十七 そして、もう、別れの予感

 町中一は、女神様を見つめ続ける。女神様が、とてもゆっくりとした動きで、そーっと、微かに顔を上げると、上目遣いに、町中一を見た。




「女神様。分っかりましたあー! 俺は、もう、どこにも行きましぇーん!」




 動揺と、混乱と、後から込み上げて来た、愛しさと、切なさと、興奮から、言葉尻がおかしくなってしまったが、そこはしょうがない。我らが町中一は、こんなふうに、はっきりと、大胆に、きっぱりと、女性に、想いを告げられたのは初めての事だったのだ。




 今、町中一の、全身には、もう、それはそれは、とても筆舌に尽くし難い、様々な物が去来していた。




「じゃあ、ここで一緒にこのままずっとずっとずっとずーっと暮らしてくれますか?」




 女神様が全身から火を噴き出しそうな勢いで、体の露出している部分を真っ赤に染めつつ、上目遣いに、町中一の目を見つめて言う。




「もちろんでふぅ」




 町中一は、またもや、言葉尻をおかしくしてしまう。




「あの~」




 どこからか、女性の声が聞こえて来るが、絶賛イチャイチャ真っ最中の、二人の耳には届かない。




「えっとええっと。じゃあ、これから、どうしましょうか? ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも、私に、しちゃいますか?」




 女神様が、顔を俯けて言ってから、きゃっ。これ一回行ってみたかったんです。と、言って、自身の中に込み上げて来た様々な感情を発散させるかのように、ピョンピョンピョンっと、何度も激しくジャンプした。




「あの~」




 また、どこからか女性の声が聞こえて来るが、今回も、もちろん、二人の耳には届かない。




「じゃ、じゃあ、女神様で、なんっつってぇー」




 町中一は、それはそれはだらしなくなった顔で言った。




「うへへへへっへへへ。なんだか、幸せですぅ~」


 


 女神様が顔を上げて、町中一の目を見つめて、とても幸せそうな、蕩けそうな笑みを顔に浮かべる。




「はい。俺も、生まれて初めて、こんな気持ちになっている気がします」




 町中一の言葉を聞いた女神様が、急に、何かに気が付いたような顔をしてから、ズズーンっと一気にローテンションになって、深く深く落ち込んだ。




「ど、どうしたんです?」




 町中一は、ええー! いきなり、どうしちゃんだこれー? と激しく動揺する。




「だって。前世で、付き合っていた人いましたよね? その事を、思い出しちゃって」




「いや、だって、それは。そんな事言ったら、女神様だって、付き合った人の一人や二人位はいたでしょう?」




 女神様が、酷く驚いた顔をしてから、明らかに、狼狽しているような顔になって、それから、頷きかけて、一度、顔の動きを止めてから、両目をグインっと、右上に向けつつ、う、うん。と言いながら、頷いた。




「あの~。ちょっと。さっきから呼んでるんだけど」




 またまた女性の声が聞こえて来るが、もう、こんな事を書くのも面倒なのだが、今回も、残念ながら、二人の耳には届かない。というか、こんな状況で届く訳がない。




「め、女神様って、ま、まさか、しょ、処女?」




 町中一は、別に処女崇拝者ではなかったが、なんだか、やっぱり、そんな事を聞きたくなった。




「ちょっとぉん。あんたん達。いい加減にしなさいよぉん」




「そうよぉん。女神ちゃん。妖精女王がさっきから声を掛けてるじゃなぃん」


 


 ななさんとななさん二号が、突然、大きな声を上げた。




「え? 妖精女王さん? 妖精女王さんが、どうしたんですか?」




「そこに来てるじゃないぃん」




 ななさんとななさん二号の声の大きさに驚いて、ななさんの方に顔を向けてから、女神様が言い、新たに発せられた、ななさんの言葉を聞いて、キョロキョロと周囲を見回すと、妖精女王の姿を見付けたのか、町中一に見せる物とは別の、とても素敵な笑顔を、その端正に整っている顔に浮かべた。




「デッドオアアライブ女神ちゃん。ごめんね。折角イチャイチャしてたのに」




「ううん。平気です。そんな事よりどうしたんですか?」




「この男の事を殺しちゃった、うちの森に居候してる獣人の子が大変な事になっちゃってて。この男をこっちに戻すのなら、早く戻してくれないかなって思って」




 町中一と女神様の、ラブラブアイウォンチューな会話の一部始終を聞いていたであろう、妖精女王が、なんとも、気まずそうな、困っているような顔をする。




「大変な事って、大丈夫なんですか?」




「この男を殺しちゃってからずっと泣きっぱなしで。それで、この男は生き返るから大丈夫って言ったんだけど、それでも、全然泣き止まなくって」




「そんな事になっていたんですか」


 


 女神様が、妖精女王に向けていた顔を、町中一の方に向けた。その顔に、別れの時を予感させるような、表情が過る。




「妖精女王。俺なしで、なんとか、できないのか? 俺は、なんとも思っていないし、いや、むしろ殺されて感謝しているくらいだぞ。その辺の事を伝えてもらってさ。こっちにこのままずっといたいって言っているって言ってもらって。それで、なんとかならないかな?」




 町中一は、もちろん自分もここにいたかったが、何よりも、女神様をここに残して、自分だけが、どこか、別の場所に行くのが嫌だった。




「それがね。本当に生き返るまでは、信じる事ができないみたいで。凄く素直で一途な子だから、あのままだと、何を言っても、まだまだ、ずっと泣いていそうなんだ」




 妖精女王が、町中一に向けた瞳は、とても深い、憂いの色に染まっていた。

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