちょっとあんたん」




「また。そうやって二人の世界ですもんね」




 女神様が、ガジガジと、ななさん二号に噛み付いた。




「痛い。あふぅん。駄目よぉん。痛いのよぉん」




 満更でもないような声を、ななさん二号が上げ始める。




「女神ちゃん。あんたん、そんなんで良いのぉん? あんたん、このままだと、ただのエロエロ女神よぉん」




「もう良いです。だから、ななさんは黙ってて下さい。エロでもエロエロでもなんでも結構です。町中一さん。エロエロでも良いですよね?」




「あ、はい。最高であります」




「ちょっと、あんたん。卓球はもう良いの?」




「そう言われてもな。女神様があんなだしな。そりゃ俺だって、ここまで盛り上がったんだ。卓球をしたいさ。けど、女神様をあんなふうにしてまで、やる事じゃないっていうか」




「またイチャイチャですか」




 女神様が、またガジガジと、ななさん二号を噛む。




「ちょっとぉん。おふぅん。あたくし、噛むもんじゃないのよぉん」




 ななさん二号が、悩ましい声を上げる。




「良い事を思い付いたわぁん。ねえ、女神ちゃん。あたくしと二号を交換しない? そうすれば、あたくしとこの男とはイチャイチャできないわぁん」




「えー? そんな事して何になるんですかー?」




 女神様が、嬉しそうに、目をキラキラと輝かせつつ、その事をごまかす為に、やる気のなさを猛烈にアピールするような表情をしながら、やる気のなさそうな声音と口調で返事をする。




「じゃあ、このままで良いのぉん? このまま終わったらなんか微妙な感じよぉん? あんたん、この男を、向こうの世界に帰すんじゃないのぉん? 次に会う時に気まずくなるわよぉん」




「それは、確かに、そうかも知れませんけど」




 ななさんの言葉を聞いて、泣きそうな、困ったような、顔になって、女神様が言葉を切ると、じっと、卓球台の一点を見つめた。




「うん。それは良いアイディアだな。うん。うん。女神様。そうしましょう。それでやってみて、それでも駄目だったら、また、何か考えましょう」




「なんか、私が悪いみたいじゃないですか」




 女神様が、目をキラキラと輝かせつつ、ぷすっと唇を尖らせる。




「いや。誰が悪いとかじゃないですって。とにかく、ね。女神様」




 町中一は、ななさんを卓球台の上に置いた。




「そこまで言うなら、しょうがないです。分かりました」




 女神様が、言うが早いか、さささっと、ななさん二号を卓球台の上に置く。




「じゃあ、交代よぉん」




「じゃあ、交代よぉん」




 ななさん達が言い、空中に浮かぶと、フヨフヨと飛んで、お互いに敵陣側のコートに向かって行き、先ほどまでは対戦相手だった、人物の手の中に納まった。




「ふ~ん。こっちが本体ですか」




 女神様が、悪意のこもった目で、ななさんをジロジロと見る。




「そ、そんな事より、め、女神ちゃん。サーブサーブ。折角女神ちゃんもまだ付き合ってくれる気になったんだからぁん、とっとと始めましょうよぉん」




 身の危険を感じているのか、ななさんが早口に捲し立てるように言った。




「なんだか、嫌みっぽい言い方ですね」




 女神様が、死んだ魚のような目になって、町中一の方を見ると、サーブを打った。




「な、なんだ? これ? たた、た、球が、燃えている?」




 女神様が打った球が炎を噴き出し、炎の玉のようになった状態で、町中一側のコートの中に入って来る。




 どうして良いのかが分からず、町中一は、炎の玉となった球を何もせずに見送ってしまう。




「ちょっと、あんたん。何をやっているのよぉん。打ち返さなきゃ駄目じゃないぃん。これで、二点目をあげちゃったじゃなぃん」




 ななさん二号が声を上げた。




「お前、そんな事言われても。あれ、打てるのか? 結構な勢いで燃えてたぞ」




「あんたんねぇん。これは、ただの卓球じゃないのよぉん。魔法卓球なのよぉん。球が燃えたりする位当たり前なのよぉん」




「そんな。確かに、魔法卓球って言っていたけど」




「あたくしを信じなさぃん。どんな球でも、どんな攻撃でも、あたくしは跳ね返してみせるわぁん」




「それって、普通に打てば良いって、事なのか?」




「そうよぉん。あんたんの体に当たったりしないで、あたくしで打ち返してる限りはあんたんは無傷よぉん。ええーっとぉん。そうねぇん。こう言った方が分かりやすいのかしらねぇん。物理攻撃と魔法攻撃の両方に対応している剣とか楯とか、あたくしの事は、そういう物と同じだと思えば良いわぁん」




「あのサーブも、俺にも打てたりするのか?」




「もちろんよぉん。回転よぉん。球に回転を掛ければ、その回転に応じて、燃えたり凍ったり、他にも、別の何かしらの属性が付加されるわぁん」




「なんてこった。魔法卓球って、そんな、卓球だったのか」




「そうよぉん」




 町中一は、やべぇ。なんか凄く面白そう。と思いながら、手の中にある、ななさん二号を見つめた。

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