第2話

泣き腫らした目で家に帰ると、居間のソファに寝そべりながらぼうっと天井を見た。

子供の頃の自分を思い出したのは久しぶりだった。

小学校に入学して10日もしないうちに変わってるという理由で集団リンチを受け、それから二年ほど地獄のようないじめを受けた。

教師も変わり者の俺にことあるごとに暴力をふるった。

あれは体罰ではない。

暴力だ。

「学校に行きたくない」

泣きながら父や母に言った。

父や母は目を吊り上げて言った。

「うちにはそんな子はいりません。」


居場所がなかった。 淋しくてみじめだった。

夜もろくに眠れない。

それでも父が好きだった。

母が好きだった。

愛情では誰にも負けないと思っていた。

それが最も尊いことだと思っていた。

相手がそれを望んでいるかどうかは考えもしなかった。

勉強で負け、スポーツで負け、学校で問題児扱いされはじめると、あからさまに俺の言葉は父母に無視されはじめた。

父と母が妹と、俺と話しているときには見せない笑顔で話しているのを見ると耳を塞ぎたくなった。

学校で楽しそうにしている友達を見ると嫉妬するようになった。

誰かの笑い声を聞くと自分が笑われているような気がした。

みじめだったな。

可哀想に。

子供の頃の自分に思いをめぐらす。

「俺だけはお前を解ってあげられる。

俺はお前を全力で大切にする。」

子供の頃の俺を抱き寄せる。

小さな可愛い子供の俺。

俺たちは二人で抱き合い、泣いた。


再び過去に戻る。

一番辛かったとき。

いじめからは解放されたが、今度は両親の感心をひこうと必死で勉強をする。

いくらやっても中の上か上の下、やらなくても中の上。

やってもやらなくてもあまり変わらなかった。

常に拒否反応が自分にブレーキをかけていた。

親に隠れて喧嘩をして暗い欲望を満たす。

少なくとも机に向かっているよりは生きている感じがした。

両親は振り向いてはくれなかった。

相変わらず俺はどこか「抜けて」いた。

足元にあるものによくつまづき、大事なことをよく忘れた。

格好悪い息子だった。

そして一人机に向かうと、両親と兄弟たちの楽しそうな会話に耳を塞ぐ。

どうしてだろう?

妹も弟も俺ほど必死になっているわけではない。

なのにどうして簡単に振り向いて貰えるんだ?

「おかしな子」

母は俺をそう表現していた。

おかしな子のなにが悪い?

母がおかしな母でも俺は全力で母を愛したろう。

俺はなんどもコンパスで机を刺していた。


あれは何を刺したかったんだろう?


悪夢を見るようになった。

母が暴漢に刺し殺される夢だ。

俺は同じ夢を何度も見て深夜に何度も目を覚ました。

暴漢のシルエット

小さく華奢だ

暴漢はまだ小学生くらいに見えた。


俺は強い罪悪感を抱くようになった。

成績が上がらない自分、スポーツ万能ではない自分

そして、恐ろしい夢を見る自分


「何が悪いんだ!」

タイムスリップして小学四年の自分に俺は叫んだ。

やつれた小学四年生

恐怖に、罪悪感に苦しめられながら、両親の気をひこうと必死になっているが、どうしたらいいかわからない。

「いいんだよ」

俺は叫ぶ。

「いいんだよ!そのままで!

そのままのお前を俺は全力で大切にする!」

堰を切ったように、小学生の俺が涙を流す。

初めて愛に触れた子供。

そもそも愛が何かわからない子供

俺たちは泣いた。

ひとしきり泣くと幼い俺は文房具を焼却炉にバラバラと捨て、胸を張って歩きはじめた。

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